13話
夏休みが終わり、9月。とうとう、綾女が主演のドラマが始まった。
今注目の女優のダブル主演ということもあってかこのドラマの期待度は高い。ドラマの一話目が放映されたときは様々なメディアで特番が組まれ、綾女たちを目にしない日はなかった。
だがそれに伴い、綾女の忙しさを増していく。
朝は俺が起きるよりも早くテレビ局に行くようになり、夜は10時頃に帰ってくることも稀ではなくなった。
さらにそれに加えて、綾女には学校の勉強もある。
誰の目から見ても綾女の日常は高校生のものではなかった。
そして今朝も俺は綾女に「おはよう」と言うと同時に「行ってらっしゃい」と声をかけてきた。
今はすでに登校し、自分の教室にいる。
教室では綾女たちが出るドラマのことで話題が持ちきりだ。特に男子の間では綾女推しと鏡花推しとに分かれて互いに議論するといった過熱ぶりである。
先輩に猛烈なアタックを仕掛ける綾女演じるレナか、はたまた奥手ながらもその合間に見せる先輩への好意の見せ方が印象的な鏡花演じるナオ役か。
「ねえ、昴、綾女ちゃんってすごいね」
席に着いた俺に海音が話しかけてきた。
「ああ、本当にすごいと思うよ」
俺は教室の雰囲気に圧倒されながら言った。
「私、今朝の『めざ●し』でもドラマ関連で出演してたの見たよ。綾女ちゃん、なんか遠い存在みたいだね」
「俺もやっぱり綾女は芸能人なんだなあと改めて思うよ。でも綾女には言うなよ。きっと悲しむから」
「はは、昴っちは綾女っちゃんのことをよくわかってんだな」
隣の席の隼太がクスッと笑う。
「まあ、妹だし」
「でも、その妹がこんなに人気なんだから兄である昴も鼻が高いでしょ」
その時俺は綾女の今の生活を思い浮かべていたため海音に対する反応が遅れた。
「ん、嬉しくないの?」
不審に思った海音が俺に問いかける。
「あっ、いや、もちろん嬉しいよ。あんなにも綾女がテレビの中で輝いているんだから」
「それは嘘だな」
「「えっ」」
俺と海音の言葉が重なった。
「実は昴っち、綾女っちゃんの現状をあんまりうれしく思ってないだろ。いやまあ、テレビの中で活躍している姿は嬉しいと思っているんだろうけど」
隼太に完全に図星をつかれ、俺は黙ってしまう。
「そうなの昴?」
そんな俺を見て海音は尋ねる。
「うん、まあ隼太の言う通りだな……」
そして俺は今の綾女の生活、さらにそれに対しての不安を吐露した。
全部を聞き終えると海音は、
「なるほどねぇ……」
うんうんと頷く。
「そんなことなら昴っちが心配するのも無理はないな」
「ああ、綾女はまだ高校生だ。なのにあんな生活をこなしていて、いつか倒れるんじゃあないかって心配で」
「じゃあ、昴が綾女ちゃんを助けてあげたら?」
「俺もそう思ったんだけど、綾女は前から一人で抱え込む癖があるからなあ。俺が何かしようとしても『お兄ちゃん、私は大丈夫だから』と言って聞かなくて」
「それは綾女ちゃんらしいね」
「でも、家ではとても疲れたような顔をしてるし。なんかこう、空元気という感じがする」
と、俺たちがあれこれ話していると教室の扉が開かれ、担任が入ってきた。
担任は教室に入るなり、「早く座れー」と言ったので俺たちの会議もここでお開きとなった。
◆◆◆
帰宅し、俺は一人分の晩ごはんを作る。
ここ最近、綾女は外食の頻度が多くなっていた。
綾女、きちんと栄養を取っているかな……
今日の献立のチャーハンを作りながら綾女のことを考える。
俺にできることはないだろうか。少しでも綾女の力になりたい。もう本当の家族みたいになっているんだし、それなら家族同士助け合っていきたい。
すると、
「た、ただいま~」
綾女が帰ってきた。
俺はすぐさまフライパンの火を止めて玄関へと移動する。
「おかえり。今日は早かったんだな」
「うん、今日の撮影、比較的少なかったから」
「それは良かったな。じゃあ、ちょっと待ってて。すぐに綾女の分も作るから」
俺はそう言ってキッチンへと戻ろうとするが、
「ううん、私の分はいらない。今日は眠いから先にお風呂に入って寝るね」
綾女は俺の隣を通り過ぎ、自分の部屋へと階段を上がっていく。
だが、俺は綾女が隣を通り過ぎるとき妙な違和感を覚えた。
あれ、綾女、いつもより顔が赤い気が……
そしてその妙な違和感は翌日、とんでもない事態を引き起こしたのだった。