16:フルコース行きで
立っていたのは、私と同じ年頃の男性だった。
いや、背は私と同じくらいだし年下かも?
短く揃えられた短髪と、赤みがかかった髪からやんちゃそうな印象を受ける。
ヴィル様はどこでこんな生意気なガキと知り合ったのかしら?
傲慢な態度に文句を言いたい。
けど、私はこれでも看板娘(自称)だ。
貼り付けたスマイルでマニュアル通りに対応しよっと。
「お一人様ですか? 席はテーブル席があいて――」
「見ればわかるだろ。俺はあの客が座っている奥のテーブルがいい。さっさとどかせ。いちいち指図しないと動けないのか?」
ムカッ!
何よこの男。自分だけで世界が回っていると思っているのかしら。
こんなの客じゃないわ。誰か塩もってきて塩!
彼は店が異様なほど静かになったのも気にならないらしく、容赦ない追撃が入る。
「こんな場末の食堂みたいな店の、どこが良いのやら。名前も不気味なうえ、店員も粗末ときた。これでよく商売が成り立っているな」
「おいアンタ、さっさとソイツを案内しな。無論、カウンターだよ」
あ、師匠キレてますね。
名前も知らない彼だけどご愁傷様です。
言われたとおり、カウンター……クーちゃんのお隣へ案内する。
いや、何されるか危険だから、一つ席を離そう。
「全く、料理人も無愛想のようだ。これで味が悪かったら底が――――ぎょが!」
椅子に座ろうとして、ようやくクーちゃんの姿が目に入ったらしい。
その情けない悲鳴を聞いて、何人か吹きだした。
彼はそのまま後ずさったけど、後ろにいた私はそっと背中を押して上げる。
……逃さないわよ?
「おい! 何でここに悪魔の使いがいるんだ! いますぐ排除しろ!」
「まあまあ。ここは『魔女の家』ですから」
周りを見ると、騒動を見守っていたお客さんもウンウンと頷いてくれる。
こういうノリが良いところ好きよ。
「おかしいだろ! こんな店に居られるか、俺は帰るぞ!」
まるで死亡フラグのようなものを立てる彼。
……私やお客のメインディッシュを、いま帰らせるわけにはいかないのよ。うふふ。
「まあまあ、お客さま。今から精いっぱいおもてなし致しますので」
「ふ。アンタにゃ是非この店のフルコースを味わってもらわないとねぇ……なあ? お前たち」
「「「違いねぇ」」」
「お前らどうしてそんな息がピッタリなんだ! たく、店も不気味なら馴染みの客も不気味だとは。料理もどうせゲテモノだろ!」
ピクリ。
師匠のこめかみが反応した。
それに気づいたのは私と数人だけだ。
でも常連が席を立った反応を見て、他のお客も察したようだ。
現に、まだ料理が残っているお客さんなんかは絶望した顔を浮かべている。
……さすがにちょっとかわいそうね。
ここは一肌脱ぎましょう。
「はいはーい。あちらの隅が安全地帯となりますので、テーブルを固めましょう。クーちゃんも移動しますよー」
「おう嬢ちゃん、手伝うぜ。これを持っていけばいいんだな?」
「ありがとうございます。あとアレとソレ、向こうのアレもお願いできます?」
「任せておけ!!」
既に食べ終わったお客も、見世物として楽しむつもりなのか、率先して配置換えを手伝ってくれる。
このバリケードを作るのも、ひと月ぶりくらい?
「おい……急にどうした。一体何が始まるんだ?」
ただ一人。
ついて行けない新参者もいるみたいだけど、あいにくと当事者には効果がないの。
近寄って来ても入れないわよ?
というかこっちくんな、お願いだから。
「さて、フルコースだったね。あんたにゃ特別に銅貨一枚で作ってやるよ」
「フン。身の程をわきまえた料金だな。モノによっては銅貨一枚の価値もないが、いいだろう。くれてやる」
師匠の、恐怖しか感じないニコニコ顔を見ても逃げない。
あなたのそこだけは好感が持てるわ。
さてと。
師匠の手元に薬瓶が3つ見えたタイミング、それが合図だ。
魔導書くん二号を準備してっと。
テーブルも配置通りね。これだけ魔法陣が集まれば、なんとかなりそう。
あとは時を待つのみ。
まだかな、まだかな?
