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15話

しばらくして、綾女は目を覚ました。日は徐々に傾き、窓からは茜色の光が差し込んでいる。綾女は体を起こしあたりを見回そうとする。すると、何かが自分の額から落ちた。


―――ん、何だろうこれ?


見るとそれは濡れたタオルだった。ベッドのそばには突っ伏してすやすやと眠っている昴の姿もある。


―――もしかしてお兄ちゃん、ずっと、取り換えてくれていたのかな

と、綾女が考えていると昴が目を覚ました。


「んん……俺、眠っていたのか。ってあれ、綾女、いつの間に起きたの?」

「い、今起きたとこ……」

「そうか。どうだ、少しは良くなったか?」

「う、うん。タオル、お兄ちゃんが取り換えてくれたんだよね」

「ん、まあな。つい、俺も寝ちゃったけど」

少し恥ずかしそうに頭をポリポリと掻く昴。そこで、綾女はあることを思い出す。


「あっ、そうだ。お兄ちゃん、私のスマホをとって」

―――麗華さんに今日のこと、謝らないと。それに今後の日程とか……


綾女は昴から自分のスマホを受け取ると電源をつける。するとそこには一件のメールが入っていた。


―――ん、なんだろう?

不思議に思いつつ、綾女はそのメールを開く。


『TO 綾女      FROM 麗華

 綾女、少しは良くなったかしら? 今日は昴君があなたの代わりになって諸連絡を請け負ってくれたわ。今後のことは昴君に聞いたらわかるから彼に聞いてちょうだい。

PS   早く風邪を治してみんなに顔を見せて頂戴ね』

綾女はとっさに昴の方を見る。


「ん、どした? 泉さんから連絡でも入っていたのか?」

「う、うん。ところでお兄ちゃん、今日は私の代わりにいろいろやってくれたのって本当?」

「まあ、いろいろといっても関係者への謝罪と綾女の今後のスケジュールを泉さんから聞かされたぐらいだったけど。それに、どの人も綾女のことを心から心配していて全く怒っていなかったから、綾女は心配しなくてもいいぞ」

「わ、わかった……」

心の中が昴への感謝、そして申し訳なさとでいっぱいになる。すると、昴が続けて話し始めた。


「あ、それと。無理はするなよ」

「あはは、やっぱりばれてた?」

「綾女が昔の俺とそっくりだったから。どうせ綾女、周りに迷惑かけたくないと思っていたんだろ。特に家族に」

昴にピタリと当てられ、綾女は黙り込む。


そう、確かに自分は昔から一人で抱え込む癖があった。

仕事と家事で忙しいお母さんの手をこれ以上煩わせたくない、その一心で。今回も家族になった昴に迷惑をかけたくなかった。きっと、昴が一番心配するだろうから。


「昔は俺も父さんに迷惑かけたくなかったからな。でも結局、ため込みすぎて今の綾女みたいに高熱出してしまったけど。で、その時父さん言われたことなんだけど……」

すると、昴が綾女の頭にポンと手を置く。

その手は大きくて温かく、そして優しかった。


「頼りない俺だけど、少しは頼ってくれよ。これでも家族なんだし、つらいときは一緒にそれを背負いたいんだ」


ドクンッ


綾女の胸が大きく波打つ。


―――えっ


確かこれと似たような感情を以前も抱いたことがある気がする。

はじめは旅行で多くの人に囲まれたなか、昴が自分を引っ張り出してくれた時。そして、次はお化け屋敷で自分をおんぶしてくれた時。


胸がキュッと苦しくて、でもその感情が全然いやではなくて。

自分では名前が付けられないこの感情。


―――なんなの、これ……


そう思い悩んでいると、


「やっぱりこの言葉、俺が言うにはちょっとくさいかな……」

さっきから黙っている綾女を見た昴がハハハっと照れ笑いをする。

その笑顔が綾女にはいつもよりまぶしく感じた。


ドクンッ


ま、まただ……


綾女は顔が熱くなるのを感じ、素早く顔を伏せる。

そんな綾女のことはつゆ知らず昴はゆっくりと立ち上がり、綾女の部屋を後にしようとする。


「お兄ちゃん、どこに行くの?」

「ん、綾女のご飯を作りに行こうと思って。ほら、今日は何も食べてないだろ」

言われて綾女は思い出したように空腹を感じる。

そういえば、朝ごはんを食べる前に突然意識がなくなったのだった。


「わ、わかった。ありがとう」

三十分ぐらいして後、昴が綾女の部屋に戻ってくる。手には土鍋が載せられたお盆があった。昴は綾女のベッドのそばに腰を下ろすと、ゆっくりと土鍋のふたを開けた。


「はい。卵粥。綾女のブログのコメントにレシピが載っていたから作ってみた。ファンの人も綾女のこと、心配しているみたいだからそれ食べて早く治してあげろよ」

「う、うん……」

しかし、綾女はスプーンを握ろうとしない。なぜなのかは自分でもよくわからない。

ただ、今は無性に昴に甘えたいという思いがそうさせていた。

綾女の様子を不審に思った昴が綾女の顔を覗き込む。


「綾女、もしかしてまだ具合が悪いのか?」

「う、ううん。そうじゃないんだけど……」

「じゃあ、どうしたんだ?」


「……お粥、食べさせてくれない?」


「えっ⁈」


驚きを隠せない様子の昴。


「ほ、ほら、私が途中でスプーンを落としてもいけないし。まだ頭が痛くてぼーっとしているから……」

綾女は顔を伏せたまま、目だけで昴の方を見やる。

明らかに昴は戸惑っていた。

だが、


「そ、そういうことなら、わ、分かった。ほ、ほら、あ、あーん」

昴はスプーンにお粥をすくい、綾女の口元に持っていく。

それを綾女はパクッと食べた。


「ど、どうだ?」

「おいしい。お兄ちゃん、もっとお願い」

「わ、わかった。あーん」

綾女は自分でもなんであんなこと言ったのかはわからない。


―――多分これは熱のせいだよね……


なのでそう自分に言い聞かせるのだった。

しばらくしてお粥を全部食べ切った。


「美味しかったぁ。ありがとうお兄ちゃん」

「それなら良かったよ。あっそうだ、綾女、一回熱を測ってみてくれ」

「うん、わかった」

綾女は昴から体温計を受け取るとそれを脇に挟む。


数分後、ピピーと音が鳴った。

綾女は体温計を取り出し、表示ディスプレイを見る。


『36・6℃』


―――あれ、熱が下がってる


「どうだった?まだ顔が赤いから熱はあると思うけど……」

昴が尋ねた。


「す、少し熱がある……」

熱が下がったことを悟られたくない綾女は嘘をつき、昴に体温計を見られないよう電源を切る。


「そうか、まだ熱があるか……。それなら今日はゆっくり休めよ。おやすみ」

それだけ言い残して昴は綾女の部屋を後にした。

綾女は一人天井を見つめる。


―――熱じゃないなら、私、どうしたんだろ……

しかし、いくら考えてもその答えは出そうにもなかった。



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