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05.(変わらぬ一日)

 夜も遅くなり、窓口には「業務終了」の札が掛かり、〝ドランクコング〟も宴もたけなわといった頃に、「チィース」三人のインキュバスが残業中のファラリスを訪れてきた。仕事の報告だ。


「赤ん坊は生まれたか」

 ファラリスが訊ねると、「かーいい男の子ッス」ひとりが答えた。

 そうか。良かった。しかし次の言葉に驚かされる。「祝福を求められたッス」


 この案件は昨年の秋に遡る。蛮族の村娘が懐妊した。取り立てて特徴のあるような娘でなかったが、身に憶えがないと云う。


 もちろん、そんなワケがあるか、とファラリスは一笑に付したが、この娘は天涯孤独の身であり、またそんな事情だから村から追い出され、あろうことか馬小屋で生活するようなハメに陥っていた。


 依頼は匿名で受けた。村人がグルであるとは独自の調査で分かったが、そんなことはおくびにも出さずに、請け負った。


 蛮族どもが見捨てた娘を、我々の保護下とするなんて、一興ではないか。ギルドマスターであるベイブ・デイヴも賛同した。


「それで、どうしたのだ?」

 三人は顔を見合わせ、おもむろにひとりが答えた。「そりゃもー、適当サ」

「ウェーイ」残りの二人が追従する。

「それしかあるまいな」ファラリスは微笑む。「我々の祝福は、蛮族にとって呪詛となろう」ふっふっふ。


「ウェーイ」三人のインキュバスは嬉しそうに笑った。

「よいよい」ふっふっふ。


「ウェーイ」三人のインキュバスは嬉しそうに笑う。「こういうのもイイなっ」とひとりが云えば、「ウェーイ」残りの二人が同意する。「貴族どもの夫人ときたら、ザルみたいに幾らでも求めてくっから。金払いが良くてもウンザリ」


「ウェーイ」残りの二人が同意する。「困ってる小娘の相手。新鮮? みたいな?」

「そうかそうか」ファラリスは労った。「請求書は母子ともに落ち着いてからにするか」


 するとインキュバスたちは。「仕方ねーべな」と肩を竦めた。

「報酬はギルドが立て替えておこう」

 ファラリスの言に、三人の目が輝いた。

「ウェーイ!」

「さすがダゼ!」

「飲みに行くゾー!?」


「報告書は一両日中に貰えるかな?」念のためにファラリスが釘を刺すと、三人のインキュバスは、「オーイェー!」揃って二本指をぴっと振って見せた。


「あ、ファラリスさん」酒場へ向けたインキュバスのひとりが、足を返し、戻ってきた。「今度ぉー、オレたちサバトるんですけど、どうッスか?」


 サバト、それは異性の魔族同士の出会いの場。「ファラリスさんもー、たまには息抜き、どうッスかー?」


 ふっふっふ。ファラリスは笑みを隠し切れなかった。「ありがとう。気持ちだけ受け取っておこう」

「そうッスか……」残念そうにしょげるインキュバスにファラリスは、「もし人数が揃わないと云うのなら、ボードに貼り出していいぞ?」


「マジっすか!?」インキュバスの顔がパッと華やいだ。

「ああ、マジだ」ファラリスは大きく頷いて見せた。「掲示には承認印が必要だから出来たら持ってきなさい」

「ありがとうッス! じゃ、また!」

 インキュバスは酒場で待つふたりの元へ駆けて行った。


 それからファラリスはヤギヒゲがまとめたポニー・エキスプレス誤襲撃事件報告書の内容を確認し、ファイルにまとめ、キャビネットに並べた。


 領収書と帳簿を突き合わせ、整理すると、明日のやることリストを作成し、抽斗の鍵を掛け、窓口の戸締まりをした。


 ひとり遅れて酒場に入って、いつものカウンターの隅に腰掛けると、グラスに入ったスティルビアがそっと置かれた。「ありがとう」


 テーブル席では、クリムが「なー、なー」と誰彼構わず食べ物をねだり、根負けした者の皿が空になる。酒場とは。非情だ。


 飲み終えると、ファラリスは硬貨をカウンターの上に置き、席を立つ。「ごちそうさま」


 ファラリスはにぎわいを離れ、ホールを横切り、外に出た。酒場の騒ぎが壁越しに聞えてくる。


 魔族には夜型の者が多い──まだまだ騒ぎはおさまりそうになかった。


 ファラリスは肩をコリッと鳴らした。気持ちの良い疲労感が身体に染み渡る。空に細い月が掛かっていた。虫の鳴き声がする。春の夜は少し肌寒い。


 視界の端にキラリと光るものがあった。

「今頃お帰り?」カーリィだった。

 ファラリスは頷いた。

「遅くまでご苦労様」


 ささやかな月明かりの元にあっても、カーリィは美しく輝いていた。彼女は夜空を見上げていた。ファラリスもそれにならった。


 数多の星が煌めいている。文字通り、降るような星空だった。

「綺麗だな」ファラリスは思ったままを口にしていた。


 そうね、とカーリィは静かに応えた。

 薄く夜風が吹いた。春の夜の匂いがした。川のせせらぎが、さらさらと世界を包み込むように聞こえた。


「我々は何者で──」ふと、カーリィが呟いた。「何処から来て、何処へ行くのか」


 ファラリスはカーリィを見た。その横顔から彼女の心情を推し量るのは難しかった。


「どうした」

 ファラリスが問うと、「メランコリックな気分に浸りたいだけ」とカーリィは答えた。

「そうか」


 我々は、ファラリスは、自分が何者であり、何処から来たのかを知っている。だが、何処へ行くのかは分からない。


 ファラリスは夜空を見上げながら言葉を続けた。「役に立てるか分からないが、私でよければいつでも話を聞くぞ」


 カーリィが首を巡らす。ファラリスを見る。彼女は声に出さずに、「ありがとう」と静かに唇を動かした。


 それから再びふたりして星空を眺め、暫くの後、ファラリスはそっと離れ、帰途についた。


 今日も変わらぬ一日であった。

 明日は、ギルドマスターが帰ってくる。


 ─了─

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