23:お返事はノーですか?
来たのはヴィル様の他に、ヘカテとカミーユ(笑)だ。
それと殿下と呼ばれていた男性。
私よりも色素の薄い金髪に、ルビーのように真っ赤な瞳。
カミーユと同じくらい長身なので、ヴィル様の背の高さがなお目立つ。
彼こそ攻略対象の一人、アルフォンス・ラ・ハーヴィスに間違いないだろう。
王族の次男坊。兄と姉と弟がいるらしいけど、彼はその中でも穏やかな人物だ。
そんな高貴なお方、こんな食堂に来られても困るんですが。ヴィル様どうにかしてください!
私が縋るような目を向けていると、その視線に気づいたのかアルフォンス様が笑いかけてくれた。
「お嬢さんはボクが誰だか知っているの? 気にしなくていいよ。ここには友人の付き添いで来ただけだから」
「でも……」
「アンタ、なにぼさっとしてるんだい! さっさと案内しな。そのウェルダン共々こっちだよ!」
師匠の怒鳴り声に、どこからかクスクスと笑い声が聞こえてくる。
そりゃあ、あのフルコースが振る舞われた時に立ち会ったお客もいるわけで。
もうこいつはウェルダン君でいいや。
「おい、それはまさか俺たちのことか? 殿下、本当にここでよろしいのですか?」
「うん。君もボクのことはアルフォンスと呼んでって言っているよね。ボクもただの学生だし」
「しかしそれは――」
もう何でも良いから、早く席に着いてくれないかしら。
現にヘカテはいち早く私の席へ陣取り、カウンターからクロに熱い視線を向けている。
そうね、なら私も。
「ヴィル様、ご案内します。どうぞこちらへ」
「ああ、ありがとう。さっきも思ったけど、僕は君に名乗ったかな?」
初対面のときから、訝しげな視線を向けていた彼だ。
ましてや、私がクレアそっくりなので尚更だろう。
どうして名前を知っているかって?
そりゃもちろん――。
「ひと目見たときから好きになりました。今度この街でですが、買い物など行きませんか?」
その瞬間、天使が通ったかのように場が静まる。
しかし、すぐに歓声が店内を包み込んだ。
「はは、ついに言っちまったなぁ!」
「ようやくフレアちゃんの愚痴からも開放されるってモンだ! ついでに片思いからもな!」
「結果は残念だったが、よかったじゃあないか!!」
おいそこ、私がフラれるの前提はやめて。
まだ返答は――。
「すまない。君の気持ちには答えられないんだ」
ノー、だった。
私の目の前が真っ暗になり――。
気づけば、ウェルダン君とアルフォンス様に肩を叩かれていた。
「――ぇ」
「ま、ヴィルにも色々あるからね。あまり気にしないほうが良いよ」
「……身の丈にあった恋をしろということだ。今だけは慰めてやる」
それだけ言って、二人は去っていく。
泣きそうだった顔は、おかげで見られることはなかったけど。
ヴィル様が小さく「すまない……」と呟いているのが印象的だった。
◇◇◇
「師匠、もうあがってもいいですか?」
「未熟者だね。アンタには思い出があるかもしれないが、向こうの気持ちも考えてみろってんだ」
師匠はスパルタだ。
いつもは特等席に座って落ち込むのだけど、今はヘカテに譲っている。
仕事しろ、と追い出されたのだけど、私のあまりにも落ち込みように、店の雰囲気も暗くなったように思えてしまう。
「おいおい、そんな落ち込むこたぁ、ないだろう。エール追加……て、自分で取りに行くか」
「お、あれは俺のメシだな。よし、お前ら取りに行くぞ。『セルフサービス』てやつだ」
「俺も若い頃は――……」
お客さんも気をつかってくれるけど、余計に惨めになるので勘弁して。
というか、もう丸くなって寝たい。
再度視線だけで師匠に問うけど、答えはノーのままだ。
「次はヴィル様……のお席ね」
ようやく注文の品ができたらしいけど、この状況で私に運ばす?
もう一度言おう、師匠はスパルタだ。
でも、これもお仕事。
「おまたせしました。ご注文の品です」
「あ、ああ」
「お前……」
「お嬢さんも勇気あるね。ありがとう」
三者三様の反応が返ってくるけど、私だって許されるものなら逃げたいの。
気まずいのは私たちだけのようで、ウェルダン君はこの前の鬱憤を晴らすかのように絡んでくる。
「落ち込みすぎだろ。どうしてお前とヴィルが釣り合うと思ったんだ。せめてこんな場所にいる町娘ではなく、貴族の娘ならともかく――」
貴族の娘以前に、妹なんです。
……とはさすがにカミングアウトできなけど、ヴィル様にそういった偏見はないはず。
だって身分的には東の魔女と同じだもの。
「それにこの前の無礼は、この二人にもよく伝えたからな。警戒されているのに気づかないか? この料理だって何が仕込まれているか――――ヒィッ!」
ゴトン!
と大きな音を立てて皿が置かれる。
もちろん、置いたのは私じゃない。師匠だ。
「……こんな場所で、悪かったね。何だい、そんな出禁にされたいのかい?」
「で、殿下! これがまさに魔女という人物です。この前はあしらわれまして」
「はは。実に美味しそうな料理だね。もう食べていいのかな?」
アルフォンス様は見事にスルーして料理に釘付けだ。
いや、あれは意図的に無視している。
だってあの腰巾着、見るからにいろんな方面に迷惑をかけているもの。
まったく、どうして一緒につるんでいるのかしら。
「ああ、どうぞ召し上がれ。それと、犬の躾はしっかりしときな。でないとあたしが処理しちまうよ」
「ご忠告ありがとうございます。ただ、ボクの一存ではどうにも……」
何か不穏な会話が繰り広げられる。
全て聞いていたウェルダン君の顔は真っ青だ。
またこんがり焼き上げてもらおうかしら?
そんなことを思っていると、こちらをジッと見つめる視線に気づいた。
……意識しないようにしていたけど、間違いない。
ヴィル様の席からだ。
「何、か御用でしょうか?
先程のことは気持ちを抑えきれなかっただけですので、嫌いにならないでもらえるとありがたいのです。そちらにも事情があるでしょうし、少しずつ話す機会を設けていただき、その後にまたお誘いを――」
つい早口になってしまうのも仕方ないことだろう。
だって、ごまかすようにしなくちゃ……三年、前世も含めるとそれ以上の想いは、抑えきれない。
ただ、ヴィル様はそれを気にした風でもなく――。
「やはり、君は似ているね。彼女も、成長していたらきっと君のような姿になっていたのだろうね」
と、私の前髪をかきあげながら言われた。
その真っ直ぐに向けられた視線から、目を逸らせない。
だってそれは、本来なら。
――この先、東の魔女が言われるはずのセリフだもの。