1話
初投稿です。
色々と間違いがあると思いますが、どんどん指摘してください。
初めて彼女を見た感想―――――――
―――――――言葉が出なかった。それほどまでに美しかった。きれいとか可愛いとかという言葉がその子の足元にも及ばないくらいに。むしろ神々しいとかいう言葉の方が近いのかもしれない。腰まで伸びた光沢ある黒髪、俺の手ですっぽりと覆えるような小さな顔。その中にある大きく、くりっとした目に形の良い唇。その子について褒めていたらきりがない。
いや、それもそのはずか。だってこの子は――――
少し話が戻って二日前――――
俺、高校二年の桂昴は父、桂大地と二人で暮らしていた。俺の母さんは俺を生んだ後すぐに死んでしまったらしい。
と言っても俺はあまりそのことは気にしていなかった。父さんは男手一つで俺をここまで育ててくれた。毎日のしんどい仕事はもちろん、俺が母親がいなくて寂しいという感情を抱かなくてもいいように合間を縫っては良くかまってくれた。父さんは父と母の両方の役割を担ってくれたのだ。
そんな父さんがある日の晩ごはんの後「大切な話があるからリビングに来てくれ」と言って、俺をリビングに呼んだ。
こんなことは初めてで、俺は若干緊張しながら父さんの向かい側のソファーに座った。
「で、話って何なんだ?」
早速俺は父さんに尋ねる。
父さんの顔はとても真剣だ。より一層俺も緊張してくる。
いったい、何なんだろうか。
すると、父さんはゆっくりと口を開いた。
「実はな、父さんは今度再婚しようと思うんだ」
「えっ」
あまりのことに俺は言葉を失った。
父さんは俺よりも死んだ母さんのことに固執していたはずだった。俺は何回も夜中に父さんが母さんの位牌に話しかけている姿を見たことがある。「昴が小学校に上がったんだ」とか「今日の昴、運動会で大活躍したんだぞ」とか。俺の前では決して見せないような表情を浮かべて。いや、もしかしたら俺が知らないだけで父さんは毎日話しかけていたのかもしれない。それほど父さんは死んだ母さんを愛していた。そんな父さんが再婚だなんて。
父さんは静かに続ける。
「俺はお前の母さんを裏切ろうとしている。驚くのも無理はない。でも、これは俺一人の問題でもない。もし、昴が俺の今度の結再婚を許さないっていうなら俺は昴の意見を尊重したい」
そう言ってじっと俺を見つめた。いつもの柔和な顔の中にも目には迫力があった。冗談ではないという父さんの断固とした意志があった。俺はこんな父さんの真剣な顔を見たのは初めてだ。
俺は俯いて考える。いや、もちろん答えは決まっている。あとはそれを口にするだけだ。
少しして俺は顔を上げ、父さんを見た。
そして、
「俺は父さんの再婚を祝福するよ」
と笑って言った。
そう、これは俺の中で許す、許さないの問題ではない。今まで父さんはひとりでがんばってくれていたのだ。そんな父さんを支えてくれる人がいたって俺はいいと思う。
父さんは俺の言葉を聞いてハトが豆鉄砲を食ったような顔をしていた。たぶん父さんのことだから、まさか再婚を祝福までされるとは思っていなかったのだろう。
「で、その再婚相手は俺も何回かあったあの人?」
以前から父さんが誰かと交際していたのは知っていた。実際、紹介もされた。名前は山川菊枝さんというらしい。父さんの会社の同僚の人だ。影から支えていくタイプの人で、父さんと同じく優しそうな笑みを浮かべる大和撫子美人だ。俺は菊枝さんと呼んでいる。
俺の質問に父さんはようやく我に返った。
「あ、ああ。その人だ。それよりも昴、ほ、本当にいいのか?」
「もちろん」
俺は迷いなく頷いた。
「そ、そうか。ありがとう」
父さんはどこかほっとしたような顔になった。若干だがその目には涙も浮かんでいる。
「話はこれで終わり?」
俺は父さんを一人にさせてあげようと思い、話を切り上げようとする。
父さんは目元をさっと拭った。
「ああ、これで終わりだ」
「じゃあ、俺は部屋に戻るよ」
俺はソファーから立ち上がり、リビングから出ようとする。
その時、
「昴、今度の日曜日にこれから家族となる人に会うから準備しておいてくれ」
「わかった」
「もちろん、今度は菊枝さんの子どもさんも来るからな」
「ああ」
そうして今度こそ俺はリビングを出た。
そういえば菊枝さんには子どもがいるって言っていた。確か俺と同年代の子だったはずだ。でも、俺はその子には会ったことはない。なんでもその子は俺が菊枝さんと会っていた頃、とても忙しかったらしい。
どんな子なんだろうな。
俺は週末のことを考えながら部屋のベッドにもぐりこんだ。
◆◆◆
そして現在に至る。
