19:クロウド無双
教育は任せて! といいたかったけど。
初日からクロウド様は大活躍だった。
「お客様、こちらをお下げしても?」
「え、ええ……」
ホールに出れば女性たちの視線を独り占めに。
育ちの良さからか、言葉遣いも完璧。
私たちの仕事を見ていたというのも嘘ではなかったらしく、きびきびと動いてくれる。
「ちょいと料理が遅れ気味だから、こっちのサポートに入っておくれ」
「では、まず器具の用意を中心に。手が空いたらサイドメニューを手伝います」
「助かるよ!」
そうして厨房に立てば、腕まくりをする仕草にお客がゴクリ……と注目するくらいだ。
あの、女性はわかりますけど、なぜ男性まで?
まだ初日だと言うのに、もはや師匠は私よりも頼りにしているような……気の所為、よね。
「おい、こっちも完成したから運んでくれ。しばらく俺は厨房に入る」
「あら残念。お姉さんはクロ君に運んでもらいたかったのに」
「私ではご不満ですかね?」
「うーん、フレアちゃんは飽きちゃった♪」
チッ。
だからお姉さんは男性にすぐフラれ……いえなんでもないです。
なので何も言わずに腕を抓るのはやめてください。
初日なので、クロには二時間ほどで裏に戻ってもらう。
アガリだと聞いたお客がため息をついたり、女性客はあからさまに帰っていったり……何なのよ!
「あっはっは! フレアちゃんも新人には敵わないか! クビにされないように頑張りな!」
「だな。見た目から仕草までもが主張してやがる。
ありゃどこかの屋敷で働いていたクチだ。こりゃただの町娘がかなうはずもねぇ!」
「あ、ははは…………」
これでも私、家名もってましたよ?
生まれ的には、高貴な身だったはず……です。
「で、あいつも魔女様と一緒に住んでいるのか?」
「あ、はい。ここに住んでますよ」
というか、今日までそこのカウンターにいましたけど?
しかし、お客さんたちはクーちゃん=クロだということを知らない。
当然、三人での暮らしを茶化されるわけで。
「クロ坊もやるなぁ! ま、魔女様がいる限りは手を出せないだろうが」
「おっかねぇ魔女様と暮らせるたぁ、大物だ」
「あの魔女様が厨房に人を入れるとは、ただ事じゃねぇしな!」
「ちょっと! 私も厨房……はともかく、一緒に暮らしているのだけど!」
そう主張すると、彼らは顔を見合わせた後にガハハ! と店中に響き渡る声で笑う。
「厨房デストロイヤーはアレだよな!」
「ああ! 魔女様と暮らしているより、手綱を握られているっぽいしな!」
「その点、あのクロ坊は上手くやっている」
物騒な二つ名は誰のことかしら?
次に呼んだら覚悟してって、前に言ったわよね?
「ししょー、ここの三名に出す料理、私が担当していいですかー?」
「あぁ!? アンタここを――やめときな。そいつらにはアタシが残飯でも出しておくから、それで我慢しな」
「「「そりゃひでぇ!!」」」
もはや馴染みの笑い声が響く。
いつも楽しそうで何よりですね。残飯の刑は執行しますが。
全く、酔った客も困ったものだわ。
……私の出した残飯は、師匠の魔法により立派なおつまみへと変化していたけど。
◇◇◇
「というわけで、今度料理を教えてください」
「ニ゛ャ! ニ゛ャ!」
首をブンブンと横にするクーちゃんを前に、私は両膝をついて頼み込む。
あれから日が経つに連れ、私とクロのスペックの差が浮き彫りになるようだ。
現に、お客さんにも「フレアちゃんは料理と接客では完敗だね」と言われる始末だ。
ちなみに勝っているところはどこかと聞くと「あー……笑顔と運搬?」と疑問形で返ってきた。
解せぬ。
なので師匠には匙を投げられた料理を、クーちゃんに教えてもらおうと必死だ。
「横でアドバイスだけでもいいので! お願いしますっ!」
「にゃぁ……」
困ったようにウロウロとするクーちゃんだけど、今は師匠も部屋に籠もっているので助けはない。
逃げようとしてるみたいだけど、見えない壁に阻まれて右往左往しているようだ。
クーちゃんの周りはちゃーんと障壁で囲ってありますからね。逃しませんよ?
「そこから出してほしいですか? なら、首を縦に――」
――カランカラン。
入口の方から、来客を知らせるベルが鳴った。
ふと時間を確認すると、まだ夜の営業には早い時間だ。
「まだ準備中の札が出ていたはずだけど……あ! クーちゃんまってっ!」
「フシャー!」
意識が外れたその瞬間。
まだ見習いである私の障壁が弱まったのを良いことに、クーちゃんはお部屋の……師匠のいる方へ走り去っていく。
くっ、今度こそ捕まえて料理を教えてもらうんだから!
「にしても、こんな時間に誰かしら? まだ店内にいるようだけど……」
耳をすませば遠くから「すみませーん」と呼ぶ声が聞こえるような?
もしかしたらお客さん? 不法侵入だけど。
「はいはーい。どうされました?」
放置するのもアレなので出ていくと、そこには同年代くらいの女性がいた。
まず目に入ったのは、軽くウェーブのかかった深い青髪と、スラっと伸びた足。
こちらを振り向いた動作はしやなかで「これぞ令嬢のお手本!」といった効果音まで聞こえてくるみたいだ。
「あっ、このお店の方ですか?」
何この娘。
声まで可愛いとか反則じゃない?
「ええ。まだ営業時間ではないのですが……」
「あっ、違います! 少しお聞きたいことがありまして」
彼女は中央の魔法学園に通うヘカテ・エイワーズと言うらしい。
驚くことに同年齢だ。
……体つきとか、私よりも数ランクほど女性らしいのに。
ゲームでも見たような、見なかったような。
名前に覚えはないけど、容姿に見覚えがある。
つまり誰かの背景にいた関係者だと思うのよ。
「それで、ヘカテさんだっけ? ここの店主に用事があったのかしら?」
「いいえ、知り合いの方から少し聞きまして。ここはフレアさん以外も働いてますよね?」
師匠……のわけはないわね。
となると。
「最近入ったクロのこと? 大方格好良い店員がいるとかだろうけど――」
「それです! その方、『クロウド様』のことではないでしょうか!!」
ヘカテはまるで、ようやく見つけた! と言わんばかりに両手を合わせて詰め寄ってくる。
その勢いに気圧されつつ、私の頭はオーバーヒート寸前だ。
ここでうなずくことはできないけど、これって否定していいものなの?
師匠、クーちゃん……バレてます!
助けてください!