ゴブオさんの災難
あたしは目を疑った。
五天王の剣がゴブオさんに振られたのは覚えてるんだけど、ショックでそこから先の記憶がないのね。いつの間にか自由の身になってたのは嬉しいけどさ、目の前の現実を見ちゃうと喜べないわけよ。
魔素がないだけで大幅なパワーダウン。それが何を意味するのかを無言で示す彼に敬意を表する。あたしたちを守ってくれたんだよね、ゴブオさん。ぐすん。
兄さんが商人と交渉してる。いったい何を交渉してるのかと言うと、ゴブオさんの価値だったりするの。
「あの五天王に噛みついた奴だから、ちゃんとした価値で買いたい。あんたらは大金を手に入れられる」
「私はパチーザの価値など知らん。とにかく高値で頼む。一刻も早くこの国を出たいのでね」
スーツをビシッと着こなす兄さんは、まるでどこかの営業の人みたい。でも物騒。
兄さんと商人の間にある台に置かれてるのは、ゴブオさんの亡骸。精肉のような扱いを受けてるよ。
「旦那は抜け目ないね。仲間すら金にするなんて、思っても実際はしない切ない」
チートさんの言う通りだよ兄さん。薄情にも程があるよ。
「合理的という見方もできなくはない。しかしながら理不尽なのだ。ゴブオが浮かばれない」
エルファさんが悲しそうにしてるよ。居た堪れない。
そんなあたしたちのことなど知ったことではない兄さんは、とんとん拍子に話を進めていく。
「もうちょっとだ。私を納得させられる金額まで」
「なんと諦めの悪い人だ。商人相手に一切譲ろうとしない」
「譲るわけなかろう。私の仲間を買うということの重さと大きさを考えればな」
「仲間を売る時点で説得力ないですな。長年商人やってきたが、死んだ仲間を売る人は初めてだ」
「それはそうだろう。大抵の場合、仲間が死んだら弔うのだからね。だが残念。私には全くその気がない」
何を言っちゃってんのこの人は。まったく、人の皮を被った悪魔だよ。さすがに引いちゃうね。
「面白い人だなあんた。ここはこっちが折れなきゃダメみたいだな。それじゃあこれでどうだ」
「ふむ。なかなかの理解ではないか。私を納得させることができるとは、誇りに思っていい」
出たよ、兄さんの上から目線。どうせ神だとか言うんでしょ。仲間を平気で売る神がいてたまるか。
ゴブオさんを売ってお金を手に入れた兄さんは満面の笑みを浮かべてる。マジ引くわー。
『右手が生きててゴブオが死んでる現実に震えてしまってる自分がいるんだけど、どう思う?』
「ドラグ君の反応は間違いじゃないから安心していいよ。異常なのは兄さんだから」
もしも血の繋がった兄妹だったら、あたしも兄さんみたいな人になってたのかな? 想像するだけで身震いしてきちゃったよ。
「ラーニャ、何を震えてるんだ。これでしばらくは安泰だ。寒いのであれば服を買ってやろう」
ズレてるよ。あたしが寒がってると思う時点で残念だよ。兄さんは気付いてないの? みんなの冷めた視線に。
「旦那、背後に気を付けた方がいい。いつ誰が狙ってくるかわからないからさ」
「面白いことを言うな君は。私は神だぞ。いちいち小物を気にしていたらダメになる。いつも余裕を見せていなければ神ではない」
せっかくチートさんが忠告してくれたのに聞く耳持たないなんて。本当に狙われちゃったらどうするのかな兄さんは。
なんか忘れてるみたいだけど、五天王は今もあたしたちを狙ってるんだからね! この世界を作っといてなんだけど、この国は危険な気がするの。
「隣の国とは地続きらしい。さっさと出国してしまおう。こんな国に長居は無用だ」
「そんな簡単に出られるかな?」
「意地でも出るだけだ。神の行く手を阻むのならば問答無用で叩くまで」
どの口が言ってるの。兄さんが一番足を引っ張ってるのに。
でもどうしよう。このまますんなりいくとは思えないんだよ。女の勘ってやつだね。
「――待つのだ。誰かに尾けられてる」
エルファさんが真剣な表情で言ってきた。さすがは騎士だよ。ほんのわずかな空気の流れから察するなんてすっごーい。
あたしたちはあえて止まらず、広い場所に向かっていく。そこまで振り返ることはしない。
「――さて、そろそろいいだろう。わたっしたちを尾けてどういうつもりなのだ」
腰の剣を素早く抜き振り向いたエルファさん。剣先を向けた先に立っていたのは……な、な、な、なんでええええ!?
「僕を売ったことに関しては目を瞑ってあげましょう。ですので死んでください。今の僕は、生ける屍なのです!」
ゴブオさんが敵になっちゃったー!
そこ、元に戻っただけとか言わないで。チートさんが魔術を使えない今、もう崖っぷちになんですけど。
「一気に格下になったか。誰かの操り人形に成り果てるとは。死人は死人らしく死んでいろ」
「口先だけのあなたに言われたくはないですね。誰かに指示を出すことしかできないあなたの方が格下ですよ」
「パチーザの分際で偉そうに。私が神だと言うことを忘れたとは言わせない。今ならエルファに剣を下げるよう言ってやることもできるんだ」
「僕の攻撃と彼女の剣、どちらが素早いか試してみますか?」
「どうするエルファ」
「勝手に話を進めといて同意を求めるな。だがしかし、わたっしがこの距離で負けるなどあり得ないのだ」
「そうですか。ならば望み通り殺しましょう!」
――ズバッ。
「喋りが長い。さっさと殺してしまえ」
ゴブオさんを背後から貫いた剣。それは楽々と、銀鎧を着たエルファさんも貫いていた。