父さんと俺はこれから家族になる菊枝さんとその子どもに会うためにとある旅館に来ていた。床間に掛け軸という本格的な和が織りなされた一室。時折、情緒あふれる鹿威しの音が庭の方から聞こえてくる。
父さんと俺は並んで座っていた。その向かいに菊枝さんとその子どもが座る予定だが、まだ二人はこの場に到着していない。別に相手が遅れているのではなくて、父さんが先方に待たせるのも失礼だから早く行こうと言って集合の一時間前に連れてきたのだ。正座に慣れていない俺にとってはなかなかにつらいものがあるのだが。
それに菊枝さんの子どものことも気になる。父さんが結婚したら当然、菊枝さんとその子は俺たちと一緒に住むのだろうし。強面のお兄さんだったらどうしようか。いや、菊枝さんの子どもに限ってそれはないか。
「なあなあ、父さん」
気になった俺は隣に座っている父さんに話しかけた。
「ん、なんだ?」
「菊枝さんの子どもってどんな人なんだ?」
「どんな人って、昴は会ったことはなかったか?」
「その子、俺が菊枝さんに会うときはいつも忙しいって言っていなかったじゃん」
「ああ、そう言えばそうだったな。じゃあ今日会ってみたら昴、絶対驚くぞ」
「え、どういうことなんだ?」
「まあ安心しろ。俺も実際あったことがあるが、とてもいい子だから。きっとお前とも仲良くやっていけるさ。それに菊枝さんに似てとても美人さんだ」
「へーそうなんだ、それなら安心・・・・ってその子、女の子なのっ⁈」
「あれ、これも言ってなかったか?」
父さん、それは事前に言ってくれよ!
え、てことは家族になるとはいえ同年代の女の子とこれから同じ屋根の下で暮らすのか?
それってなかなかまずくないですか?
いや、そもそも俺はその子とまともに話すことができるのだろうか。自慢ではないが俺は一部を除いて、まったく女子と会話することができない。恥ずかしがり屋とか奥手とかそんなよくある理由だけじゃない。すべて俺のある体質がそうさせている。
このように俺があれこれと思案していると、隣のふすまがスッと音をたてて開いた。
俺と父さんが開いたふすまの方を見る。
「おじゃまします」といって先に入ってきたのは菊枝さんだった。今日は浅葱色を基調とした着物を着ていた。
そして次に菊枝さんの子どもが入ってきた。
俺はその子を見た瞬間、彼女に心を奪われた。
なんだこのコ、めちゃくちゃ可愛い…………‼
菊枝さんが父さんの向かいに座ると、彼女も俺の向かいに座った。
「こんにちは。今日はこんな素敵な旅館に呼んでいただきありがとうございます」
菊枝さんが簡単な挨拶をする。すると父さんもその後に何か言い始めたが、俺には二人の話なんて少しも入ってこない。改めて向かいに座る彼女を見てみる。
腰まで伸びた枝毛ひとつない光沢ある黒髪。俺の手ですっぽり覆えるほどの小さな顔。その中にある大きく、くりっとした目に形の良い唇。その子について褒めていたらきりがない。
すると、
「ほら、自己紹介をしなさい」
隣の父さんから声がかかった。それと同時に今まで父さんの方を向いていた菊枝さんと彼女がいっぺんに俺の方を向く。その時俺は彼女と目が合った。
「えっ、あっ、その……」
彼女に今見つめられていると思うと、ただ自己紹介するだけなのに全く言葉が出てこない。やっとのことで言葉を絞り出してもそれはすぐさましぼみかき消えていく。
そこで彼女が俺の異変に気付いた。
「ねえ君、顔真っ赤だよ」
「っっ⁈」
とっさに俺は顔を伏せる。
「だ、だいじょうぶ⁈」
当然のように彼女は俺のことを心配した。両手を机に置き、俺の顔を覗き込むようにする。しかし彼女が近づくにつれて俺の顔も比例して赤くなる。
一方で菊枝さんと父さんはあーそうだったという顔をしていた。
そう、これが俺の体質。女の人を前にするとすぐに顔が赤くなる。いわゆる赤面症だ。とくにきれいな人の前だと、ほんとに真っ赤になる。菊枝さんに初めて会った時も顔が赤くなり大変だった。だが今回はそれに輪をかけて赤くなっている。そんな紅潮した顔を彼女に見られたくなかった。
「だ、だいじょうぶです……」
顔を俯けたままやっと言葉を出す。
「え、でもこんなに顔を赤くして……」
「あー本当に大丈夫だよ。こいつ、昔からこうだから」
戸惑う彼女に父さんが説明する。
「それよりも、さ、自己紹介を」
再度、父さんは俺に自己紹介を促した。
そして俺は、
「……か、桂です」
蚊が消え入るかのような声で自己紹介をした。
直後、場一体がシンっと静まる。
俺は不審に思い、視線だけを起こす。ちらりとだけ見るとみんなの表情がキョトンとしていた。
えっ、俺何か変なことを言ったのだろうか。もしかして、自分の名前を間違えたのだろうか。
ドンドン焦りが募っていき、頭がおかしくなってきそうになる。
