03.(経費も出る)
ギルドメンバーがのそのそとホールに姿を現わし始めた。春の陽気らしく、穏やかな一日であった。ギルドの窓口は、ファラリス含めて三人で廻している。
ファラリスの隣に坐るのは、馬頭のメイジー。その彼はいま、居眠りをしている。闇色の長いたてがみを椅子の背もたれに広げ、しかも寝穢い。ヨダレは垂れ落ちているし、鼾も酷い。奇蹄目め。
さらにその向うの窓口を担当している鶏頭のミックは、頭をどこかに置いてサボっている。窓口には身体しかない。しかし頭がある方が落ち着かないのでこれで良い。乗せたところでトリはやっぱりトリ頭だ。
おやつ休憩の頃、長耳エルフのジンクがホールに姿を現わした。長く美しい銀髪に、透けるような白い肌。瞳はエメラルドグリーンの輝きを持つ。
「俺をギルドに入れてくれよぅ」窓口のカウンターに肘を突き、甘えるように云う。この長耳エルフはかなり特殊である。
「加入金と月々の会費を払えば考えないこともない」
ファラリスは、自称〝魔王〟の元に派遣されているゴブリンたちの活動報告書を束ねながら応えた。
「はんかくさい」
「組合活動の円滑な運営に必要でな。坊ちゃんの見えないところで色々な出費があるのさ。ホールの維持管理にメンバーの健康保険、仕事の保証金の積み立てそれから……」
滔々と語るファラリスの言葉を遮るように、「面倒くせっ」ジンクが口を尖らせる。
「なら諦めろん」
「そういうこと云うなよぅ」
ファイルを閉じると、ファラリスは勿体ぶった調子で云った。「ひとつ、仕事がないこともない」
「ホントに!?」
長耳エルフが食いついた。
「お使いだ。請求書を届ける。報酬の他に道中で使った分の経費も出る」
これは、わざわざ誰かに頼む程の仕事ではない。だが相手が相手なので、面倒を押し付けてやろうという少しの意地の悪さ勝った。
「これだ」ファラリスは、やはり勿体ぶって一通の封書を取り出した。
「バロン・チャムリー?」長耳エルフは封筒の表面を読み上げるや、「うげッ」と顔をしかめよる。
「知らぬ仲でなさそうだな」丁度良かった。ふっふっふ。ファラリスは笑う。
「他はないのかい?」
「生憎と。不都合があるなら他の者に頼むが、どうするね?」
「……やるよ」渋々とジンクは請け負った。
「赤い嬢ちゃんも連れてけ」と休憩室をあごしゃくれば、銀髪エルフは「面倒が増えるだけだ」一丁前にケッ、とばかりに唾棄しよる。
もちろん、その通りだ。だが、赤い嬢ちゃんこと、クリムだけ置いていかれても、来客用の茶菓子が減る一方でこれもウマくない。
用もないのにふらっとホールに入っては休憩室でバリバリお菓子を食べ、ぐいぐい茶を飲み、ふらっと消えて、今度は酒場でタカるのである。遠慮の言葉は彼女にない。
「じゃ、ちょっくら行ってくる!」
ホールを出て行くジンクの背中に、「領収書、忘れるなよ!」ファラリスが声をかけた。「道中、気をつけるんだぞ! 帰るまでが仕事だぞ!」
銀髪の長耳エルフは、振り返らずに、しかし片手を挙げて了解の意を示した。
まぁ大丈夫だろう。ファラリスは窓口に「休憩中」の札を出し、席を立った。