18:デートしましょうか
次の日は夜から営業することになった。
クロウド様のために店の改装があったので、昼間は臨時休業だ。
なんでも壁一面に魔法陣を書いたり、空間そのものを南の魔女に特化した対抗魔法に置き換えるんだとか。
「その魔法、私にも教えてください!」
「アンタにゃまだ早い。街の外へ出られるようになってからだよ」
「それいつになるんですか……」
その後は師匠に「そこにいると邪魔だよ!」と追い出されたので、大人しく工房へ引っ込む。
クーちゃんはそこで寝てた。
窓際で日向に当たり、実に気持ちよさそうだ。
……本当に彼、働けるのかしら?
そもそも猫のクロウド様に働いてもらうなら、給仕服の他にも色々と必要なはず。
師匠は仕事着しか作ってないから、下着とか用意されていないと思うのだけど。
それに小物も必要かもしれないけど、好みもわからないし……あ!
わからないなら、選んでもらえばいいじゃない!
「ということで、クーちゃん。今からデートしましょう!」
「ニ゛ャ!」
抱いて行こうと思ったけど、クーちゃんは寝起きとは思えない俊敏さでスルリと腕から抜け出し、床に着地。
……長き交渉の結果、手提げカバンで手を打ってくれるそうです。
◇◇◇
「この服はどうですか?」
「にゃぁん……」
「ではこっちは?」
「にゃぁ……」
クーちゃんはかばんの中から頭だけ出しているけど、今の私は目立つ。
だって傍から見ると、私は一人でブツブツ言っている怪しい女性だ。
現に、近くに来た人はすぐにそそくさと離れていく。
……それは黒猫を見たからですよね?
いつか見たお子さん。
私を指差してママに聞くのやめてくださる?
「おや、フレアちゃんじゃないかい。どうしたんだ、男物の服なんか見繕って」
声に振り向くと、そこには食堂の常連であるおじさんがいた。
男性用の売り場でウンウンと唸っている私は、おじさんの興味を引くのに十分だったみたい。
「ちょっと必要になりまして」
「まさか男装でも始めるのかい?」
「そこは彼氏用、と言ってください」
まさか黒猫用と言うわけにもいかない。
でも自分で着るわけでもないし、一応クーちゃんとのデート中なもので。
「ハハ、冗談上手いなあ! フレアちゃんに彼氏がいるわけないだろ!」
「ぐっ……いる、かもしれませんよ」
「ナイナイ。それより下着も――下着まで男物か!? 本格的じゃないか!」
「男装用じゃないのに……」
私の活動圏内は、店内と市場に限定される。
お店には大人しか来ないし、市場にいるのも子供かおじさんおばさんばかり。
なので私に彼氏がいないのは周知の事実だったり。
……ヴィル様が現れたからには、それもいつまでの事実かわからないけどね!
「フレアちゃんの背丈なら向こうの服がオススメだな。とにかく、ブカブカだけはやめとけ」
「でもダボダボとか、袖あまりとか。そういった服が男性はお好きでは?」
いわゆる萌え袖とか。男物のワイシャツとか?
後輩が「彼氏にどうしてもって頼まれてぇー」と嬉しそうに話していたから、需要はあるはず。
……ま、私にそんなお相手はいなかったんですけどね。
ぐすん。
「悪くはねえが、それは相手によるってもんだ。フレアちゃんには似合わねぇな」
それって私に魅力がないってこと?
ほぉん?
「おいおい、落ち着けって。フレアちゃんがどうこうって話じゃない。魔女様がいる、だろ?」
「それって――」
もし、本当に男装するにしてもだ。
袖で手が隠れたり、だらしない格好で接客できるだろうか?
できるかもしれないけど、魔女様はキレる。
それが売りのお店ならともかく、そんなの接客をナメているようにしか思えないもの。
「わかったか? フレアちゃんは元がいいから、サイズを合わせるだけで十分さ」
「もうっ、褒めても何もでま……今度一品オマケしちゃいますね!」
「よっ! さすがだぜ。でもまあ、下着だけは自分に合ったやつを薦めるけどな!」
それ以上は言わずにおじさんは去っていく。
男性用の下着はさすがに、うん。
「クーちゃん……男性用の下着、ほしいですか? 何なら私――いえ、師匠の下着を進呈しましょう」
「ニ゛ャ! ニャニャ!! にゃぅん!!」
強い抗議と、全力で媚を売ってきたクーちゃんに負け、私は男性用の下着を手に入れたのだけど。
……そこの子供、いつまで私を指差しているので?
近くのママも「見ちゃいけません!」て言うくらいなら、さっさとどこか連れて行ってくれません?
店に戻ってからは、早速クーちゃん……もとい、クロウド様の試着タイムだ。
今は工房のほうで着替えているので、私と師匠は店で待機中だ。
下着のことを師匠に話すと「そういや男性モンはなかったね。ナシでも困らないだろ?」と言われた。
横に居たクーちゃんに同意を求めたら、全力で首を振られたけど。
「あれ? ということは師匠。もしかしてつけていない人――」
「黙りな。単に忘れていただけさ」
その忘れていたって、どの意味ですか? という質問は口に出さなかった。
だって師匠がものすごく睨んでくるのだもの。
下手なことを言えば、また地獄の訓練が待っているかもしれない。
師匠による無言の圧力に屈していると、ちょうど工房のほうから男性が歩いてきた。
その黒髪と、師匠によって作られた執事服が見事に釣り合っており、何も知らなければ高貴な方の使用人といった印象を受ける。
実際は、この人自身が高貴な方だけど。
「待たせたな」
「クロウド様が……ふ、服を着ている!!」
「そこに驚かれると困る」
だって人間に戻っても全裸だった人よ?
あまりにも服を着ないので、てっきり全裸が好きなのかと思ったくらい。
「まあいい。これからよろしく頼む」
「ええ。それと、ここでは私が先輩なので、これから呼ぶときは先輩と言ってくださいね!」
「アタシのことは、好きなように呼びな。お前さんは、クロとでも呼ぼうかね」
クロウド様は、分かる人が見るとすぐにバレるだろう。
三時間ほどしか人間には戻れないけど、もし知り合いなら黒猫でも受け入れてくれる、かも?
こうして、クロウド様……もといクロが従業員として加わった。
あとは何人もの後輩を育ててきた私に任せんしゃい!