12:黒猫でお願いします
目の前にいたのは、全裸の男性でした。
黒髪で金色の眼。短く揃えられた髪は、活発な印象を受ける。
しかし身体は痩せ細っており、筋肉質というよりは病弱。
悪くいえば栄養不足な見た目だ。
背は私よりも頭一つ分高いかな? 師匠より大きいかも。
そんな彼の身体は傷だらけ……黒猫ちゃん、過酷な環境をよく生き抜いたわね。
はぁーっ……ふぅぅ、落ち着いた。
「貴方はクロウド様ですか?」
「あ、ああ。さっきの魔女から説明は」
「まず隠してください」
「そうだな……」
クロウド様はゆっくりと座り、小さくなって膝を抱えた。
猫っぽい仕草にほっこりするも、違う。そうじゃない。
「あの、服は着ないので? 何なら布でも」
「この姿は数分しか持たないらしい。あの魔女いわく、話すだけなら充分とのことだ」
あ、着ないですか。
師匠は私と話せるように、クロウド様を人に戻してくれたらしい。
何日かに数分だけなら、魔力でどうにかなるんだとか。
公爵家の跡取り、クロウド・エルダード。
ヒロインが誰とも結ばれなかった後の隠しキャラで、人気投票も二位と三位を行き来する存在だ。
でも、そんな彼にも欠点がひとつ。
人気投票の大部分が、黒猫の姿に投票っていうね。
コメントでは「凛々しい黒猫に惚れました!」とか「黒猫マジ黒猫」とか「『Magic☆Cats』の隠しヒロイン」とか等々……。
男性姿だけに関して言えば、隠しキャラなのに人気は下位だ。
……隠しキャラなのに、下位だ。
他が強すぎるのよ他が。
ヴィル様とか、ヴィル様とか、黒猫ちゃんとかね!
「そういえば、何でお前は俺の名前を知ってんだ?」
「あー……魔女繋がりで? まあそんなことはいいのよ。私はフレア、ただのフレアよ」
家名はない。
あの時の私はもう死んだんだ。
それでも、ヴィルお兄様には会いたいけど!
「そんなことってな。重要なのだが……魔女にも聞いたが、お前たちは俺が怖くないのか?」
「黒猫は隣人です。むしろクロウド様が、怖くないので?」
魔女の使い魔といえば黒猫。
世界で忌み嫌われる存在だとしても、それは一般人に関してだ。
むしろ私にとってはウェルカム状態。
逆にクロウド様が、魔女という存在に恐怖していてもおかしくない。
「最初はな。だが、ここの魔女は何というか……違う、だろ?」
「ふふ、そうね」
お互いに笑い合う。
けど、片方が体操座りした全裸の男性なのよね。
でもよかった。
クロウド様が師匠、そしてこの場所を嫌っていないみたいで。
「さっきは引っ掻いて悪かった。この通りだ」
「ああっ! そのままで! そのままでいいので!」
土下座しようとした彼を止める。
動いたら見えちゃうからヤメテ!
「そうか? しかし、すまなかった」
「はい。クロウド様はここで飼われ……暮らしますか?」
「おい、俺は猫じゃないぞ。そうだな、満足に食事もできず、誰とも話せなかった日々には戻りたくない。
先ほどの魔女には許可をもらったので、これから世話になる」
よし!
思わずガッツポーズをする。
クロウド様は訝しげに見ていたけど、これで言質はとったぞ!
「じゃ、これからはクーちゃんと呼びますね。あ、食事の希望はありますか? 人と同じもので良いなら猫まんまありますよー」
「おい猫扱いはやめてくれ。
それと塩気の多いものとタマネギはダメだ。いくら空腹でも絶対避ける。それから……」
ポンッ!
会話の途中でクロウド様は煙に包まれる。
そして晴れたあとには、キョトンとした顔の黒猫がいた。
これ、効果が切れたのよね? さすが師匠、グッドタイミング。
「キャー!! クーちゃんこれからよろしくねー!」
「フ、フギャ! ニ゛ャァァ!!」
可愛い!
思いっきり抱き着いて頬擦りするも、クーちゃんは嫌がっているみたいでバタバタしている。
そんな仕草も可愛い。ほらほら、初やつめー。
「うりうり、あーほんと可愛い……あいたっ!」
叩かれて後ろを見ると、呆れた顔の師匠がいた。
いつの間に……ああっ! クーちゃん逃げないで!
「いつまで遊んでんだい。ほら、客の片づけが残ってるよ。さっさと仕事しな」
「はーい。終わったらクーちゃんと遊んでいいですよね? というかダメと言われても遊びます!」
「……あれも男だよ。ほどほどにしてやんな」
止めないってことは、良いってことですよね!
待っててねクーちゃん。今日の夜は一緒にお寝んねしましょうねー。
結局、寝床にクーちゃんは来てくれなかった。
連れ込んだけど逃げられた。
クーちゃんを助けに来た師匠が「本来は逆じゃないのかね」と言っていたけど、クーちゃんが可愛すぎるのがいけない。
ふっふっふ。そのうち連れ込んで一晩中モフモフしてやるんだから!
誤字報告ありがとうございます。
あのように通知されるのですね。
自分では気づかないことが多いので助かります。