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ちゃんとお菓子食べたかったよ

 あたしは甘口のカレーが好き。スパイスの香りがしながらも食べやすいから好き。福神漬けは外せない。


「うぅぅっ!?」


 兄さんは甘いものが苦手で、あんこも生クリームも食べない人なの。食べるのはもっぱらスナック菓子。どうしてダメなのか聞いたことがあるけど、「甘さは吐き気を呼ぶから嫌」とのこと。そんな兄さんがスプーンを床に落として気絶した。食べたのはカレー。正確には、カレーと呼ぶ別の何かなんだけど。


 あたしは甘口のカレーが好き。だけどこれはカレーじゃない。お皿にポン菓子とチョコレートが盛られてるだけ。カレーの隠し味に入ってるんじゃなくて、チョコレートそのものが盛られてる。具材は梨と柿。見た目だけはカレーなんだよ。


『右手とお姉ちゃんの世界ではこれが人気なの?』

「ううん、これは違うよ」

「甘いだけで食が進まない。出された以上、残すのは(はばか)られるが」

「無理しなくていいよエルファさん。みんなも手を止めてるよ」


 みんな空腹なはずなのに食べてない。これじゃダメだよね。食べられないわけじゃないからとか思ってたのが恥ずかしい。


「やっぱ無理っしょ、それ。記憶喪失でナルシストでも食べられなかった」

「ごめんなさいナルシストさん。せっかく連れてきてもらったのに」

「謝ることはない。誰が作ったわけでもないんだ。むしろ魔法みたいに現れたものを食べる勇気に乾杯完敗」


 店に誰もいなくて驚いちゃった。だからどうするのかなって思ったら、テーブルにパッと料理が現れたんだよ。魔法ってすごいと思ったのになぁ。


「ナルシストさん、他に食べるところ知らない?」

「ここ以外知らないんだ。ここで目を覚ましたからね辛くねぇ」


 あたしとドラグ君が生み出した世界には、あたしたち以外に人はいないということかな。ドラグ君の魔術にも限度があるってことだね。そうなるとナルシストさんって何者?


「我慢の限界だ! 私は神だぞ!」


 気絶してた兄さんが復活した。そのまま永遠に眠っててもよかったのに。


「じゃあ、なんとかしてよ兄さん。神なんでしょ?」

「その神の妹の君がなんとかするのが筋だろう。無理は言わない。カレーを出せ」


 十分無理言ってるよ。カレーを生み出すのにどれだけの魔力を使うのかわからないけど、使った分、世界を具現するのが遅くなるんだよ。わかってるのかな。


「カレー! カレー! カレー!」

「静かにしないか。きさっまは子どもか」

「大人も子どももカレーが好きなんだ。二十歳であろうと食べたいに決まっているではないか」

「そういうことではない。大人ならわかるだろうと言っているのだ」

「大人が全員利口だと思ったら大間違いだ。そんな世界こそ絵空事だ。とにかく私はカレーが食べたい」

「この世界でのカレーはこれなのだ。我慢しろ」

「神が我慢することなどあってはならない。みんなもそう思うだろう?」


 あたしとドラグ君、エルファさんからの同意を得られないと思った兄さんは、みんなに同意を求めたよ。神なら同意を求めないで勝手にすればいいのに。当然みんな無視を決めてる。なんと人望のない神だろう。


「飢えを舐めてないかい? 旦那。食べられるだけ幸せじゃないか」

「食べたくないものを食べさせられる苦しみを知らないようだな、君は」


 ナルシストさんと兄さんが一触即発の雰囲気。ナルシストさんは完食したんだね。偉いよ。

 兄さんは立ち上がると、ポン菓子のチョコレートがけを床に落としてみせた。なんて罰当たりな!


「飢え死にする前に死にたいようだな。いくらナルシストでも我慢できないことはある!」

「自分こそが正義と言いたいようだな。いいだろう。そんなに正義を押しつけたいのならば、この私を負かしてみることだ」

「そりゃあ助かるお手軽。ナルシストに勝てると思った時点で旦那の負けだ」


 ナルシストさんが指を鳴らす。綺麗な指から鳴らされた音は綺麗だった。そうやって執事とか呼ぶのかな?


「ああ……ぐぅぅ……!?」

「どしたの兄さん? 突然胸なんか押さえて」

「くぅおおぅんん……な……」

「えっ? 兄さん!?」

「無駄だよ。旦那は死んだ」

「し、死んだってどういうこと?」

「そのままの意味雑味。ナルシストの機嫌を著しく損ねた挙句、勝負を挑んできた。旦那の負けだ」


 兄さんが死んだ? 何それおいしいの?

 あたしは夢を見てるのかな? だってあの兄さんが死ぬわけないもん。ソシャゲのサービス終了で崖から飛び降りるような変人で、二次元美少女に恋しちゃう寂しい馬鹿だけど、こんな苦しみながら死ぬような――いやああああ!!


『お姉ちゃん、落ち着くんだ!』

「ラーニャ、冷静になるのだ!」

「これは危険棄権。触れてはならない心に火をつけてしまったか」

『おいナルシスト! 右手を殺した要領でお姉ちゃんを止めろ! でも殺したら承知しないぞ』

「記憶喪失のナルシストに無茶な注文を。見た目こそ幼い子どもだが、中身はとんでもない大物なだけあるか」

『ぼっくの正体に気付くとは。いや、今はそんなこと置いとく。早く! ぼっくにお姉ちゃんの感情が流れてきて苦しいんだ』

「まったく。モテるナルシストは辛い重い」


 あたしが遠くに行っちゃう。あたしはあたしなのに不思議な感じ。なんだろうこれ、現実逃避しちゃってるんだね。待ってよ兄さん、待ってってば。


『……ちゃん』

「んん?」

『お姉ちゃん』

「ドラグ……君」


 目を開けたらショタ。ここは天国なのかね。あー、口から汗が。


「ようやく起きたか。人騒がせな妹め」

「兄さん!?」

「なんだね。私の神々しさで目が覚めたか」


 人騒がせなのはどっちよ、まったく。目から汗が流れてきたじゃんか。


「ラーニャ、起きたとこ悪いが逃げるのだ。わたっしたち以外みんな殺されてしまったのだ」

「えっ!?」

『早く早く。お姉ちゃんの想像力には驚かされるよ』


 あれれ、お菓子の世界はどこへやら。

 惑星崩壊まであと何分的な光景が広がってるのはなんで。ドラグ君の魔力は溜まってないはず。


「人を見た目で判断したらいけないことを学んだ落ち込んだ」


 ナルシストさんがあたしを恐れてる、なぜ。

 とにかく走ろう彼方まで。なんかわからないけどダッシュダッシュ。

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