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01.(物憂げ)

   ギルドホールでお留守番


 その日の午、すなわち昼、ファラリスは組合会館、すなわちギルドホール入口正面に設置された掲示板を物憂げに見上げた。


 雄牛の首を持つ魔族のひとりであった。左の角が欠けていた。金色の瞳を持ち、余暇には趣味の風景画を描きに出かける。


 時節は水温む春。美しく、穏やかで、香しい。ファラリスがいっとう好きな季節だ。とは云え、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の、それぞれに良さがある。


 ファラリスは、そのときどきの季節を好きになる。風のように雲のように、移り気な性分なのである。


 組合会館、つまりギルドホールの始まりは遅い。魔族には陽の光に弱い者もいるのだ。


 と、云うのは建前である。だいたいが適当なのである。勤勉の二文字は彼らにない。相応しくない。のである。


 とかく魔族と云うのは。風が吹けば飛び廻り、雨が降れば駆け廻る。雷鳴轟く大嵐となれば、取りも直さず乱痴気騒ぎだ。


 人気のない開館前のホールを、ファラリスは愛していた。昨夜の馬鹿騒ぎの名残を、開け放った窓から入る風が一掃し、新たな一日の到来を感じるこの時間は心が休まる。


 組合構成員、つまりメンバーがのそのそと姿を現わし、仕事を探したり、報告に訪れる段になる前には窓口で万全にしている。


 やがて日が落ち、併設されている酒場〝ドランクコング〟にメンバーが流れ始めると、窓口業務は終わりを告げ、ホール側は閉館となる。


 ファラリスは残務処理と翌日の準備を済ませると、事務所の鍵を閉め、自分も〝ドランクコング〟へ足を運び、カウンターの隅でスティルビアを一杯だけ飲み、席を立つのだった。


 この日、ファラリスの金色の瞳はいつになく曇っていた。それも賞金首の掲示板、つまりボードの一画の似顔絵が一向に減らないことがある。


 賞金首、ゴールデン・ゴール。職業ガンスリンガー。なんだか強い。だがアホだ。


 賞金首、ヤマブキ・イブキ。職業ニンジャアサシン。なんだか強い。だがアホだ。


 賞金首、ライト・ボーイ。職業アドベンチャー。つまりただのプータロー。こいつは弱い。折りを見て剥がして良い。


 そして……賞金首、モンスターイーター。


 正体不明、職業不詳。別格。化け物。アンノウン。この者の似顔絵だけは黒塗りである。遭遇はすなわち死を意味する。


 アホとアンノウンとは。どちらも対処しようがないことと等しい。


 明日は、ギルドの運営する奴隷農場の視察から組合長、つまりギルドマスターである、ベイブ〝三つ目〟デイヴが戻ってくる。どう報告したものか。


 かって、ファラリスはベイブ・デイヴの行く先々に同行していた。彼の右腕を自負していた。だがどうだ。傷痍の身となってはもっぱら留守を預かるばかりである。


「ホールを任せられるのは、お前だけだ」

 ベイブ・デイヴも分かっている。この傷は、ギルドホールに於いて、血気盛んな若造たちへの戒めにもなる。


 折れた角は未だ痛むことがある。あの時、自分は生き延びたのではない。死に損ねたのだ。


 キィキィと甲高い声がホールに響いた。清掃員のインプたちが仕事を始めたのだ。バケツの水が跳ねる音。モップの柄が当たる音。窓やテーブルをクロスで拭く音。


 清掃インプたちは、身体は小さいがよく働く。だからと云ってファラリスが何もしなくて良いわけでない。


 時折、嫌みったらしく窓枠を指先でなぞり、「何だこれは?」と凄みを利かせることもある。


 勿論、気持ちの良いものではない。だからと云って、避けられようもない。そうだろう? 仕事なのだから。馴れには抜かりが生じるのである。


 だが、他方で、きちんと褒めること、時には自ら率先して手本を見せることも厭わない。ホールはギルドそのものだ。美しいことは何にも勝る。と、ファラリスは常々そう思うのである。

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