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23話

俺は家に入るとまっすぐ父さんの書斎へと向かう。

ここに入るのは本当に久しぶりだ。父さんたちがアメリカに行ってからというもの一回も入ったことはない。

俺は父さんの手紙にあった机を見つけると、すぐさま右端の引き出しを開けた。


「これは……⁈」


それを見た時、俺は自分の目を疑った。

今手にあるのはまだ市役所に届け出されていない記入済みの婚姻届けだ。

そういえば父さんたちはあの旅館から帰った後すぐにアメリカに行ってしまった。おそらく婚姻届けをだす余裕がなかったのだろう。


「ということはもしかして、俺と綾女はまだ家族になっていない?」

つまり、今の俺たちは赤の他人でお互いを好きになろうが何の問題にもならない。

最初から悩む必要なんかなかったんだ。

俺も。

綾女も。

でも、このまま放っておくわけにもいかない。

父さんたちが日本に帰ってきたら、この婚姻届けをすぐ市役所に持っていくだろう。

じゃあ俺が今やらなければならないことはただ一つ。


そうと分かると俺はすぐさま自分のスマホを手にしていた。

電話をかける先はもちろん父さんだ。


スリーコールした後、電話口からは父さんの声が聞こえてきた。

『おっ、昴、久しぶり。どうかしたのか?』

『父さん、俺、父さんの書斎から見つけたよ』

その瞬間、父さんの口ぶりがいつものひょうひょうとしたものから真面目なトーンに変わったのが分かった。


『ふーん、で?』

『本当にごめん。俺この前は、父さんたちの結婚を祝福するとか言ったのに今はこの婚姻届けを出してほしくない』


『…………』


『俺は綾女が好きだし、綾女も俺のことが好きだ。だから俺たちが家族になってしまうと困る』


『…………』


『だから、お願いだ。今回の父さんの結婚、なかったことにしてほしい』


『……わかった』

父さんは静かに呟いた。


父さんにとってこの結婚はとても楽しみにしていたはずだ。それを俺は今、奪おうとしている。

とても心が痛かった。


すると父さんは昔を思い出すように続ける。

『なあ、昴、お前がわがままを言ったのって初めてじゃないか?』

『えっ、そうだっけ?』

『ああ、お前が熱出したとき、俺はもっと頼れって言ったのに全然頼らないし。挙句の果てには家事まで始めちゃうし』


そう言えば、俺が家事を始めたのってあの高熱からだったな。


『ははは、確かにそうだ』


綾女にこの前、父さんのその言葉を送ったけど俺も人のこと言えない。

思わず苦笑する。


『でもまあ、なんだ。お前は俺たちのことを気にかけてくれるけど親はさ、自分の子どもにわがままを言われるのって案外嬉しいものだから。子どもはもっと自分の親に甘えてもいいと思うよ』


この時の父さんの声音はいつにもまして優しく感じた。


『……ありがとう、父さん』


俺はそれだけ言い残すと電話を切った。


やはり父さんはいつまでも父さんだった。

いつも自分よりも子供の俺のことを優先してくれる。

そんな父さんの子どもで俺は本当に幸せだ。


スマホをポケットの中にしまうと俺は前を見た。


もう、後には引き返せない。

どうやってしても俺は綾女を連れ戻す。

俺はそう強く覚悟すると、自分の家を飛び出した。

綾女がいる場所は見当がついている。


たぶんあそこだ―――


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