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16話

翌日、俺は久しぶりに二人分の弁当を作っていた。


医者の話だと綾女は風邪らしいから今日には熱も下がるはずだ。泉さんも夕方からの撮影に綾女を呼んでいたし。


弁当が出来上がると、次は綾女用にもう一つあるものを準備し始める。

すると、綾女が階段から降りてくる足音が聞こえてきた。少ししてリビングの扉が開き、綾女が入ってくる。


「おはよう、熱はもう下がったか?」

「う、うん。さっき計ってみたら36・3℃だった」

「そうか。それは良かった。今日から仕事復帰できるな」

「うん。昨日は本当にありがとう……」

そこで、俺はふと気がついたことがあった。


「あっ、綾女、服に糸くずがついてる」

肩についていた糸くずを払いのけようと俺は手を伸ばす。そして、俺が綾女の肩に手を触れた瞬間、ボっと綾女の顔が赤くなった。


「よーし、取れた……ってあれ、なんだか顔赤いけどまだ熱があるんじゃ……」

綾女の赤い顔を見て俺は心配になる。


「そそそ、そんなことないよっ。そ、それよりも朝ごはん」

慌てて綾女が俺から離れる。よくわかんないけど、拒絶されたみたいでなんか悲しいな。


「わ、わかった。それなら朝ごはんにするか」

多少心が痛みながらも俺は朝食の準備に向かった。

これまた久しぶりに二人で「いただきます」をして朝食を食べ始める。


あっ、今日のお味噌汁美味しい……


俺は今日の出来栄えに喜びながらもチラリと綾女の方を見た。


……今日の綾女は何か変だ。前は食事の時よく話していたのに、今は完全に無言だし。それにぼーっとしていて、俺と視線が合うと、慌てたように食事を食べ始めるし。もしかして、本当にまだ熱があるんじゃないか?

と、二人で食事を進めていくと先に綾女が食べ終えた。


「ごちそうさま。それじゃあ、私、もう行くね」

椅子から立ち上がると、綾女はカバンを持ちリビングから出ようとする。


「ちょっと待って」

だが、俺は綾女を呼び止めた。


「ん、な、なに?」

綾女が俺の方に振り返る。俺はキッチンに向かうと冷蔵庫から先ほど弁当と一緒に作った特製ジュースを取り出した。

この特製ジュースには野菜と果物を数種類ブレンドしていて、味もなかなかさることながら栄養面もしっかりカバーしている。


「はい。最近夜は外食が多いからこれ飲んで栄養をちゃんと摂って」

「あ、ありがとう……」

綾女は俺から特製ジュースを受け取ると今度こそリビングから出ていった。


                 ◆◆◆


「カアアァァァトッ‼」

現場に監督の声が響き渡る。その瞬間、そこにいた者全員が監督の方を振り返った。


「綾女ぇぇ、ぼやっとするなっ」

続くのは監督の怒鳴り声。


「す、すみません」

名指しされた綾女は立ち上がり平謝りをする。

謝りながらも綾女は別のことに気が動転していた。


なぜか今日はおかしい。熱は下がったはずなのに、演技中にぼやっとしてミスを連発している。


「もしかして、綾女、まだ完全には治ってないんじゃないのか?」


―――そんなはずはない。だって今朝計った時は36・3℃で平熱だったし

心の中で綾女は反論する。


「だ、大丈夫です。私はもうやれます」

綾女は必死に監督に訴えた。

そんな綾女を見て監督もフーっとため息をする。


「じゃあ、三十分の休憩後にもう一度さっきのシーンから撮りなおす。もしそこでまた間違えたら今日はもう帰れ」

そう言って監督は何やらスタッフと話し始めた。

たぶん自分が帰った時のことも想定して、今後の段取りなどを考えているのだろう。

綾女は現場を後にし、近くのベンチに座る。


「はあ、今日の私、どうしちゃったんだろ」

ベンチに座るなり綾女は大きなため息をした。


―――思えば昨日の夕方からなんかおかしい。お兄ちゃんのことが四六時中頭から離れない。それでいてお兄ちゃんの顔を思い出すと胸がキュッと閉まるように感じる


と、綾女が悶々と悩んでいると、綾女が座るベンチに鏡花がやってきた。

鏡花はベンチにやってくるなり綾女の隣に座る。


「どうしたんですか、綾女ちゃん。今日はらしくないですよ」

鏡花も先ほどからの綾女の様子に納得がいっていないようだった。


「う、うん、そうだよね。ごめん」

「別に謝ることではないんですけど。もしかして、何か悩み事ですか?」

「えっ?」

図星をつかれて綾女は鏡花の方に振り向く。


「どうやらあたりのようですね。良かったら私に話してくれませんか?誰かに話したら楽になるかもしれませんし」


―――確かに鏡花ちゃんの言うことは一理あるかも。鏡花ちゃんは何か知っているかもしれないし


そういうことで綾女は昨日、今日のことを鏡花に話した。

鏡花は綾女の話を終始ふんふんと頷きながら聞いていた。

そしてすべてを聞き終わると、


「なるほど。綾女ちゃんの今の状況が分かりました」

どうやら鏡花には合点がいったようだった。


「す、すごい!私でも今日ずっと悩んでいたのに。もう鏡花ちゃんは分かったの?」

「はい。私も以前綾女ちゃんと同じ思いをしているので」

力強く鏡花は首肯する。


―――さすが鏡花ちゃん。やっぱりこういう時に頼りになるのは親友よね


「で、私、どうしちゃったの?」

綾女は鏡花に詰め寄る。

すると、鏡花は一息ついて口を開いた。


「綾女ちゃん、それってその昴君って子に恋しているんじゃないんですか?」


「……恋?」


「そう、恋。昴君のことしか考えることができなくて。でもその顔が浮かんだら胸が閉まるような思いをして。それってやっぱり綾女ちゃんは昴君のことが好きになっているんだと思いますよ」

その時、綾女の中にあったモヤモヤが一気に晴れるように合点がいった。


「そうか、私、いつの間にか本当に恋愛ができていたんだ。これで私はきっとレナを演じられる」

そうと分かると綾女はばっと鏡花の両手を握る。


「えっ?」


「ありがとう鏡花ちゃん。気づかせてくれて」


「……」

綾女の思わぬ行動にあっけにとられた鏡花。


「ま、前から思ってましたけど、綾女ちゃんって少し変なところがありますよね」

「そうかなぁ。それよりも早く現場に戻ろう。今なら私、どんな役でもやれる気がする」

綾女は息まいて鏡花の手を引っ張る。


「ちょ、ちょっと、綾女ちゃん……」

そしてその宣言通り、綾女はその後周りも驚く演技をしていき、昨日遅れていた分まで取りもどしていた。



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