22:結局は
隠しルートでは、クロウド様は東の魔女と共に生きることを決意する。
よほど黒猫の時代が堪えたのか、その時には人間不信にまで陥っていたようだ。
そうして二人のことは誰からも忘れられ、ひっそりと暮らす終わり……となるけども。
二人にとっては幸せかもしれないけど、それだとヘカテが救われない。
ヘカテは名前も出てこなかったけど、最後の一枚絵には登場していたはず。
ゲームを進めていた時は、何か可愛い子がいるな、としか思えなかったけど……まさかそんな事情があっただなんて。
あれはクロウド様を忘れてしまった婚約者の姿、とか救いのない裏設定じゃない!
「……………………」
「アンタはどうしたい?」
禁術とやらは、ヒロインとクロが結ばれない限り発動しないだろう。
他のルートでも姿だけは見せていた黒猫。
けれども物語を進めるうち、彼はいつの間にか姿を消すのだから。
だから、私は師匠に頼み込む。
「禁術以外の方法で、クロウド様を元に戻します。二人が両想いなら、それが一番良いと」
「わかっているのかい? その方法っていうと」
「南の魔女ですよね? 全ての元凶を倒せばなんとかなのるでは?」
魔女は四人いる。
どのルートでも出てくる東の魔女(ヒロイン)と、敵として立ちはだかる南の魔女(諸悪の根源)。
そして我らが北の魔女(師匠)と、西の魔女(謎多き人物)。
「そのために師匠、協力してください」
ゲームでは決められたシナリオ通りしか進まなかったけど、人物の背景を知ってしまった。
なら、ついでに打倒南の魔女を掲げてもいいはず。
師匠はジッと私の顔を見ていたけど、急に興味がなくなったかのように立ち去ろうとする。
「ちょ、返答がまだですよ!」
「アンタ……クロのことが目的じゃないだろ」
図星だった。
もちろんクロやヘカテのこともあるのだけど……それ以上に、ヴィル様へ手を出す南の魔女が許せない。
最初はそりゃ、目をつけられないようにしたらいいや。なんて思っていたわよ?
でもあまりにも会えないし、これから過ごすだろう時間を邪魔されるのは我慢できない。
「ま、どちらにせよアンタは一人前、せめて半人前になりな。いつまでこの町にとどまっているつもりなんだい」
うっ……それをいわれるとツライところが。
でもこれからは修行の時間を増やしてくれる(!?)らしいし、まずは魔力制御。
そして明日の営業を頑張らないと!
え? 明日のお店はクロに任せて、一日中修行ですか?
あ、はい……。
◇◇◇
「つか、れたぁ~」
「フレアちゃんお疲れね。ほら、お姉さんの奢りよ」
「ありがとうござ……って、ただの水じゃないですか!」
「うふふ。だってお仕事中でしょ? いいじゃない。お姉さんからサービスよ」
そう言ってちょんちょん、と頬を突いてくるけど、もう反抗する気力もない。
あの日は師匠に「まだ制御できないのは精神が未熟だからだよ! この胡桃を魔力で全て割ってみな」と山のように積まれた実を出されたっけ。
ひとつ一つを魔力で割り、中身を取り出す。
手でやればすぐの作業も、まるで針一本で行うかのような作業となれば別だ。
殻の脆い場所を、的確に何度も突き、中身を取り出す際も崩れないように針の先端へと乗せる。
精神を使い果たして一個を終えれば、そびえ立つ山のように鎮座する胡桃。
眠くなると集中力もブレるので、全部終わるのに三日はかかったっけ。
その日数分お仕事は休んでいたけど、とくに問題はなかったらしい。
……チッ、呼ばれたら逃げれたものを。
「もう胡桃はみたくない……」
「最近は胡桃をつかった料理ばかりねー。そういえば、黒猫ちゃんはどこかいっちゃったの? 最近みなくて寂しいわ」
ガタッ! と厨房で物音がしたけど、視線を向けるまでもない。
ま、昼はいつも通りいるわけだし、問題ない。
「クーちゃんは最近夜のアルバイトを始めまして。昼間はごろんとしてますよー」
「あらそう。夜のアルバイトとか、あの子もやるわね」
お姉さんは何も知らない。
だからこそ、黒猫は夜にでかけているとでも思っているのだろう。
実際は目の前で悶てますけどね?
「おい、先輩。語弊を招くような言い方を――」
「あら、どうしてクロくんが反応するの? もしかして貴方のペットだったかしら?」
「あ、いえ……ペットというか、半身というか」
「おいアンタ、そろそろ休憩も終わりにしな。これから忙しくなるよ」
ボロが出そうな様子に見かねたのか、師匠からの注意が入る。
直接は言いませんけど、私をダシに話を逸らすのはやめて?
そんな私の視線に気づいたのか、師匠は重大なことを教えてくれた。
「そういや、今日は学園の休日だったね。クロ目当てなら、あの令嬢も知り合いと来てもおかしく――」
「さ、休憩は終わりですね! 今からバリバリ働きますので、注文の品をよろしくおねがいします!」
「まったく、調子の良いことだね」
呆れ顔の師匠と、ジト目のクロは放置してっと。
ヴィル様が来るかもしれないなら、情けない姿は見せられないの!
それは、客足が落ち着いた時間だったかもしれない。
いつものように案内をして、次に入り口へ立っていたお客を案内しようとした時。
そこにあの人はいた。
「いらっしゃ――――ヴィル様! ようこそお越しくださいました!」
「あ、ああ。今日は友人と失礼するよ。どこに座ったらいいかな?」
友人を三人ほど連れてきてくれたみたい。
そんなヴィル様の後ろには、こちらをキツい目で睨んでくる赤髪の少年と、これまた見覚えのある男性が一人。
そしてその後ろには、一人の女性が。
「あら、ヘカテじゃないの。じゃあカウンターのほう……は、空いていないから、私の特等席へ案内するわね」
「えっ、そんな! フレアさんの席になんて悪いですよ!」
「いいのいいの。あ、お隣のお姉さんは優しいけど、彼にフラれたばかりだから。
あの人に恋愛話は禁句よ?」
禁句といっても、長々と愚痴を聞かされるだけだから問題はないけど。
ま、ヘカテなら上手くやってくれるでしょう。
「どうしてお前の特等席があるんだ……仮にも店員だろ」
なんか赤髪の奴が睨んできたけど、無視だ無視。
「それよりも君、フレアさんだっけ? どうして僕の名前を知っていたのかな?」
ヴィル様をどうして知っているのか。
それはもちろん――。
「貴方のことは、ずっと――」
「そこの粗末な女、さっさと案内しろ。今日は殿下もいらっしゃる。前のような暴挙は許さんぞ」
「カミーユ・ウェルダンさんは黙ってください! ししょー、またフルコースご所望のお客様ですよ!」
ああもうっ!
これで邪魔者がいなかったらよかったのに!