すると、
「おい、うちはみんな桂だ」
父さんがやれやれといった感じで指摘した。
「あっ」
そこでやっと自分の間違いに気づく。恥ずかしさが一気にこみあげてくるがもう遅い。そこで仕方なく、
「す、昴です」
体を最小限に縮こませて、自分の名前を言った。
パニックのあまり頭の中は真っ白だ。どこかに穴があるなら本当に入りたい。そして二度とそこから出たくない。こんなきれいな人の前で自分の醜態を晒すなんて。
すると、
「ぷっ、あははは!」
目の前の彼女が突如笑い出した。
「こ、こら、失礼でしょ」
焦った菊枝さんが彼女の笑いを止めようとする。
「ご、ごめんなさい。でもなんかおかしくって。ぷっ、はは」
彼女はそう言いながら笑って出た涙をふく。
しばらくして彼女の笑いも収まる。笑いが収まると彼女はまっすぐと俺の方を見つめた。
「はー。さっきはごめんごめんなさい。私の名前は山川綾女といいます。年は十五で……」
彼女の自己紹介が始まる。俺はそれを聞くと少し顔を上げた。しかし彼女と目が合うと、また顔が赤くなりすぐに顔をそらす。
ああぁぁぁぁぁ、俺は何やってんだあああぁぁぁぁぁ
しかし同時に俺は何か違和感を覚える。
ん、綾女って何か聞いたことある気が……
どこで聞いたんだっけ?
しかも一度や二度ではない気がする。そう、こうなんか日常的に……
「あれ、昴はまだ気がつかないのか?」
「え、父さん、それってどういう……」
だが父さんは俺の質問が言い終わるよりも先に、
「目の前の綾女ちゃんは、あの有名女優の《吉良綾女》だよ」
と、今日一、いや生まれてから今までで一番の衝撃発言をした。
――――――吉良綾女。五歳のころから子役としてデビューし、その華麗な容姿だけでなく、誰もが納得するほどの演技力から今最も勢いのある女優の一人とまで言われている。近年ではモデル業もやっており、彼女が着た服は雑誌発売の翌日には完売している云々。そして最も記憶に新しいのは先月最終回を迎えた連ドラだ。そこで彼女は全国大会に向かってひたむきに頑張る陸上選手の役をやっていた。つまり、昴が彼女となかなか会うことができなかったのは彼女の撮影のせいだった。―――――
「……え⁇」
当然のことながら言葉を完全になくす俺。
たぶん、この時の俺は世界一間の抜けた顔になっていたに違いない。それほどまでに俺の思考はすべて吹き飛んでいた。
「だ、大地さんっ、私が有名だなんてそんな大げさな……」
「はは、そんなに謙遜しなくても」
「謙遜とかじゃなくて」
山川さんは少々取り乱しながら、顔を赤くしている。たぶん照れている。
はい、可愛い……
じゃなくて‼
目の前にいるのがあの吉良綾女?
し、信じられない……
そんな俺の様子を見て父さんは何か感じ取ったのか、
「そんなに信じられないのなら、お前のカバンにあるその雑誌を見てみれば?」
と、俺の近くに置いていたカバンを指差す。
とっさに俺はカバンから例の雑誌を取り出す。その雑誌は昨日友達と見ていたやつだ。
「あ、その雑誌……」
山川さんが何か言っていた気がするがそんなの全く耳に入らない。
例の雑誌をパラパラとめくり、あるページを開ける。そしてそこに載っていたのは今目の前にいる少女と瓜二つの吉良綾女。俺はそれでも信じられず写真と目の前の山川さんを交互に何度も見た。
大きくくりっとした目。ほのかに色づいたさくら色の唇。特徴的な黒髪。上品な雰囲気を常に醸し出しつつも笑うとその中に絶妙に愛らしさが出てくる。どこをとっても俺が知っている吉良綾女だった。
「って、えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁈」
「まあ、昴が信じられないのも無理はないか」
「そうねえ」
「あはは」
俺の様子を見て、父さん、菊枝さん、山川さんはそれぞれ反応する。
「え、このことを父さんは知ってたの?」
「ああ、お前は会えなかったけど、俺は何回も会ってるからな。あの時は俺も驚いたよ」
「それなら事前に……」
しかしこの言葉は父さんに遮られた。
「はいはい、もう驚くのは終わり。これから家族になる人に失礼だろ」
いやいや、驚くなっていう方が無茶だろ。え、ちょっと待てよ。てことは、これから俺は山川さんと家族になるの?
俺はさらに新たな疑問が生まれてくるのだが、
「じゃあ、家族紹介も終わったことだし、そろそろ食事をしようか」
父さんのこの発言によって強制的に終わらされた。
その後、俺たちは新たな家族そろっての「いただきます」を言い、目の前の懐石料理を食べ始めたのだった。
もちろん頭がいっぱいだった俺にこの料理の味なんかわかるはずもなかった。