17:猫の手を借ります!
結局次の日もヴィル様は来なかった。
せっかく会えたと思ったのに、また一週間おあずけとか……はぁ。
「ししょー、どうしてあの時呼んでくれなかったんですかぁー」
「またそれかい。あの様子だと、近いうち来るだろ。それとアンタ、わかっちゃいるだろうが……」
「へいへい。私はただのフレアですよぉーだ」
幸い向こうは、私がクレアに似てるって思ってくれたみたいだし。
ま、似てるというか本人ですけど。
だけど今日はどうして来てくれなかったんだろ?
代わりにカミーユとかいう人なら来たのに。
「こんなとき学園の様子が分かったらな。ねえししょー」
「ダメだ。アンタがいつまで経っても半人前だからだよ。最近は半人前ですらないようだがね」
「でもあの障壁は完璧だったと思います!」
チクチクと文句を言われるも、私だって努力はしてる。
例えば買い物ついでに、両指で品物を支えている……と思わせて指の上で浮かせたり。
代金の銅貨を入れ物にシュートする……と思わせて投擲後にコントロールし、テト〇スのように重ねたり。
すごく地味だけど、ちゃんと魔力操作の練習はしているんだから。
「障壁ねぇ。じゃあ今度はアンタだけの力でやってみるかい? 今は客もいないからちょうど良いだろ」
「……やめておきます。それ前よりも威力強いパターンですよね?」
「さぁてね。いっひっひ」
「こんなときだけ魔女らしさを出さないでください」
魔女狩りの皆さん、ここに対象がいますよ。
最近は腑抜けの人しか来ないし『魔女の家』も平和なものですわー。
よっぽどネズミ事件が堪えたらしい。
「ほら、休憩も終わりだ。シャキっとしな」
「はーい」
お客様も来たし、仕事しよっと。
「いらっしゃいませー、本日のおすすめは……」
「よしきた。じゃあこいつらの分もだ」
「はい。それでしたら銅貨三十枚で……」
今日はやけに団体客が多い。
特に集会とかお祭りはなかったはずだけど、おかげでこっちも大忙しだ。
「次これ持っていきな! すぐ次も出すよ!」
「はい!」
……薄々思ってはいたけれど、これ人手が足りていないのでは?
師匠も私も、魔法を使いながら仕事を捌いてようやく片付けられる。
師匠もキツそうだし、これも修行とか言ってのける余裕はないはず。
「追加であれも頼む!」
「はいよ! たく、アンタら少しは自重しな!」
「売り上げに貢献してやってんだ。何なら部下を全員連れてきても良いんだぜ?」
「その場合は店じまいだよ」
軽口をたたき合った後に笑うのは常。
だけど。
うーん、師匠の軽口にキレがないみたい。
「師匠やっぱり、私が料理を……」
「やめな。ここが潰れる」
ひどい。
しかし前科があるので強く出れないという……。
「なら、簡単な料理ができて、ホールにも入れるオールマイティを一人追加で」
「ウチらの事情を知っている奴じゃないと認められないよ。またアンタみたいに拾ってくるしかないね」
まるで捨て猫のように言われるけど、この命は師匠に救われた身だ。
こんなに優しい……訂正。
口が悪いだけで根は優しい魔女様なのに、どうしてこう迫害されているのかしら。
そこの事情はゲームでも語られなかったし、南の魔女が悪事ばかり働くせいな気がして仕方ない。
おのれ南の魔女!
あんたなんか、早くヒロインに倒されてしまえばいいのよ!
「あーもうっ! 今日は猫の手も借りたいくらい忙しいですね! 休憩もろくに取れませんよ!」
「お、アンタ良いことを言うじゃあないか」
「え?」
ただ日本のことわざを言っただけなのに、どうして……あ!
そこで私も気づいた。居るじゃないの!
師匠は堂々「今から少し休憩するから、注文は受け付けないよ」と宣言し、気持ちよく寝ていたクーちゃんの首根っこを掴んで持って行った。
いきなりの運搬にクーちゃんは目を見開いて暴れたけど、すぐに大人しくなった。
……うん、それ私じゃないからね。
ボスに逆らったらダメよ。
◇◇◇
師匠がいないことを良いことに休憩していたけど、生憎とすぐに帰ってきた。
けどあれ?
「師匠おひとりですか?」
「ああ、ちょいと問題があってね。ま、明日にはなんとかなるさ」
クーちゃんは戻ってこないし、何かあったのかな?
ということは……今日も忙しいままってことね。
仕方ない、がんばろっと!
閉店後の片づけが終わって裏の工房へ行くと、そこには人間状態のクーちゃん……クロウド様がいた。
もちろん全裸だ。
「キャー! ……ちらっ」
「おいそこのむっつり女、形だけの悲鳴はやめろ」
文句を言うなら服を着て。
私はこれでもさんじゅ……げふんげふん。
なので、男性の裸に照れるような精神はとっくの昔に捨てちゃったの。
引き締まった身体に惹かれることはあっても、異性としてみてもいない男の裸じゃ……ねぇ?
「あの、布とかは着ないので?」
私はいつかと同じようなセリフで問いかけるも、彼もいつかと同じように首を振る。
「魔女が貸してくれない。何でも汚れるのが耐え切れないらしい」
あ……うん。それはわかるかも。
洗えばいいって思っていても、何か嫌。
「じゃあ猫に戻してもらうべきでは?」
「それなのだが……」
言葉を濁すクロウド様の視線を追うと、そこでは師匠が何やら編み物をしているではないですか。
え、編み物?
「し、師匠。ついにおばあちゃ……いだっ!」
「誰がババアだって? お前も編み込んでやろうか」
「遠慮しておきます」
師匠はクロウド様の仕事着を編んでいるらしい。
大まかな形さえ編めば、あとはシュルシュルと魔法で完成させるのだとか。
「だが、コイツのお披露目は明日の夜さ」
「昼は手伝ってもらわないので? あ、効果時間……」
クロウド様は猫だ。
元は人間だけど、今は南の魔女の呪いで黒猫にされているお人だ。
そんな呪いを限定的でも解除するのは、師匠の腕でも三時間が限度らしい。
それも店内限定で。
でもピークタイムに手伝ってもらえるだけで、随分と大助かりだ。
三時間は必ず持たせるらしいし、クロウド様にはクーちゃんに戻る前に、奥へ引っ込んでもらえばいい。
「あれ、でもクロウド様は働けるのですか?」
「失礼だな。これでもお前たちの仕事を見てきた。簡単な業務、そして料理ならできそうだ」
クロウド様いわく、公爵家の跡取りといっても、使用人と混ざって料理を作るくらいには仲が良かったとのこと。
ここで出すくらいの料理なら大丈夫だろう、とはクロウド様の言葉だ。
……師匠が微妙な顔をしている。
わかりますよ、その気持ち。
「ま、そいつを聞いてすぐにでも入ってもらいたかったが、致命的な問題があったからね。コイツはまだ人前に出せない」
「致命的な問題?」
常識を知らないとか、猫としての癖が身についているとか、いつでもお昼寝するとか?
「おい、何か失礼なことを考えていないか?」
「やだなー、気のせいですよ」
だとすると何だろう?
師匠は「こいつマジか……」みたいな目を向けてくるし、クロウド様におかしなところなんて――。
おかしな、ところなんて………。
「ふ、服を着てください!!」
ようやく気付いた私が叫ぶ頃には、クロウド様はクーちゃんにと変わっていた。
ナチュラルに全裸とか、恐ろしい子……ッ!
ブックマーク、評価ありがとうございます!
書き溜めはゼロですが、明日から毎日更新に戻せそうです。