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6話

少しして俺たちは商店街に入った。


「ここなら、ある程度のものはそろうかな……」

俺は商店街を見渡して小さく呟く。


お饅頭屋に畳屋、文具店に服屋……

あ、ドラッグストアまである。

そこへ、綾女が俺の袖をクイッと引っ張った。


「ねえ、お兄ちゃん、あそこのお店に入ってみない?」

そう言う綾女の視線の先には若干年季の入ったメガネ屋さんがあった。


ガラガラ


「いらっしゃいませ~」

俺たちが店に入った途端、三十手前ぐらいのお姉さんがやってきた。


「あ、あの~、私に合う伊達メガネが欲しいのですが……」

店員さんは綾女の方を見ると、


「まあまあ、可愛いお客さんですね。わかりました、あなたに似合うメガネをお選びします。どうぞこちらに」

と、綾女を連れていろいろなメガネを紹介し始めた。


綾女は店員さんと一緒に楽しそうにメガネを選んでいる。

その間、俺はただ玄関横でたたずんでいるだけだ。


う~ん、俺、手持無沙汰だな

そこで、頭の中にある考えが浮かぶ。


「あ、あの~、俺、少し出てもいいですか?」

「えっ、どっか行っちゃうの?」

綾女が少し心配そうに俺の方を見る。


「あ~大丈夫、十分ぐらいで戻ってくるから」

「そうなの?じゃあ、私はもう少しここでメガネ選んでおくね」

「ああ。店員さん、そういうことなのですみませんが少し出ます」

すると店員さんは、


「はい、わかりました。可愛い彼女さんにぴったりのメガネをお選びしますね」

と、にこやかに微笑んだ。


「「っっ⁈」」


二人して顔が真っ赤になる。


「あ、あの、お、俺たち、カップルなんかじゃなくて……」

「まあ、お照れになって。やはり学生さんは初々しいですね」

結局俺は弁明しても仕方がないと思い、そのままメガネ店を後にした。


そして、十分後もとのメガネ店に帰ってくる。

綾女は俺に背を向け先ほどの店員さんと何か話していた。

すると、店員さんが先に俺の帰りに気づく。


「あっ、お客様、彼氏さんがお帰りになりましたよ」

「あの、だから私たちそんな関係では……」

綾女は顔を赤くしながら店員さんの誤解を解こうとするが、


「さあ、メガネ姿を彼氏さんに見てもらいましょう」

店員さんはそう言って、半ば強引に綾女を俺の方に振り向かせた。


「ひゃっ」


「さあ彼氏さん、可愛い彼女さんを褒めてあげてください」

振り向いた綾女は黒ぶちのメガネをかけていた。知的な感じが増していてとてもよく似合っている。


「ど、どうかな……?」

綾女が少し照れながら目だけでこちらを窺う。


「に、似合ってると思うよ……」

俺も照れ臭かったので目線だけはそむけた。


そんな俺たちを店員さんはニマニマしながら見守っていた。

メガネの料金を支払い、俺たちはメガネ屋さんを出る。


まず最初に口を開いたのは綾女だ。

「な、なんだか照れ臭いね。そ、その、カップルといわれちゃうと……」

綾女はまだ顔を赤くしている。それを見られたくないのかうつむいたままだ。

でもこれは俺も助かった。俺も今かなり顔が赤いから……


「う、うん、確かにな。でも、この状況なら勘違いしても仕方ないかも」

「私たち、兄妹なのにね」

「そうだな。はは」

「あはは」

なんだかおかしくて二人で笑いあう。


「あっ、そうだ忘れてた」

「ん?」

「はい、綾女」

俺はポケットの中からピンクの生地に模様がこしらえられたシュシュを綾女に渡す。


「えっ、これって……」


「さっき店を出てた間に買ってきた。たぶん似合うと思う。ほら、それを付けたらより吉良綾女ってばれなくなると思ってさ」

綾女は受け取ったシュシュをしばらく見つめる。


「あ、ありがとう……」

やはり少し照れる綾女が可愛くて俺は顔が赤くなってしまう。だから、

「じゃ、じゃあもう次に行こうか」

照れ隠しにそそくさと歩こうとしてしまう。

しかし、


