2:すぐ死ぬけど若返ってる!
「ヴィ……お兄様は、いつ学園へと行かれるのです?」
「安心していいよ。クレアがいる限りはどこにもいかないさ。
あと三年後、クレアが学園に行けるようになったら一緒に行こう」
「……はい」
つい頷いてしまったけど、それだとヴィル様は一年の不登校だ。
でも同学年になれるのは嬉しいかも!
『Magic☆Cats』攻略対象でもあるヴィル様は主人公であるヒロインの一つ上だ。
学園に行く少し前に妹を亡くし、思い出が残る屋敷から逃げるように学園へと向かい、ふさぎ込んでいた人物。
その見た目と性格から、いつしか『憂い顔の王子』とかいう呼び名もあったくらいだ。
私も最初は『憂い顔の王子(笑)』とか呼んでいたけど、ストーリーを進めるうちにやられた。
ヴィル様は妹を亡くした悲しみで、邪険に扱っても構ってくるヒロインと妹の姿を重ねる。
そして妹が好きだった花の前で、ヒロインが見せた笑顔に惚れて過去の出来事を吐き出すのだけど、その際の顔が可愛くて可愛くて。
普段は物静かな先輩が見せる子供らしさ、グッジョブ。
それはともかく、今の私はヒロインと同じ年なわけで。
あと三年以内に、私は死ぬらしい。
突然の遭遇に息が詰まった私を察してか、ヴィル様……お兄様はすぐに部屋を出ていった。
ここまで来れば私にもわかる。
いくらコンセプト喫茶みたいな場所にしても、あれはホンモノ――回想の中でしか見られなかったヴィル様だ。
あそこまで幼少期を再現する本気具合なら、まず最初の設定はヒロイン相手で攻略対象が揃っていないとおかしい。
何より、違和感しかなかったこの身体。
明らかに縮んでいる。
元はアラサーだったのに、まるでうら若き乙女のように華奢な身体だ。
髪の毛もこんなサラリとした金色ではなかったし、軽く触ったお肌も……これはやめよう。
ともかく。
どこかの黒ずくめの組織も、まさかコンセプト喫茶のためにあんな薬は使わないだろう。
もうすぐ死ぬってわかっていなければ、若返ったことや生身のヴィル様に会えたことをもっと喜べたのだけど。
私が物思いに耽っていたら、さっきまで静かだったメイドが近寄ってきた。
栗色の髪を背中まで伸ばしたこのメイド、私の世話係なのかな?
「クレアお嬢様? ヴィル様のことはお分かりですか?」
「ええ。私が何者かということも大丈夫よ。
けど、ごめんなさい。貴方の名前がまだわからないの」
メイドは一瞬だけ顔を歪ませたけど、すぐに笑顔になる。
その笑顔は、無理やり浮かべたように見えたけど。
「そう、ですか。
私はクレアお嬢様に仕えるメイド、レリーナです。
記憶が混濁していらっしゃるようなので、以後お見知りおきを」
メイドはそう言って軽く一礼をした。
レリーナね……うん、覚えたわ。
ヴィル様のルートは何度も周回したけど、そこにメイドの名前なんて出てこない。
このレリーナと同じように、顔は知っていても名前がわからない使用人がおそらく何人もいるのだろう。
ごめんねレリーナ。
「しかし、旦那様の名前はわからないのに、ヴィル様の名前は思い出せるのですね」
「あっ、さっきの男性……いいえ。お父様の名前はわかりますわ。
先ほどは少し混乱してしまっただけですの」
「そ、そうですか! では旦那様に今すぐ伝えてきますね!」
「え? ちょ、ちょっと待って!」
私の制止もむなしく、レリーナは外へ飛び出していった。
……お父様を拒絶してしまったのが、そんなにまずかったのかしら。
手持ち無沙汰になったので、近くにあった手鏡でクレアの顔を確認する。
ゲームには出てこなかったけど、どんな顔なんだろう?
そこに映し出されたのは、愛らしい少女だった。
日光に当たっていないからか、色白で透き通るような肌と、まるで藍玉のようで吸い込まれそうな瞳。
それを引き立てるかのように、ほかの顔のパーツは主張が弱い。
さっきから顔にかかる金色の髪は、光を反射してキラキラと輝いているようだ。
腕は動かしている私が折れないか心配になるほど細く、病弱で先が長くないということも納得できる弱々しさだ。
でも、ひとつ言えることは。
「ヒロインと全然似てないよ……」
お兄様が落ちるキッカケでもある容姿だけど、客観的に見た私ですらどう間違えるの? と疑問に思うほど似ていない。
どちらも美少女なのは違いないけど、ヒロインが活発系だとしたら今の私は病弱系になるだろう。
似ているのは髪型と髪の色だけだろう。
正面から見れば見るほど、あのヒロインとは似つかないと思う。
私が手鏡を持ってうーん、うーんと悩んでいると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
「? おかしいな。家族ならノックせずに入ってくるけど」
さっきのお父様やお兄様なら、ノックもせずに突撃してくるだろう。
ましてやあのテンションだ。
しかも、今回のノックは窓の方向から聞こえてくる。
そちらに目を向けると、そこには猫みたいな動物……いや。
「フクロウ?」
ベッドの横にあった窓に、フクロウのような鳥が佇んでいる。
嘴でコツコツやって首をかしげている動作から、このフクロウがノックの犯人で間違いないだろう。
私はもそもそとベッドから降り、窓のカギを開けてあげる。
危険かもしれないけど、フクロウに触れるチャンスだし!
「どうぞー」
窓を開けると、フクロウは「ホッホッ」と短く鳴き、部屋にペイッ! と何か投げ入れた。
そして私がモフる暇もなく、バサバサと飛び去って行く。
……私の、頭だけを羽で叩いて。
何とも言えず、窓を閉めてベッドへ戻った。
そこには手紙が一枚。
さっきのフクロウ、これを運んできたのかな?
どうやら一枚のカードみたいで、裏返すと文字が書いてあった。
「なになに――生き延びる術は人間を辞めること――北の魔女。
これってまさか……」
乙女ゲーム『Magic☆Cats』において、鍵を握る四人の魔女たち。
その一人、最もストーリーと関わりが薄かった魔女。
北の魔女からの助言? だった。