農業ふろんてぃあ、初出勤。
今日も天気だ、お米がうまい。
昨日まで朝早くに起きて会社で朝礼をして契約先の会社をいくつか周って帰社後にパソコンで本日の業務内容を打ち込んで終わったら帰って寝る、ただそれだけの毎日を繰り返していた。
今日は何故か鍬を手に汗水垂らして畑を耕している。
連休中で実家の農業を手伝ってるわけでも脱サラして農業を始めたわけでもない。実家は玉子焼き屋だし脱サラなんてしていない。そもそも今日も仕事だ。
「ぷぷぷ、先輩まだ畑出来てないんですか?へっぱり腰ですもんね」
「悪かったな、【へっぱり腰】とやらで」
構って欲しいのか隣の畑から後輩が声をかけてくる。お互いに六畳程度の畑を耕していた所だ。といっても片やスコップと鍬による人力、片や最新科学の結晶トラクター。
「課金者、許すまじ」
「だから先輩も課金しましょう!って誘ったじゃないですか!」
ポニーテールを揺らしてトラクターを軽快に走らせる無邪気な少女のような後輩。課金者の。
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“農業ふろんてぃあ”という名のアプリがある。俺はゲームの類に興味が無かったので例に漏れずこのアプリも興味が無いのだが、この小さな後輩が俺のケータイ【スマホです!by後輩ちゃん】に勝手にインストールして始めやがった。
しかもだ、勝手に課金までしようとしやがる。
ガチャが楽しいんですよ!とか言いながら年齢認証画面へ進む。バカな!?35歳だと!俺はまだ四捨五入したら30歳だ!干支同じだろ!
別にいいじゃないですか〜という後輩に対し、いーや良くないね!と食い下がりケータイ【スマホです!by後輩ちゃん】を取り返そうとする。
35歳となると四捨五入したら40になってしまう、いや四捨五入しても実年齢は変わらないのだけど。
互いに小さなスマホ【よく言えました!by後輩ちゃん】を引っ張りあい、滑って手から零れ落ちる。破損だけは阻止しなくては!今月はもうお金に余裕はない!
その気持ちも虚しく地面と激しく衝突する、衝撃で壊れたのか画面が明るく光る、光る、光る。幾ら何でも眩しすぎる、光に飲み込まれるような錯覚を起こすほどの眩しさに目を閉じた。
辺りの眩しさが落ち着いた頃に目を開けると、広がる草原の中に建つ小さな小屋の前に立っていた。
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後輩は、アプリの中ですよ!とはしゃぎながらもテキパキと行動指針を示した。仕事に対してもこの働きをしてくれと思いながら従うことにする。
まずは畑を耕して農作物による食料の確保だ。野菜が育つ前に飢え死にすると思うのだが、ゲームなんだからちょっと待てば育つに決まってるじゃないですか、先輩笑わせないで下さいよぷぷぷとか生意気なことを言う後輩は無視して仕事に取りかかる。
1日で終わる訳もなく2日目に突入した。
それにしても腰が痛い。トラクターでこっちの畑も耕して欲しいものだが、先輩の土地は先輩しかできませんと言われて渋々耕している。
アプリの中なんじゃないのか?何で現実的なんだよと思いながらも食料確保のために汗水垂らして畑を耕す。ちなみに後輩のトラクターは小屋の中に既にあった。初期費用として幾らか課金済みらしい。楽しそうだ。服装もなんかオーバーオールだし。
文句を言っても進まないが文句を言わなくても進まない。だったら文句の一つや二つくらい呟いたっていいだろう。早くもお米の収穫に取り掛かる後輩をよそ目に俺は今日も畑を耕す。
課金者の後輩をよそ目に。