20:ご令嬢欺き作戦
彼女はクロ……クロウド様が消えた後も捜索を諦めていなかった。
東の国で目撃情報があれば、使用人をつかって確かめにいかせ、南の国で魔女の騒動があれば、そこにクロウド様が囚われていないか情報を集め。
「あの、どうしてそこまでクロ……クロウド様のことを?」
「もちろん、未来の夫ですので」
あ、婚約者ですね。
隠しキャラであるクロウド・エルダード。
彼に婚約者がいたかどうかまでは覚えていないけど……ヒロインと結ばれるまでに、このヘカテの名前までは出てこなかった。
ただ、背景に居たような気はする。
「ここにいるのはクロという人物だから、別人かもしれないけど」
「そのクロさんに会わせていただくことはできないでしょうか?
もしかすると、クロウド様の記憶が混濁していらっしゃるだけかもしれません!」
「あー……今はいないのよね」
どちらにせよ、クロが現れるのは夜だ。
制限がある以上、常に人間の姿を取れるわけではない。
しかしヘカテは、ようやく掴んだ手がかりを離すまいと、尚縋ってくる。
「では何時頃に会えそうですかね! せっかくここまで来たので、その時間にまた来ます!」
そこでふと気づく。
まだヴィル様……ごほん。学園の休日は先のはずだ。
普通に授業もあると思うけど、抜け出してきたのかしら?
ヘカテはこちらの疑問を察したようで、視線を彷徨わせながらモジモジし始めた。
「あっ……その、居ても立ってもいられなくて。体調が悪いと休ませていただきました」
てへ、とお茶目に舌を出す彼女。
そんな悪い子にはお説教したいけど、可愛いから許しちゃう!
私がやってもドン引きされるだけなのに……どうしてヘカテには似合うの!
と、その時。
食堂から工房へ繋がる通路のほうで、物音がした。
音に釣られて視線を向けると、そこにはクーちゃんがこれでもかというくらい目を見開いていた。
そうですよね。
もちろんクーちゃんも彼女のことは知って――。
その時、耳をつんざくような悲鳴があがった。
「っ! ヘカテ、どうしたの!?」
「いや! 嘘、どうしてこんな場所に!! たすけて……助けて……」
ヘカテの変わりようは、間違いなく黒猫を見てだろう。
私はどうとも思わないけど、普通の人々、ましてや魔女に苦しめられた人々には恐怖の象徴だ。
うわ言のように呟き、頭を抱えて蹲ってしまった彼女を前に、私はオロオロすることしかできない。
「ちょっと、落ち着いて! クーちゃんも……あれ、クーちゃん?」
いつの間にかクーちゃんの姿は消えていた。
……無理もないかな。
だって彼も、一人の被害者だしね。
ようやく落ち着いた彼女に話を聞くと、どうやら母親を魔女に殺された過去があるらしい。
それは北の魔女様みたいな偽装ではなく、目の前での出来事だとか。
その後は黒猫の姿をしばし見かけたり、心休まる日々がなかった時代があったそうだ。
どうしてそんなに魔女に恨まれたのか?
それは父親が恨みを買ったのでよくわからないとのこと。
とりあえず今はクーちゃんの様子も気になる。
「さっきも言った通り、クロは夜にしか出てきません。もし別人でも落ち込まないでください」
「それは……できません。わたしは、彼を……」
最後の言葉はボソボソして聞こえなかった。
でもそれは彼女の問題だし、私の出る幕はないだろう。
「もう一つ。ここは『魔女の家』です。黒猫もいれば、魔女と呼ばれる人もいます。ちなみに私は魔女見習いです」
その言葉に、彼女はキョトンとしていたけど。
時期にその意味がわかったみたいで、クスクスと笑いだした。
「あなたみたいな可愛らしい魔女さんなら、わたしも歓迎ですわ」
「あ、でも師匠は怖い人ですよ? それこそ、魔女のように――あいたっ!」
後頭部に感じた衝撃に振り返ると、そこにはフライパンを片手にした魔女がいた。
大鍋じゃなくてフライパンとか、ますます魔女らしさがない。
「アンタ、いつまでサボってんだい。さっさと買い出しにいってきな。それとコイツはアンタが入れたのかい?」
十中八九、ヘカテのことだろう。
彼女は師匠の登場にビクッと身を縮ませていた。
……怖いもんね、仕方ないよ。
「いいえ。聞きたいことがあるらしく、気づいたら店にいました。なんでもクーに会いに来たらしいですよ?」
クー、と呼んだことで師匠も察したらしい。
彼女はクロウド様が目的だ。このまま彼が連行されていく可能性だってある。
ま、すぐ黒猫に戻っちゃうんだけど。
「そうかい、また夜来な。悪いがまだ準備中でね」
「は、はい! 失礼いたしました!」
ヘカテはそのまま走って出ていったけど。
逃げ去る姿は、もはや令嬢とは呼べないほど慌ただしかったけど。
◇◇◇
「もうすぐ営業ですけど、大丈夫ですか? クロ」
「ああ。ヘカテが現れた時はどうしたものかと思ったが、アイツは魔女を嫌っている。黒猫の俺なんて、受け入れることはできないだろう」
ある程度はクーちゃんだった彼に説明したけど、クロの気持ちは話してくれないとわからない。
ようやく師匠の許可が出て、クロになった彼が言うには「このままでいい」らしい。
「俺は記憶喪失のていでいく。それと、今日はなるべく厨房へ入らせてくれ」
「はん。仕方がないね。アタシもお前さんに抜けられると困るから、上手くおやり」
「すまない。迷惑をかける」
あのー、私はそんなこと言われたことないんですけど?
そんな責めるような目を向けていると、師匠は深くため息を吐いた。
「そろそろアンタにも、町を出ていってもらいたいのだけどねぇ」
「それ邪魔者扱いしてません?」
「さぁて。今日も営業だよ。あんたたち、準備しな」
クロは準備中の札を片付けに行き、テキパキとテーブルの準備を始める。
クロが入るまでヒィヒィいっていたのに、私が抜けて困らないとでも?
それは突然やってきた。
喧騒あふれる店に、場違いな令嬢がやってきたかと思うと、カウンターの奥を見て一言。
「クロウド様!」
と大きな声で叫んだ。
その若々しく澄み切った声は、食堂の視線を集めるのに十分だった。
しかし、彼女……ヘカテの視線は、一点に固定されたままだ。
その視線を向けられた対象はというと。
「マスター、こちらは完成した。次はそちらを手伝おう」
……実に、マイペースだった。
隣りにいる師匠も。
「ああ。じゃ、片付けでもすすめるかね。アンタはさっさと運んでくれ。今のうちだよ」
「あ、はい」
皆がヘカテとクロに注目している今、食事の手も自然と止まることだろう。
なら今のうちにぱぱっと片付けて、休憩時間にしちゃおっかな。
学園の関係者が次々と出てきます。
ヒロイン視点は、もうしばしお待ちを。