・・・
・・
・
見えた!
「ここに集え、大気の魔力よ。求めるのは、打ち消す力なり――」
「おいお前。なぜ詠唱を始めた?」
集めたテーブル……正確には、そこに描かれた不可視の魔法陣から、私へと魔力が流れてくる。
発動させるのは防御の一手。
あの二人をうすーく、障壁で包んでっと。
万が一にも漏らさないよう、集中して。
さあ師匠、いつでもどうぞ!
「ほい、待たせたね。この店の名物、四属性の上級魔法(極小)フルコースだよ」
「は?」
間抜けな顔をした彼の前に置かれた箱。
一見するとそれは宝石箱だ。
しかし、箱の外見に見惚れたら最後。
ドカアァァァァァアアン!!
と、派手に音を鳴らし爆散した。
◇◇◇
轟音に対し、店の被害は皆無だ。
彼がいた場所には、いまは真っ黒になった何かが代わりに座っているけど。
あれは店の客じゃないし関係ないわね。
よかった、上手く包み込めて。
もし失敗しても、このテーブルたちが守ってくれるから被害はないけど、師匠の憂さ晴らしに何をされるか。
師匠が大笑いする声だけが響く。
よし、今のうちに。
私はパンパンと手を叩き、皆の注目を集める。
「さあ皆さん! 当店自慢の料理がこんがり焼きあがりました!!」
「は?」
「こいつぁ焼き過ぎじゃねぇか!」
「おい」
「魔女様はいつもド派手だな! もっとファイアーしようぜ!」
「まて」
「いやー、今日はいいモン見せてもらった。今回の評価は4だな」
「聞け」
「5段階で?」
「「「もちろん10段階だ!」」」
皆さんノリ良いですね。
ここは食堂だけど、ホンモノの『魔女の家』だ。
あまりにも魔女、というか師匠……を馬鹿にするようだと最終警告が出される。
最終警告。
それが4つの上級魔法を組み合わせた、あの箱の中身だったり。
今はちょろっと料理されるだけで済んだけど、魔女狩りのしつこい連中は、衣服だけ残して消えたなぁ(遠い目)。
10人ほどいた男性が一瞬で消えるなんて、ここは不思議に溢れていますね。
後日、ネズミが10匹ほど入り込んでいたみたいだけど、師匠が全部追い払ったってさ。
……うん。師匠、黒猫だから。
「お、お前ら……」
あ、黒く煤けたモノが動き出した。
外傷ダメージは一切なかったはずだけど、結構時間がかかったわね。
それだけ心的ダメージが大きかったのかしら?
「おい! これは俺がカミーユ・クライシスと知っての狼藉か! 此度の行ない、決して許されるものではないとわかっているだろうな!」
カミーユ・クライシス?
どこかで聞いた名前だけど、うーん……。
攻略対象でもないし、誰だっけ。
もしかしてお客さんたちなら知って――。
「知るわけねーよ、ばーか」
「まあ貴族様だったとしても、魔女様にはかなうはずねぇわな!」
「「「「ハッハッハ!!」」」」
「……ぐ」
ですよねー。
カミーユ? はプルプルと震えているけど、まっ黒助な状態だからか、振動によって煤がパラパラ落ちる。
その様子を見て笑い声も増えていくし、ごめん私も我慢の限界。
「ぷくく。カミーユ(笑)さん。どうでした? このお店の歓迎は」
「き、貴様っ!! この事は殿下にも報告させてもらう! せいぜい残り短い営業を満喫しやがれ!!」
「お客様お帰りでーす」
「くっ!」
カミーユは掴みかかろうとしてきたけど、私の腕にいるクーちゃんを見てやめたらしい。
さすがこの店の用心棒、効果は絶大ね!
彼は赤い髪を黒く染めたまま、煤をまき散らしながら去っていった。
ヴィル様と殿下の知り合いみたいだったけど、カミーユ・クライシス……あんな人いたっけ?
モブにしては、妙にキャラが立っていたような。
まあいいや、リリースは済んだ。
今度こそヴィル様かもんっ!
誤字報告ありがとうございます。
そのままにしてある部分もありますが、修正残りを忘れやすいみたいです。
次回は月曜更新です。