7話
タイトル変更しました
「さあ、綾女。今日は運命の日よ」
テレビ局の廊下でカツッカツッと靴音を鳴らしながら、その金髪の女性は後ろを歩く綾女に振り向いた。
この女性の名前は泉麗華。綾女が小さい頃からお世話になっている専属マネージャーだ。
「そんないくら何でも運命の日は言いすぎじゃないですか、麗華さん」
「なにを言っているの。連ドラの主演なんてこれからあなたがさらに飛躍できるかがかかった大舞台でしょ。そして今日、その主演を決めるオーディションの結果が分かるのよ」
「そ、そうですけど……」
「あら、もしかして心配しているの?」
「あ、当たり前ですよっ」
「でも、オーディション終えたときは手ごたえあったんでしょ?」
「あ、あれは家族の支えがあったからで……」
もごもごと話しながら綾女は昴のことを思い浮かべた。
「ああ、菊枝さんのこと? あの人は偉いわよねえ。仕事をしながら女手一つであなたをここまで育てるなんて」
「お母さんのこともですけど。今回はどちらかといえばお兄ちゃんがいてくれたから……」
「ん、お兄ちゃん? あっ、そうか、あなたのお母さん、再婚なさったのよね」
「は、はい」
「でも、いい? 親の再婚はスキャンダルになる可能性があるからあまり人には知られないようにね」
「わ、わかってます」
「そう? ならいいけど…………って、あっ、すっかり話し込んでいるうちに着いちゃったみたい」
麗華はテレビ局のある一室で立ち止まる。それにつられて綾女も歩みを止めた。
扉には張り紙がしてあり、「オーディションの結果発表」とある。
綾女はここに来て、より一層緊張し始めた。
私、主演になれるかな……?
綾女は胸に手を置き深呼吸をする。
すると、
「じゃあ綾女、主演の座を勝ち取ってきなさい」
麗華は綾女の背中をポンッと押す。
これは綾女の勝負時でいつも麗華がやっていることだ。これをされると綾女はなぜか緊張がほぐれる。
そして背中を押された綾女は、
「はいっ、行ってきます」
演技に入るときと同じように凛とした表情となり、目の前のとびらを開けた。
◆◆◆
同日、同時刻―――
俺は登校日のため夏休みにもかかわらず正化学園に来ていた。
「あつー」
手を大きく前に伸ばし机に突っ伏す。
するとそこへ下敷きをうちわのようにパタパタと仰ぎながら海音がやってきた。
「いやあ、ほんとだよ。なんで夏休みなのに登校日なんかがあるんだか」
「毎年、ホームルームで宿題を集めるだけなのにな」
「うんうん。そして、この学校に来て何回目だよってツッコミたくなる長期休暇の過ごし方を聞かされる」
「あー確かに。さすがにあれは聞き飽きた」
「かといってこの暑さじゃろくに居眠りもできないしね」
そうやって海音と話していると、やがてそこに隼太が合流する。
「やあおはようさん。海音っちゃんに昴っち」
「あっ、隼太おはよう」
「おはー、隼太」
隼太は俺たちのところに来るとすぐに隣の席に座った。
「そういえば昴っち、綾女っちゃんとの旅行はどうだったの?」
「えっ、なんでそのことを隼太が知ってるんだ?」
俺は、今回の旅行のことは誰にも言っていないはずだ。
もちろん隼太と海音にも。
「ああ、それなら綾女ちゃんのツイッターに上がってたよ。えーっと、どこだったっけ……」
ポケットからスマホを取り出し操作をし始める海音。
やがて、お目当てのツイートを見つけると、スマホを俺の前に差し出した。
「ほら、ここ」
『先日、家族と旅行に行きました。観光名所の滝やお菓子工場を巡り……』
そのツイートには俺たちの行った旅行の詳細が書き綴られている。もちろん、俺のことや詳しい日時などは載せていなかったが。
「へえ、綾女がこんなツイートを上げているなんて知らなかった」
俺は綾女のツイートをまじまじと見る。
「知らなかったんだ。綾女ちゃん、旅行以外にも家族内の出来事としていろいろなことを上げているよ」
「綾女っちゃん、昴っちとの生活がほんっとに気に入っているみたいだな」
俺は綾女の旅行ツイートを眺めていると、最後の方に書かれてある言葉と写真を見てついフッと笑う。
「ん、どしたの?」
怪訝に思った海音がスマホを覗き込む。
そう、最後の方には、
『旅行中、家族がこんなものを買ってくれました。なんか、とてもかわいいです。私はこれを宝物にしたいと思います』
という言葉とともに、
あの時昴が買ったシュシュの写真が掲載されていた。
綾女、本当に嬉しかったんだな……
俺はあの時の綾女の顔を思い出す。
すると、
「ふーん……」
それを隼太が面白そうに見つめる。
「な、なんだっ、隼太っ」
俺は隼太に心を読まれたような感覚がして、挙動がおかしくなった。
隼太は依然とにやにやしている。
「いやあ、昴っちが女子にプレゼントだなんて初めてのことだなあ、と思って」
「ううっ」
「それに綾女っちゃんも昴のプレゼントを宝物にするって言ってるみたいだし。お二人さんの仲は熱々ですな~」
「いや、俺たちはそんな関係じゃ」
俺は隼太たちが妙な勘違いをしているのではないかと、綾女との関係を否定しようとしたが、
「昴、一回告白してみたら?」
ここで海音のキテレツな提案が飛び出した。
「えっ、なんでそうなる?」
「だって、好きなんでしょ? 綾女ちゃんのこと」
「……」
ここで俺は押し黙ってしまった。
確かに綾女は美少女で俺の好みのタイプだ。俺は初めて綾女を初めて見たときから彼女の美しさに惚れていた。
でも、
「それはできない」
俺の顔が思いのほか真面目だったのか、海音と隼太は目を見開いて驚く。
「綾女は単純に俺という兄の存在ができてうれしいんだ。今まで、家で独りぼっちだったから。今は家に帰ると俺がいて、二人そろって食事も食べるし、一緒にテレビ見て笑ったりもできる。この前の旅行でも言っていたんだけど綾女は『些細な家族の時間も大切にしたい』って。そんな彼女の思いを俺自身の勝手な気持ちで踏みにじりたくない。ほら、もし俺が綾女に告白したら今の関係がなくなってしまうだろうからさ。それに、俺も今の関係を壊したくない。だから、俺は綾女をこれからも異性として見ることはないと思う」
俺は思っていることをそのまま口にした。
全て聞き終わると海音は、
「へー、思ったより昴はよく考えてんだ。私、少し感心したよ」
「俺も」
隼太もうんうんと頷く。
「じゃあ、さっきの私は失言だったね」
「そんなに気にしなくても……」
「でも、謝らせて。ゴホンッ、この度は不適切な発言をしてしまい、お詫びもう……」
「いや、そこはきちんと謝れよっ」
どこかで見たことのある謝り方をする海音に対し、すばやくツッコミをいれる。
すると、
「アハハ」
「ハハッ」
どこかおかしくなっていつものように三人で笑い始めた。
「ハハ……笑いつかれたぁ。昴、あんたのせいだからねっ」
海音がお腹を抱えながら言う。
「俺のせいかよ……」
と、ここで隼太が何かを思い出したように口を開いた。
「あっ、そうだ。昴っち、綾女っちゃんの結果発表今日じゃなかった?」
「ん、確かそうだけど……」
「どうなったか知ってるか?」
「いや、わかったら綾女から連絡が来ることになっているんだけど。まだ連絡は入ってない」
俺は自分のスマホを静かに見つめた。