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13:寝るだけの簡単なお仕事です

 


 クーちゃんが居候するようになった。

 といっても、食堂のほうには顔を出さず、いつも工房のほうで丸くなっているだけの存在だ。

 この世界の黒猫事情を考えると仕方ない。

 仕方ない……のだけど。


「ねーししょー、マスコットが欲しいって言ってましたよねー」


「何だい藪から棒に。今のアンタがマスコットみたいなもんさ」


 お客のピークタイムも終わり、今はのんびりまったりと休憩中だ。

 いつものようにカウンターでぐだーと伸びても、それを咎めるようなお客はいない。

 師匠には何度か注意されたけど、そのうち諦めたようで何も言われなくなった。


「えへへ。私が看板娘だなんて、そんな褒めないでくださいよー」


「そのうち看板にしてやろうか」


「やだなー。冗談きついですよ、もうっ!」


 ……冗談ですよね? 信じてますよ?


「そうじゃなくてクーちゃんですクーちゃん!」


 あれから数日が経過したけど、仕事中はクーちゃんを視界に収めることはできない。

 だって店のほうには一度も来てくれないんだもの。


「何とかなりませんかねー。このままじゃモフモフ不足で動けなくなっちゃいそうですよー」


「なんなら、アンタがそのモフモフになってみるかい? いっとくが元には戻さないよ」


「……やめておきます」


 せめて魔女としての修行を積ませてください。

 代金の計算と料理のレパートリーと、皿を四つ運ぶ能力くらいしか身についていませんので。


「はぁー……モフモフがぁ」


「何々? フレアちゃんペットいるの?」


 伸びていると、ちょんちょんとつつかれる。

 隣を見ると、常連のお姉さんだ。


「ペットじゃなくて、同居人ですよー」


「うふふ。フレアちゃんが大切にしているから、さぞ可愛いのでしょうね?」


「そりゃあ可愛いですよ。ねー、師匠?」


「……たまにはカッコいいとかも言ってやりな」


 もうっ、師匠はツンデレなんだから。

 師匠の許可さえ出れば、お姉さんにも紹介できるけど。


「ペット……いいわねぇ。ちょうど彼にフラれたばかりだし、お姉さんも飼ってみようかしら。ふふふ……」


「あ、えっと。はい」


 それ典型的な……いえ、何でもないです。

 元の世界で、同期がウサギを飼いだしたパターンに似ている。

 それまで彼氏自慢だったのが、急に「うちの子」自慢に代わるのよね……写真は可愛かったけどさ。


「クーちゃんなら大人しいし、店に出しちゃダメですかね?」


「どうだろね。彼が良いなら良いんじゃないかい」


 師匠はどうでもよさそうに料理を続ける。

 今はお客さんも少ないし、まだ休憩できるわね。

 よし。


「じゃあちょっと交渉してきますねー」


 何か言われる前に、即行動だ。

 後ろから師匠の声が聞こえるけど、無視だ無視。


「おいアンタ、堂々とサボるたぁいい度胸だ」


「まあまあ魔女さん。

 わたしもフレアちゃんのペットが気になるから、ね?」


「……チッ。まあお前さんが言うなら大丈夫か」


 師匠を言いくるめるお姉さん、何者!?

 そんな声を後ろにしつつ、工房にてターゲットは確保した。

 なんとまあ、気持ちよさそうに眠っちゃって。


「クーちゃん? 起きてー」


「……ん、にゃむ……」


 両手で持ち上げてみても、クーちゃんは眠ったままだ。

 んん?


「スンスン。ちょっと匂うかな? また一緒にお風呂入りましょーね。いや、いっそ今から連れ込めば」


「……ふにゃ? ……ニ゛ャ!?」


「あ、起きた」


 本能的に警戒したのか、私の顔を蹴って逃げ出すクーちゃん。

 やっちまった……て顔してるけど、むしろ肉球! もっとやって!

