1章 6話 救いたかった者は・・
目を覚ましたのは6時半。以前にも経験があったが、頭に違和感があり、そのせいで俺は目を覚ました。
開けた視界に広がるのは、コナの顔だった。面白そうに腕を動かし、その度に俺の違和感は続いていく。
「・・・コナ?」
「うひゃあ!」
コナの身体が後転し、その反動を生かして立ち上がる。思った以上に運動神経があるらしい。
「ち、違うんです!少し興味があったというか、やっぱりサラサラなんだぁーって、思いながら頭を撫でていた訳では!」
状況判断に向いた申告をしてくれるな。別に減るもんじゃないし、このおかげで起きれたと思えば丁度よかった。
俺もソファから身体を起こし、伸びをする。
「コナ、準備は出来てるんだな?」
慌てるコナに構わず話し掛けると、やっと調子を取り戻してくれたらしい。
「はい、ミリワ君も外に出てますよ」
「わかった。行こうか」
俺にはこれといった準備もなく、今すぐ出掛ける事が出来る。
コナを連れて車から出ると、そこにはミリワとサーキン町長がいた。
「あれ、サーキン町長」
「僕が呼んだんですよ」
ミリワはいつも通り話し掛けてくる。あの話もあったが、俺も気にしてる訳にはいかないな。
ミリワは俺の後ろに移動し、サーキン町長は例の様に咳払いをして話始めた。
「皆さんには街の西と東の壁付近を監視してもらいます。あの2人は既に街から出てトカゲを探しに行きましたので」
「わかった。俺らも向かう」
サーキン町長はそれだけ伝えると、足早に何処かへ駆けていった。薄情者という感想は心の奥にしまいましょ。
俺は2人と向き合い、最後に作戦を立てた。
「俺は東に行く。お前らで西に行け。もしも不自然を感じたら俺に伝えろよ」
2人は頷き、俺らは解散した。街の入り口に向かうのも面倒だし、俺は東へ突っ切ろう。
辺りはもう暗く、それほど人は通っていない。元々少ないのか、おっさんが警告でも流したか。どっちにしろ人がいると危ないな。
東の方向は俺が行き止まった方向。つまりは巣穴があった場所だ。俺は前と同じルートで街を駆け抜け、行き止まりの壁を越えた。
月明かりだ。街からの光もあるが、今日の満月はやけに輝かしい。これなら目も十分に効く。
俺は感知魔術を使い、周囲の・・いや、近くにいる男の気配を察知した。
「隠れてんなよ。性悪なバンダナ、この目に拝ませろよ」
下品な笑い声が響き、奴は石礫を投げてくる。その礫は俺の眼球と腹に当たり、男は直ぐに姿を現した。
「よぉ、生意気そうなガキじゃねぇか」
・・・ミリワと勘違いしてるんじゃないか?
性悪バンダナ野郎は俺の眼球に気付き、動揺を見せる。
「・・・ガキ、何故効いてない」
「笑わせんな。奇襲にもなってねぇ事に、お前は気付いてないのか」
バンダナはやらしい笑みを浮かべ、背中の刀を取り出した。刀は男の身長程度の長さがあり、普通の2倍近くはある。無駄でもリーチを長くしたのだろうか?
実際に奴は見かけ倒しにならない。笑い声を上げて自分の位置を知らせ、そこから投石。
「・・・・・・末期だな、悪役騎士団は」
小さなゼホスを狙う理由も小さく、派遣する騎士も雑魚のはずだ。そう考えれば自然に思えてくる。
「いいから構えろ!所詮旅人なんかを俺が斬ってやるんだぜ!?」
俺の身分も知らずに・・・お茶の間が大爆笑だな。今にもドッキリ大成功したいもんだ。
「俺は素手だよ。貧乏なんでね」
俺のジョークにバンダナは変態的な笑い声を上げる。なんだこいつ、ピエロ並みの道化だな。
突然とは言えないが、バンダナが駆け出す。決して速くない突きで俺の心臓から10cmも離れた部分を狙ってくる。
刀が弾かれ、男の巨体は後ろめりになる。男は隙を突かせない様に(出会い頭から何個も隙はあったのだが)後ろへと飛び退いた(後退能力に関してはコナの方が何枚も上手)。
「それは・・・魔術か」
「そうだ、強化魔術」
「なるほど、ただの旅人じゃないみたいだな」
今更っすか。
「ならっ・・これでどうだ!」
こいつが刀を扱う理由は、筋力を活用したスピードを生かすためだろう。結果はどうであれ、刀の長所はわかっているようだ。
バンダナの斬激が俺を襲う。斬るにつれてバンダナの表情が険しくなり、焦りが見てとれる。
とうとうバンダナは、再び距離を取った。何故出てるかわからん汗を拭い、バンダナは不満を漏らした。
「くっそ・・斬れねぇ!」
意味もなく刀をぶん回す。焦りや動揺の他に苛つきがあるのなら、本当に重症だ。
こいつに俺の身分を教えてドッキリ大成功も面白かったが、こいつは身分の差を信じないだろうし、理解も出来んだろう。
これならミリワ達の方へも直ぐに向かえるな。
「・・・何だこれは!?」
自身の声が荒げ、感知魔術に意思を集中させた。マーキングをしたミリワとコナの周りに幾つもの気配が集まり、多分2人は混戦している。
「ぶっ殺してやる!」
バンダナが空気も読めずにまた突っ込んでくる。
「いつまで居んだお前はっ!」
俺も怒りを見せ、奴の腹を蹴り上げた。速度のせいで見えなかったが、奴は星として、銀河の1部となった。
届かなくても、俺は夜空に向かって叫んだ。
「俺はねっ!弱い攻撃にリアクションするのが嫌いなのっ!!」
願わくば、バンダナよ。空気だけは読めるようになれ。
俺は遊ぶ仲間が馬鹿ばっかりだったからか、あんな馬鹿とも遊んでしまった。
今は反省もしていられない。西へと向かおう。
感知魔術に新たな気配が増えた。こちらにやってくる大量の・・ミリワ達を襲う気配と同じ感じだ。
「こんな時に・・!」
近付いてくる毒トカゲの軍隊を対処すべく、俺は魔力を集中させた。
ミリワ達が気になる。大量の気配の中に、1つだけ違う気配があったんだ。俺の推測が当たっているのなら・・!
