15:またすぐ会えますよね?
え、嘘なんで!?
そこにいたのは、思い出のままのヴィル様だ。
この世界で会ったヴィルお兄様ではなく、ゲームの中で見たヴィル様そのもの。
そんな! 急に来られても、何の準備もできていないのに!
「……ッ! ヴィ…………んで」
「君はまさか、本当にッ!」
ハッ! と気づくも、時すでに遅しだ。
初対面であるはずの私、ましてやこんな食堂の町娘が、彼の名前を知る可能性は低い。
もし生きてるとわかったら、無理やりにでも連れ出されちゃうかも。
……嬉しい! けど魔力が暴走して死にたくない!
どうしよう、何か考えないと!
私が硬直しているのもお構いなしで、ヴィル様のほうはマジマジとこちらを見てくる。
恥ずかしい。思わず顔を逸らしてしまった。
「おいおい、どうしたフレアちゃん。まさか一目惚れか?」
「おっ、若いねー。祝いにエールを追加してやろう。それとも、嬢ちゃん的にはビールと言ったほうがいいか?」
「おいこっちにも早くビール持ってこい」
外野の催促する声がうるさい。
もうっ! こっちはそれどころじゃないのに!
「あ、あの。私は……」
「あ、いや。仕事の邪魔をして悪かったね」
「え?」
「君はフレアと言うのだね。すまない、僕の知り合いに似ていたから……そんなことありえないのに。ビールだっけ? 早く運んであげて」
それだけ言い残し、ヴィル様は静かにカウンター席へと歩いて行った。
その足はクーちゃんを見て一瞬止まったけど、すぐに何事もなかったかのように着席した。
勝手に納得してくれたのはいいけど……あの、放置された私はどうしたら?
「今日はどうしてやろうかねぇ……」
ポン。と頭に何かを載せられた。
この感触、お皿……ってことは。
「し、師匠!」
「このアタシに運ばせるたぁ、わかってんだろうね?」
「今すぐ運びます!」
その日は、ヴィル様がチラチラ視界に入るためミスが多かったけど。
彼は静かに食事を終え「また来るよ」とだけ言って去っていった。
……やっぱりカッコいいなぁ。
あれから私は一日中うわの空だった。
もうすぐ店じまいというのに、まだヴィル様が使ったお皿を片付けることはできない。
客もまばらになってきたし、そろそろお掃除でも始めようかしら?
そう思っていたら、横からツンツンとつつかれた。
「見ぃーちゃった♪」
「あっ」
そこには、フラれたばかりのお姉さ……よくしてもらっているお姉さんがいた。
あんな話をした後ですものね。そりゃあ気になりますよね。
「さっきの彼が、フレアちゃんの想い人?」
「えっと。そうであって、そうでもないような……」
兄だと言うと、クレアと同一人物だということがバレてしまう。
かといって、想い人というのも否定したくない!
ここは常連さんに言われたようにアレでいこう。
「この前、街で見かけたときに一目惚れして。あれから全く会えなかったので動揺しちゃいました」
「あらそうなの。まだ若そうだけど、どこかの貴族様かしら。こんなところに一人で来るなんて珍しいわね」
魔法学園は入寮制なので、学生たちが外出する機会は少ない。
学園の近くや、休みを利用して自宅に帰る生徒もいるけど、ここは同じ中央でも国境寄りだ。
移動だけでも半日以上かかるのに、ヴィル様はどうしてこんな場所に一人だったのだろう?
「でもよかったわね。また来るよって言ってもらえて」
そう!
今まで会いたくても会えなかったけど、また来てくれるって!
これなら明日からの仕事も頑張れちゃうかも!
「うふふ。これからは私も、お姉さんに酒の肴を提供できそうで……あれ?」
いつの間にかお姉さんの姿がない。
もう帰っちゃったのかな?
何も言わずに去るなんてお姉さんらしくも――。
「ゴキゲンだねぇ。その酒の肴とやら、アタシにも提供してくれないかい?」
いたのは般若が一人。
いつもは閉店ギリギリまで粘るお客の姿も消えており、お店の中には私と師匠しかいない。
にげ……。
「えっと、本日は閉店なので、また後日でお願いします?」
「ハハハ、二日連続で罰を受けたいたぁ、いい心がけだ」
「あっ、アイアンクローやめて! ういてる! 浮いてるからぁ!」
「このまま部屋まで運んでやるよ。静かにしな、暴れるごとに一日追加だよ」
「うぐっ……いだいげど、がまんじまずぅ……」
その後、三日間は療養した。
魔法陣に載せられ、何もない空間に一日。
火あぶりの刑を痛覚ナシで一日体験。
全身からスーっと血を抜かれつつ、並行して魔法薬の精製を師匠と共に一日。
最後の一日は失敗イコール命の危機だから、私もヒヤヒヤした。
師匠がミスするわけないって思うけど、あの人ならわざと「やっちまったよ」とか言いそうで。
もうこんな経験はしたくない。
次にヴィル様が来たときは、動揺しないように気をつけないと!
「そういやアンタ、明日から出てくるのはいいが、一昨日そのヴィル? て奴が来てたようだよ」
は?
せっかく復帰したのに、何ですかそれ。
考えてみれば、学園の休みは二日連続。
来る機会は限られるので、おそらく学園に戻る前に一度寄ってくれたと思うけど……思うけど!
言葉が出ないほど混乱する私に、師匠はそりゃあもう深く、ふかーくため息をついた。
「アンタの顔を見るに、やっぱりありゃ親族かい。わかってるだろうが」
「うぅ……そうですよ。クレア・ラグドーレという人物はすでに亡くなっていますからね。ダイジョウブ、ダイジョウブデスネ」
「全然大丈夫じゃなさそうだね。やれやれ」
結局、追加でもう一日休んだ。
この日に限って言えば、クーちゃんも一日中店から離れなかった。
ああ、私の癒やしが……。
けどまた学園が休みの日、今度こそヴィル様と会えるはず!
◇◇◇
待ちに待った学園の休日。
移動に半日以上かかるとみても、もう来てもおかしくない頃合いだ。
さあ、いつでもヴィル様を迎える準備はできているんだから!!
「いらっしゃいませー! お一人様ですか? お好きな席へ――」
「ここか? ヴィルの奴が拘るので期待したが、普通どころか無駄に気持ちの悪い店だな。そこのお前、早く案内しろ」
は? あんた誰よ。
呼んでないから、さっさとヴィル様連れてきなさい。
ブックマークありがとうございます!
1週間ほど家に帰れないので、次は金・月で予約更新します。
書き溜めはいい奴だったよ……。