久しぶりの三連休
本当に本当に久しぶりの三連休。実家に戻ったら甥っ子の七五三に付き合わされた。
それはまだいい。甥っ子は元気でよく動くから見ててほしい。それもまだいい。
だが。
「待ちなさーーい!」
この足の速さは聞いてない。境内を縦横無尽、やっと捕まえたと思っても、ふと目を離すともうあんなところにいる。
肩で息をして膝に手をつく。重い足をそれでも振り出そうとしたとき、ふわりとなにかがまとわり付いた。
「お困りじゃな?じゃな?わらわが手を貸してやろうか。遊び一回と引き換えじゃ!」
馴染んだ声と、見慣れた雪色の浴衣姿。ニコニコして私の周りをぐるぐるしないでほしい。
「…あーもうハイハイお願いします」
「心得た!」
さあっと風が吹くと、いつの間にか甥っ子は親に手を引かれていた。
勝手に走っちゃだめじゃないと怒る母親に、でもしろい着物の子が…と言う。こどもの言うことはいつも脈絡がない。
そんな子いないでしょ、もう手離しちゃだめだからね――。
「…白い着物ぉ…?」
じろりと隣のちびに目をやると、わざとらしく目をあさっての方向へ泳がせている。
「お前かーーー!!」
「きゃあーーーはははは!!」
ふすまを開ければ尋常じゃなく広い畳座敷。その奥ぅーのふすまにあいつがぴょこぴょこしてる。
「理緒、理緒! わらわはここじゃぞ!」
「こんのぉ…やってること変わんないじゃないの!」
縦長の座敷を横切ってふすまを開ければ、そこにも広ーい宴会座敷…と、跳ねるちび。
走って走って開けても開けてもあいつは座敷の奥の奥だ。
「こういうときは…」
ぐるりと振り向いた後ろのふすま。
「ここだぁっ!」
「うひゃあ!」
開ければ飛び出す白浴衣。見事にばっふんと受け止めた。
「観念しなさい!」
「ひゃーっ! つかまってしもうたぁーはははは!」
お腹に顔をぐりぐりしてくるのは本当に相変わらずだ。
「久しいのぅ、理緒! わらわはちょっとだけさびしかったぞ!」
「…そうな、仕事しててね…」
こんなセリフを吐く年になったのか。一応、若手社員ではあるのだが。
「さびしくて怒ってやろうと思ったに、理緒に会うたら忘れてしもうた!」
いっぱいの笑顔につられて破顔する。そうだ、笑うってこうだっけ。するりと浴衣が腕を抜け、
そばの大石に腰掛けた。つま先で水面をちゃぷちゃぷしている。隣に座ると、川のきらきらがよく見えた。
「…理緒、もう泣かんか?」
さっきとは違う、曇った顔だ。あいまいに答えると、冷たい風がそよいだ。
「わらわはなんでもお見通しじゃ。…これのことも」
左の手首を撫でられる。ぎくりと体がこわばった。
「…初めてここで会うた時、理緒は『いたい』や『こわい』から、逃げてわらわに会うたのじゃ。
小さい理緒にもできたのじゃ。いまの理緒には何故できん? どうして自分をいたくする?」
答えられない…。立ちあがったちびは、私の頭を抱きかかえた。
「わらわとて、早う理緒とは遊びたい。じゃが、理緒は駆けてはならんのじゃ。
足で歩いて、うんと年をとって、遊ぶ約束はそれからじゃ」
なにも話していないのに、伝わってしまう。伝わってくる。
「わらわはいつでもそばにおる。…また一緒に遊ぼうぞ」
――大好きじゃぞ、理緒。
「理緒ーー! すまーーん!!」
聞きなれた声で目が覚めた。イタタ…。おでこに石灯篭の跡がついてる。
「連れて来といて置いてくなんて、本当に最低だよな! 俺も嫁さんもなんで気付かないのか…」
「…いいよ別に。たぶん兄ちゃんのせいじゃない」
「お、おう…?」
「挨拶してくわ。車で待ってて。…あと私、会社辞めるから」
「あ!?おう!? …そうか、まあ、母さんも安心するよ」
「…は?」
電話の声がいつも死にそうだったらしい。そうか。
がらんがらん。会釈してから二礼二拍手。心配かけたね、おわびになにか持ってこようかと
問いかけた。返事はなにも聞こえなかった。
代わりに、あまぁーいものが脳裏に浮かんでは消えていく。思わず笑みがわいてきた。
(そこは…)
油揚げじゃないのか、とは聞かないでおいた。
今回の着想を得た曲は Ryu☆ Sakura Mirageです。
影のある文章になりましたが、曲は底抜けハイテンションですのでご安心を。