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ティーシナルヒビ

落花生

作者: あさま勲

 幼稚園のお便りに目を通しつつ、T氏はコーヒーを飲んでいた。コーヒーのお供はカリントウである。

 お便りは、T氏の息子が通っている幼稚園の物だった。近日、父兄同伴の元、落花生を掘りに行くと書かれている。

「土曜日か……お父さんは、お仕事ですよ……」

 T氏は切なげに呟くのであった。

 父兄同伴とあるが、実際、T氏の奥さんが息子の付き添いで同行することになるだろう。

「父兄同伴となってるんだから、父か兄以外は付き添い不可で、職場なりに連絡して休みを取りやすい環境を作るべきだとお父さんは思うんですけどねぇ……」

 ぼやきつつT氏はカリントウをかじる。

「なに、ブツブツ言ってるんです?」

 T氏の奥さんが、ベランダから室内に入ってきた。洗濯物を取り込んでいたのだ。T氏の息子も一緒であった。母のお手伝いをしていたのである。

「いや、この世の不条理について思いを巡らしていたら、つい愚痴が出てしまって」

「幼稚園での落花生掘りの一体、なにが不条理ですか……」

 T氏の奥さんは、T氏の見ていたお便りに気づき、呆れたように言うのである。

「お父さんは落花生掘りに行きたいけど、仕事があって行けません。これが不条理以外の一体なんだというのでしょう?」

 T氏は大仰に身振りを交えて言うが、奥さんと息子には理解されなかったようだった。

 奥さんは更に呆れ、息子は首を傾げている。

「フジョウリってなに?」

 どうやら息子は、不条理という言葉の意味が判らなかっただけのようだ。

「お父さんが、愛する息子と落花生掘りに行けないことも、この世界に数ある不条理の一つなんですよ」

 そう言いつつカリントウに手を伸ばすT氏。そして、その手の先にあったカリントウを袋ごと取り上げる奥さん。

「子供に変なことを吹き込まない!」

「そして、今の状況は理不尽と言います……」

 カリントウを取り上げられ、T氏は悲しげに呟くのであった。

「タマの休みなんだから、馬鹿なこと言ってないで、この子のタメになることでも教えてあげなさいな……」

 あきらめ半分な口調で奥さんは言うと、T氏にカリントウの袋を返した。

「タメになること……落花生掘りに行った際は常に頭上に気を配るようにすることですね」

「落花生掘りに行って何で頭上に?」

 T氏の言葉に、納得がいかないとでも言いたげに奥さんはたずねる。

「落花生はピーナッツとも言いますね? ナッツとは木の実の事でピーナッツとはピーの木の実なんですよ」

「何で木の実を掘りに行くの?」

 今度は息子がたずねた。

「うん。頭上注意と木の実を掘るってことで気づいて欲しかったけど、ピーの木は、とっても高い木で、高い枝に成った実を落とすことで、地中に種を埋めるんです。これが落花生って日本名の由来になってますね。ちなみに落花生のあの殻は、中の種を守るための緩衝材です。でも、当たると、やっぱり痛いし怪我する事もあるから気をつけなさい」

 そう言い、T氏はポリポリとカリントウを食べる。T氏は甘党なのだ。

「そんな大きな木になるんなら、落花生の木って、もっと有名になってるんじゃないの?」

 半信半疑な口調でT氏の奥さんはたずねるのであった。

「落花生って管理の難しい木で、栽培には特別な許可が必要になるんですよ。当然、詳しい事は一般には知られないように伏せられてます。その証拠に奥さんは落花生がどう栽培されているか知らない……違いますか?」

 T氏の問いに奥さんは言葉に詰まったように頷く。奥さんは園芸には興味が無いのだ。

「じゃあ、どんなふうに生えてるの?」

 息子の問いに、T氏は得意げに笑うのである。

「畑の中心に大きなピーの木が一本生えてるだけです。芽を出したばかりの若いピーの木もあるかもしれないけど、それは早々に抜かれますらね」

「何で抜いちゃうの? その木が大っきくなれば、もっとピーナッツが採れるんでしょ?」

 息子の問いに、T氏は悲しげに首を振った。

「採れすぎても困るんですよ。あんまり多いと採りきれないし。あと管理する人がいなくなったピーの木は際限なく増えていきますから」

「ピーの木が森になって広がってゆく?」

 奥さんの言葉にT氏は重々しく頷くのである。

「そう。ピーの森を作らせないような管理、それができる農家じゃないとピーの木の栽培は許可されないのです。ピーナッツの原産地であるピー諸島は、ピーの木で埋め尽くされてしまったと聞きました。ピーナッツを知り尽くしていたはずの島民すら、ピーの木の栽培を誤り、島を捨てざるを得なくなったのです……」

「島だったから、森は島だけですんだんだよね?」

 息子の問いにT氏は頷く。

「ピー諸島を成す十近い島々がピーの木で埋め尽くされて、そこで止まったそうです。ピーの木は、栽培を誤ると際限なく広がる森となって全ての土地を埋め尽くしてしまいます。ピーナッツ掘りは、それを食い止めるための重要な仕事でもありますから、決して手を抜かないように……」

 真剣な顔でそう言って、T氏は奥さんと息子の手をきつく握りしめたのであった。


 息子と奥さんが落花生掘りに行った日の夕方、帰宅したT氏が待ち構えていた奥さんにブッ飛ばされた事も、一応、追記しておこう。

 その際、T氏は、自分に向かって落ちてくる星を見たらしい。

 そして、

「星が落ちてきました……これがホントの落下星……」

 とか呟いたとかなんとか。


 ちなみに落花生は豆科の一年草……受粉後、針のような茎が地面へと向かって伸び地中で実を結ぶ。花が落ちた場所で実が生まれるから落花生。コレは豆知識である。

MBSラジオ短編賞1投稿のため、削除再投稿しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] T氏のお茶目を愛さずにいられない...!!!笑 三人家族のほのぼの、とっても好きです!更新は続く予定でしょうか?あれば、次回も楽しみにしています!
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