04.(サボり)
休憩室には、サボりがいた。テーブルに上には鶏の頭が鎮座ましましている。ソファの上では長耳エルフのクリムが、小さく丸まって、やはり小さな動物のように菓子を齧っている。
クリムは流れるような艶やかな黒髪に、褐色の肌とダークブラウンの瞳を持つ長耳エルフである。同じ長耳エルフのジンクと共に、いつの頃からホールに出入りをしている。魔族ギルドの何が彼らを引きつけるのか、ファラリスは良く分からない。
「ジンクが出かけたぞ」
ファラリスの言葉に、クリムは視線だけ向け、小さく頷き、再びカリカリと菓子を齧る作業に戻った。頭だけのミックに至っては呑気に欠伸をする始末。
ふと、欠けた角の辺りがチリチリとした。
きた。
ふっと、背後で柔らかく風が巻いた。
「カーリィか」
振り返れば、宙に小さなシャボンのような泡がプクプクと生まれ、渦巻き、やがてヒトの姿に収束していく。
はたしてカーリィだった。彼女は不確定性金属生命体、すなわちハイゼンベルグ・メタルであり、確定化、つまりコペンハーゲン化した姿は蛮族の女性を模しており、その体表は、まるで磁器のように白く輝く。
全身は滑らかな曲面で構成され、ドレス状の裾は、鮮やかな釉薬で色付けされたようであり、それはまるで花が咲いたような出来であった。
髪を束ねたような頭部には、ブルー・ローズの造型が一輪差してあり、これが一際目を引く。それ故、彼女は「花瓶姐さん」と呼ばれることもある。
「間に合った?」カーリィが訊ねると、クリムが小さく頷いた。
休憩室には、最新のガラス板、エーテレ・ヴィジョンが置かれている。結構な値段だった。福利厚生だのなんだのとウマく云い包められたと常々ファラリスは思う。
各地の芝居小屋の情景が、このエーテルの塗布された、ゆるく湾曲したガラス板に投射されるのだ。
カーリィは、ベイブ・デイヴと共に、奴隷農場の視察に行っていた。だが、目下人気の芝居番組を見るためだけに一足先に帰ってきたのである。ガラス板の中で、一組の男女による寸劇が始まった。
「へい、ジェニー、どうしたんだい?」
「あら、ビリー。折角のドレスにシミが」
「オーウ、それは厄いね」
「どうしたらいいのかしら」
「そんな時はこれさ!」
「まぁ! 汚れがドンドン落ちるわ!」
娘が洗濯板でごしごしとドレスをこすり、パッと広げるとさっきまでのシミが消えているではないか!
事前に汚れたドレスと、綺麗なものの二着を用意してあったのは一目瞭然なのだが。このような茶番が良いらしい。
「汚れには、コリンズ石鹸!」
茶番を終えた男女二人が節をつけ、踊りながら商品名を呼んだ。
芝居の後援、つまりスポンサーであるコリンズ商会は、あちこちの領地に支店を持ち、魔族ギルドもその動向に注視している。
コリンズ商会は石鹸の販売で伸し上がった。彼らの支援する芝居がソープ・オペラと呼ばれる所以だ。ガラス板の中で、本編の始まりを告げる口上が始まった。
カーリィはクリムと並んで坐り、ガラス版を食い入るように見つめる。前回は、ヒロインの恋人が死に、横恋慕していた男がぐいぐい迫ってきたところで終わったのだ。
ファラリスは、恋人の死は偽装であると睨んでいる。あの死に際はくさい。におう。この恋愛物語には、もうひと波乱、絶対ある。
「カーリィ」ファラリスは呼びかけた。「ベイヴ……マスターはどうしている?」
「うるさい」
むっ。ファラリスは腕を組み、エーテレ・ヴィジョンの前で仁王立ち。「どうなんだ」
「邪魔」カーリィとクリムが目を据えて同時に云った。
ヒィッ。
ファラリスは気取られぬよう、強面を努めて維持しながら引き下がる。
こっわ。……こっわっ!
実はこの牛頭、このふたりの女が苦手であった。だからと云って、それを顔に出すような真似は許されない。そうだろう? ……でも怖いんじゃ。怖いものは怖いんじゃ。
休憩室を出て行くファラリスの背に、「明日になれば分かるよ」とカーリィがぞんざいに言葉を投げてきた。ファラリスは思わず口元に薄い笑みを浮かべてしまう。
身勝手に見えてカーリィは優しいのだ。そうだそうさ、心優しいのさ。口は悪いけれども。かなり自分本位なのだけれども。だいたいに於いて意地が悪く、他者を見下し、鼻で笑い、世界の中心が自分にあるような振る舞いをするし、
「聞えてるよ」
ヒィッ。
ファラリスは窓口に戻った。
「ミックは?」
目を擦り擦りの馬頭、メイジーに云われ、「忘れた」素直に応えた。
だが、首がある方が仕事が出来ないのだ、あのトリ頭は。首がない方が有能なのだ。どう云うことだ。答えは出ない。ファラリスは考えるのをやめた。