20話
神社へ続く参道にはたくさんの屋台が並んでおり、俺たちはいくつかの屋台に立ち寄りながら神社の本殿へと歩いていく。
やがて本殿への階段を上り終え俺たちはこの祭りの最終地点へと到着した。
「ねえ、昴君、ここで絵馬にお願い事を書くといいらしいよ」
綾女が握っている俺の手を引っ張る。
「へえ、じゃあ、書きに行くか」
「うん」
俺は右手にあった建物から絵馬を二つ買い、綾女に手渡す。
「ほら」
「ありがとう」
絵馬を受け取ると、綾女はすぐさま何やら書き始めた。
うーん、俺は何を書こうかな……。
ここは無難に無病息災か。それとも学業の向上か。悩むなあ……
すると、
「昴君、終わった?」
すでに描き終えたらしい綾女が尋ねてくる。
「ううん、まだ。そういえば綾女は何を書いたんだ?」
「へ?だ、だめっ。私のは見せない」
「わ、わかった」
あまりの綾女の慌てぶりに俺は綾女が書いた絵馬を見るのを断念する。
ん、綾女……?
そうだ……
俺は何を書くかが決まりさっと絵馬に書いていく。
その様子をずっと見ていた綾女がフッと笑った。
「ん、どうしたんだ?」
顔を上げて綾女の方を見る。
「ごめん、昴君の手の動きで何書いているのかわかっちゃった」
「えっ、本当か⁈」
「うん、たぶん私と一緒のことを書いてる。ほら」
綾女は先ほど自分が書いた絵馬を見せる。
そこには、綾女らしい丸文字で、
『ずっと一緒にいられますように』
と書かれていた。俺は視線を落とし、自分の絵馬を見る。
そこにも、
『ずっと一緒にいられますように』
文字は多少汚いが一字一句違わない言葉があった。
「「あはは」」
俺たちは顔を見合わせると自然と笑みがこぼれる。
でも同時に嬉しかった。なんだか綾女と通じ合ったような気がして。たぶんそれは綾女も今思っているはずだ。
「さて、絵馬も書いたし、さっさと結んでお参りするか」
「そうだね」
俺たちはそうして絵馬を結ぶと、本殿に行き参拝をおこなった。それと同時に一発目の花火が高らかと鳴り響く。
「「あっ」」
俺たちはとっさに振り返る。すると次はちょうど三連続花火が打ち上げられたところだった。赤、青、黄色の花火が順に夜空に上り、花を咲かす。
俺はここにいると次の参拝者の迷惑になると思い、場所を変えようと綾女に提案した。綾女はすぐに了承してくれた。俺たちは階段付近に移動し、もう一度花火を見始める。
「花火、きれいだね」
綾女は目を輝かせて言った。
「そうだな」
「昴君、いつもありがとね」
「ん、急にどうしたんだ?」
「なんとなくお礼が言いたくなっちゃった。ほら、いつも私のためにご飯作ってくれるし、家事もほとんどやってくれているから」
「なんかそれを言われると、俺が綾女のお母さんになったみたいな気分になるな」
「あはは、そうかもね。それに、私が感謝しているのはそれ以外にもあるよ」
「そうなのか?」
「うん。それはこの恋人役のこと。どっからどう考えても変なお願いなのに、昴君は嫌な顔一つせずに一生懸命やってくれたよね」
「まあ、妹が困っているんなら兄として助けるべきだと思って」
その瞬間、綾女の動きがピタッと止まる。
「ん、どうした、綾女?」
怪訝に思った俺は綾女の表情を窺おうとする。すると、綾女は急にもじもじし始めた。
「あああ、あのね、昴君って私のことを妹としか見れない?」
言い終えると、ばっと綾女は振り返る。その頬は赤く染まっていた。
「えっ?」
俺は綾女の意図が分からず聞き返す。
「わ、私ね……実は昴君のこと……」
だが、その言葉が最後まで言われることはなかった。
「あれって、吉良綾女じゃね?」
不意に後ろからそんな声が聞こえる。
「あーほんとだー」
「サ、サインの準備を……」
「なんかの撮影かな?」
「そんなわけあるかよ。たぶんお忍びデートだって。お忍び」
「え~、それってスキャンダルじゃん」
そして、その声に反応してまた誰かが声を上げ、それにまた誰かが反応し……というように騒ぎはどんどん大きくなっていく。
まずい、綾女の正体がばれた。
今日は確かにメガネをしていないけど、まさかこんなに簡単にばれるなんて。
とりあえず俺は綾女の手を引き森の中に入る。もちろんさっきのやじ馬も一緒についてくるが。
すると、綾女のスマホが鳴った。綾女は歩きながら電話に出る。
『はいもしもし』
『もしもしじゃないわ。綾女、今どこにいるの?』
電話の相手はどうやら泉さんらしい。
『えーっと、山の頂上にある神社です』
『はあー、やはりそうなのね。とりあえず綾女、すぐに神社の鳥居のところまで降りてきなさい。今大変な騒ぎになっているわ』
『ど、どういうことですか?』
『どうもこうも吉良綾女を見たっていうお祭りの参加者があなたのことをツイッターに挙げたの。そのせいで今、その神社にはツイッターを見た人たちが大勢いるわ』
『わ、わかりました。すぐに行きます』
「昴君、鳥居まで。そこに麗華さんがいる」
電話を切ると、綾女は俺の方を見て言う。
「わかった」
俺は力強く頷くと、綾女の手を握り森の中を進み始めた。
「す、昴君っ、こっちは全然違う道じゃ……」
参道に戻ろうとしない昴に困惑する綾女。
「大丈夫、絶対鳥居までたどり着けるから」
そう、この森は小さい頃に隼太たちとよく遊んだところだ。ここならけものみちだって熟知している。
たぶん、普通に参道を通ったとしても人がいっぱいで鳥居にはたどり着けないだろう。
だが、この道にも一つ難点がある。それは綾女が浴衣に合わせて今日は下駄をはいているということ。これでは舗装されていない道を急ぐのは困難だ。
そこで俺は綾女の前にしゃがみ、背中に乗るよう伝えた。綾女は俺の意味を理解してくれたのかすぐに俺の背中におぶさった。
とりあえず鳥居に急がないと。
俺はその一心で鳥居まで向かい、無事泉さんの車に乗ることができた。
そしてそのまま泉さんに家まで送り届けてもらった。




