21話
翌日。俺たちは泉さんの電話で綾女の事務所に呼びつけられた。
初めてこういう芸能事務所の中に入ったが、各デスクからはひっきりなしに電話が舞い込み、どの人もとても忙しそうだった。
泉さんは俺たちを小会議室の一室に通すと、
「とりあえず座って」
すぐさま着席を促す。
「し、失礼します」
俺と綾女は泉さんの向かい側に座った。
座った途端、泉さんがさっそく口を開く。
「突然だけど、昴君ここに入ってどう思った?」
「えーっと、芸能人の事務所ってこんなにも電話が鳴っているんだなぁと思いましたけど」
俺は先ほどの光景を思い出しながら答える。
「ふーん、じゃあ綾女は?」
「わ、私はいつもに比べて電話の数が多すぎると思いました」
「えっ、いつもはもっと少ないの?」
綾女の言葉に驚き、思わず聞き返す。
綾女はコクリと頷いた。
泉さんも綾女に同調する。
「昴君、綾女が言ったことは本当よ。今日はいつもより3倍ほど電話が鳴っているわ。それも全部吉良綾女に関してよ」
そこで俺と綾女はハッとなる。
おそらく、昨晩の事だ。
それについて今、事務所には問い合わせの電話が次から次へと入っているのだろう。
うかつだった。こんなにも大勢の人に迷惑がかかることを考えられてなかった。
綾女も同じことを考えていたのか二人して顔を俯かせる。
それを見ると泉さんはフーっと息をついた。
「どうやら二人とも状況が分かったみたいね。じゃあ、さっそく本題から移らしてもらうわ。まず、今の恋人のフリだっけ。それを解消しなさい」
「っっ⁈」
直後、綾女の顔が強張ったのが分かった。
まあ、泉さんが言うことも当然だ。
俺と綾女の恋人のフリが今回の騒ぎが始まったのなら、騒ぎを鎮静化するにはその原因を取り除くのが最も簡単な方法である。
「ちょ、ちょっと待ってください。じゃ、じゃあ昴君との関係を世間に公開するというのはどうですか? ここの事務所は別段恋愛禁止というわけではありませんし、鏡花ちゃんだって婚約者がいることは発表しています」
綾女はじっと泉さんを見つめる。
だが、泉さんが首を縦に振ることはなかった。
「それが最もだめよ、綾女」
「えっ⁈」
泉さんの言葉に驚きを隠せない様子の綾女。
そんな綾女にかまわず泉さんは続ける。
「綾女はなんで今、昴君と同居しているの?」
「それは綾女と俺が兄妹だからです」
俺は綾女の代わりに答えた。
「問題はそこなのよ。赤の他人同士だったら交際をうちも認めることができる。それこそ、鏡花ちゃんたちのようにね。でもそれが兄妹となるとそうはいかない。メディアはこぞって綾女のスキャンダルに仕立て上げるでしょうね。『有名女優・吉良綾女 禁断の恋』って」
「……」
俺は正論を前に何も言い返すことはできない。
だがそれでも綾女は食い下がろうとする。
「で、でも私たち、本当の兄妹では……」
「世間はそうは見てくれないわ。血がつながっていろうとつながってなかろうと兄妹は兄妹よ」
泉さんは冷酷に現実を突きつける。
綾女の表情がみるみるうちに青ざめていく。
俺も泉さんの言葉に黙るしかなかった。
泉さんの言う通り恋人のフリはもうやめた方がいいのかもしれない……
だが、まだ泉さんの提案には続きがあった。
「それに、私からの提案はもう一つあるわ。でも、この提案には昴君は一旦席を外してもらえるかしら。綾女と二人で話がしたいから」
「わ、わかりました」
俺は綾女のことが心配だったが、いったん部屋の外に出た。
◆◆◆
「さて、もう一つの提案は綾女、昴君との同居をやめなさい」
「……」
麗華の二つ目の提案に今度こそ綾女は言葉を失った。
「実は綾女、昴君のことをもう兄としては見てないでしょ。たぶん今は昴君のことが好きで好きでたまらない……。違う?」
麗華は目の前に座る綾女の表情を窺った。
綾女は顔を真っ赤にしてただ俯いているだけだ。
その態度は麗華の言葉が真実だということを物語っている。
「やっぱりね。そんな綾女を彼と同居させることはできないわ。それに悪いけど、こっちも必死なの。だからこれに関してはすでに準備させてもらったわ。具体的には、社長に言ってあなたは私と住むことにしてもらったから。綾女、許して頂戴ね」
◆◆◆
しばらくして綾女と泉さんが部屋から出てきた。泉さんによると今日はもう帰っていいらしい。俺は家に帰った後、綾女に泉さんの二つ目の提案のことを聞こうとしたが綾女はただ黙っているだけで何一つ教えてはくれなかった。
◆◆◆
そして次の日、俺はいつものように朝食や弁当を作ろうと一階のリビングに降りてきた。
リビングに入るや否や俺はテーブルの上に一枚の紙が置かれているのを見つける。
「なんだろ……?」
俺は不思議に思いながらその紙を見た。
するとそこには―――――
『昴君とは一緒にいられなくなりました。私を探さないでください 綾女』