「ね、ねえ、せっかく買ってくれたんだからこっち見てよ」

綾女が俺の服を引っ張って引き留めた。


「うっ、わ、わかった」

ゆっくりと綾女の方に振り返る。


「ど、どう、お兄ちゃん?」

綾女はシュシュですでに一つくくりにしていた。髪をくくると今度は愛嬌が一層際立ったようにも見える。


「よ、よく似合ってる……」

とそこへ、


ゴーンッ、ゴーンッ


タイミングよく知掛け時計の鐘が鳴った。


「あっ、この鐘……」

綾女が音のする方角を見つめる。


「もう三時か。じゃあ早く、お菓子工場に急がないと」

「うん、そうだね」

そして俺たちは当初の目的のお菓子工場に向かうため、この商店街を後にした。


◆◆◆


「あー、お兄ちゃん、ここのお料理美味しかったね」

「そうだな、ちょっと食べすぎたかも」

「うん、私も」

その日、旅館に戻った時には俺たちはいつもの雰囲気に戻っていた。つい先ほど夕食を終え、今は食後のお茶を楽しんでいる。


「ねえ、お兄ちゃんは覚えてる?」

最後の一口を飲み終えた綾女がどこか懐かしむような声で尋ねた。

俺はその言葉に綾女が自分と同じことを考えていたのだと知る


「ああ、覚えてるよ。ていうか午前にここに来た時からわかった」


そう、この旅館は父さんが俺を菊枝さんや綾女と合わせるために連れてきたところだ。つまり、綾女と初めて会ったところであり、新たな家族が生まれたところ。

綾女はじっと俺を見つめる。


「私ね、嬉しかったの。新しい家族ができて、あこがれのお兄ちゃんという存在もできて。もちろん最初、お母さんに自分に兄ができるって聞いたときは少し不安もあったんだけど。でも、お兄ちゃんはそんな不安を跡形もなく吹き飛ばしてくれるぐらいいい人だった。私はお兄ちゃんが私のお兄ちゃんになってくれて本当に幸せ」


カーっと顔が真っ赤に染まっていく俺。こういう時、気の利いた言葉の一つや二つ返すべきなんだろうけど、さっきの綾女の言葉が照れ臭すぎてなにも思い浮かばない。

すると、綾女はそんな俺の様子に気づく。


「あはは、お兄ちゃん、また顔が赤くなってる~」

「し、仕方ないだろっ」

「お兄ちゃんってすぐに顔が赤くなるよね」

「うっ、そういう体質なんだよっ」

「あはは、やっぱり面白~い」

「か、からかわ……」

だが俺の言葉が続くことはなかった。


「でもね……」

ふっと綾女の表情が真面目になる。


「私はこんな些細な家族の時間を大切にしたい……」


「……ああ、そうだな」

俺は綾女の言葉に静かに頷いた。


◆◆◆


次の日、俺たちは買い物をしたり、別の温泉に浸かりに行ったりした。

今は帰りの電車の中、綾女はすっかり遊び疲れて俺の肩に体重を預けて眠っている。


俺は隣の綾女のことを思った。

この旅行で俺は綾女とさらに家族らしくなれた気がする。

一緒にお店を回ったり、旅館に泊まったり……

綾女の新しい一面をたくさん見ることができた。


本当に楽しかったな……


まだまだ俺の顔は赤くなってしまうけど、そういえば最近そのことを気にせずしゃべることができるようになってきた。特に綾女と話すときはそうだ。いや、綾女のあの明るい性格のおかげかもしれない。


もしかしたら俺、綾女のおかげで徐々にだけど、変わってきているのか?

その時、


「ううっ……、お兄ちゃん……」

小さく綾女の寝言が聞こえる。

俺はそんな綾女の頭を優しくなでると、


「ありがとう、綾女……」

綾女を起こさないように小さく呟いた。


頭を撫でられた瞬間、綾女の表情がとても嬉しそうになる。どうやら楽しい夢をみているようだ。

俺は出入り口上にある路線図を見上げる。俺たちが降りる駅はまだまだ先だ。


「さあって、俺も少し寝ようかな」

そう思い静かに目を閉じる。すると、すぐに強烈な睡魔が襲い眠りの世界に落ちていった。


ちなみに、この後二人そろって寝過ごし、降りるべき駅では降りられなかった。



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