 まあ、それは次の機会にしてと。


「おはようクーちゃん。ちょっと交渉しにきたのですよー」


「にゃ?」


「貴方は今、タダ飯食らいです。そして居候でもあります。オーケー?」


「にゃぁ……」


 猫に何言っているんだと思われそうだけど、これが事実。

 あ、ちなみに私は働いているのでノーカンで。


「そんな貴方に仕事を与えましょう。にゃんと! いつものように寝ているだけで良いお仕事です!」


「にゃにゃ!」


 むしろ私の専属モフモフとして雇いたい。

 それに見ているだけでも癒されるから、お客さんにもお裾分けね!


「やりますか? ちなみに食堂で寝るだけの簡単なお仕事です」


「………………ニャ!」


 あらゆる人から嫌悪の目を向けられたクーちゃん。

 酷な仕事かもしれないけど、このままじゃ引きこもりまっしぐらだ。

 いつか魔法学園に行かせるためにも、人の目に慣れてもらわないと。


「いい返事です! じゃあ行きましょうねー」


「にゃぁああ」


 今度は暴れずに大人しく抱かれてくれた。

 んふふ、この感触がたまらないのよねー。

 恥ずかしそうにするクーちゃんも可愛い。

 中身が男性? 気にしなければただのオス猫よ。




 クーちゃんお気に入りのクッションを片手に、食堂へと戻る。

 私が戻った瞬間、常連の何人かはチラっと視線を向けて、逸らしたかと思えばすぐにガン見してきた。

 まるでお手本のような二度見ね。


「師匠、カウンターのどこかを専用にしていいですか?」


「あまり目立たない端にしておきな。そこなら背景と同化しても不自然じゃないさね」


 壁は木目調というか、木製? ここならジッとしていれば模様に見えるかもしれない。

 ついでに張り紙も出しておこうかしら。

 椅子はいらないので片づけ、カウンターの上にはクッションを敷いて、その上にクーちゃんを乗せる。


「ここがクーちゃんの新しい寝床ですよー」


「にゃぁぁぁ……」


 お客は少ない。

 けど、今は店中の視線をクーちゃんが独り占めだ。

 黒猫なんて、南の国にしかいないからね。

 クーちゃんは集まった視線にブルブルと震え、今にも逃げ出しそうだ。


「フン。そんなに怯えちまって、それでも男かい。情けないね」


「落ち着いて。何なら私がずっと抱いてあげるから、ね?」


「フ、フシャ!」


 うふふ。クロウド様も恥ずかしがり屋なんだから。

 そう思っていると、誰かの手が伸びてきてクーちゃんを持ち上げた。


「あら、この子がフレアちゃんの?」


「あ、お姉さん。そうです、かわいいでしょ?」


 お姉さんは黒猫だということも気にせず、私がするようにクーちゃんを抱きしめていた。

 そりゃもう、私よりでかい膨らみが潰れるほど強く。


 ……それ、ぬいぐるみじゃないですよ?

 おい黒猫、その緩みきった表情は何だ。

 私の胸じゃ満足できないってか? おぉん?



 ◇◇◇



 あの後はお姉さんを筆頭にして、常連さんには好意的に受け入れてもらえた。

 何たって「魔女の家」だしね!

 むしろ何故いままでいなかったのかと、からかってくる人もいたくらいだ。

 ……計画通り!


「さて、クーはともかく。アンタはいつ働くんだい?」


 見ると、新たな客もちらほら増えていた。

 出来上がった料理は師匠が運んでいるなー、とは思っていたけど、いつの間にこんな繁盛を?


「ハ! まさかクーちゃんが招き猫のように」


「さっさと仕事しろ。何なら今からお仕置――」


「いらっしゃいませー! ささ、テーブルまで案内しますよ!」


 触らぬ魔女に祟りなし。

 クーちゃんも設置できたし、これで目の保養は完璧ね!

 あ、お姉さんあまり構わないでやってください。

 その猫、年頃の男の子なんです。



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