「くっそ・・爬虫類がぁああ!!」
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西に着いた時、既に嫌な気配を感じた。暗闇の中で緑色の光が大量に浮かび上がり、それが毒トカゲだと直ぐに判断できた。
「コナさん、隠れて!」
「ここで隠れる位なら宿に残ってますよ!」
コナさんから魔力を感じる。そういえば魔術を少なからず使えるんだっけ?なら、頼ってみよう。
ガサゴソという不快な足音が近付き、僕は背中の剣を抜いた。
両手で柄を握った瞬間、手の自由が無くなった。黒い手枷が手の全体を覆い、動かす事が出来ない。
月明かりに輝く牙が目の前に迫り、剣でそれを防いだ。よし、これぐらいなら反応できる。
「ミリワ君!距離を取って剣を上に構えて!」
「・・・えっ!?」
「早く!しっかり力を入れて!」
向こう側から聞こえるコナさんの声に従い、言われた通りにした。後ろへ下がり、剣を上空へ向けて腕に力を込めた。
その瞬間、俺の上から重量が襲ってきた。持ちこたえたが、今のは何なんだ!
重量は剣にまとわりつき、かなりの重さだ。剣を振り回し、それを振りほどく。
自分の顔面に何らかの汁が掛かり、その臭いに噎せかえった。解けた重量の正体を見ようと足元に視線を落とすと、何体かの毒トカゲの死体が重なっていた。
あっ、なるほど。コナさんが毒トカゲを剣の上に送ったのか!
僕も毒トカゲの攻撃を防ぎながら、向かってくるトカゲを次々に倒していった。向こう側では火花が散り、コナさんの周りにいる大量の死体がチラチラと見える。
「(凄いな・・・)」
自覚は無かったが、僕はこの時魔術を羨ましく思った。迫り来る攻撃のおかげで考えなかったが、思った事は事実だった。
「ミリワ君、死にたくなければ屈んで!」
「えっ、ちょっと!」
毒トカゲの攻撃も怖いが、コナさんの死の宣告よりはマシだ!その場に屈み、コナさんを信じた。
「・・・・・・」
「・・・いつまで屈んでるの?」
「・・・あっ、もういいんすか?」
身体を起こし、状況を確認しようと辺りを見渡す。
酷い臭いと光景だ。トカゲの死体が1列になって並び、その死臭は我慢できないほどになっている。
「これなら真馬さんにも良い報告が出来るっすね」
僕は笑顔を向けると、彼女の顔は険しいままだ。
「・・・少ない」
「・・・え、少ない?」
僕には死体の量があまりに多い気がするけど・・・。
「可能性として、毒トカゲがまだ潜んでいるか、それとも・・」
コナさんが突然、倒れ込んだ。僕が困惑して周りを確認すると、いきなり足払いを掛けられた。
「ミリワ君、無防備です!」
「すみません・・って、何をするんですか!?」
「話を聞いてください!金髪は思ったよりも達が悪そうです!私もそろそ・・・っぐ」
コナさんが気絶した。静かに目を閉じ、身体にまるで力が入っていない。
ここで僕も気配を読み取れた。人間の・・凶悪な気配だ。
僕は立ち上がり、気配の行き先を見詰めた。
「おや、君ですか。あの生意気そうなガキの方かと」
生意気そうなガキ?真馬さんはそこまで幼く見えないけど。
「毒トカゲをこれだけ倒すとは・・普通の旅人よりは実力がありそうですね」
金髪が歩き、姿がはっきりと見えてくる。剣を片手に、少しずつ近付いてくる。
「お前らやっぱり悪者か!」
「えぇ、この街にある物を狙いにね」
この際、目的など関係ない!
剣を構え、相手の出方を見る。敵の剣が振り上げられる。
真空刃か!?推測を頼って横へと転がり込むと、先程いた場所のトカゲの死体が両断された。
「あっぶねぇ・・・」
「いわゆる野性的勘ですね。じゃ、チェックメイトです」
思考が塗り替えられる感覚。目の前の景色が変化し行き、喫茶店の景色へ変わった。
『・・・お前に何が出来るんだ』
また景色が変わり、懐かしい学校の職員室。
『魔力が使えないんじゃ王竜は諦めるしかないよ』
景色は暗くなるが、変わることはない。あれ、何でこんな時に・・・こんな事を・・。
自分の身体も倒れる。抵抗も無く倒れるが、痛みはどうでもいい。
そっか・・幻影魔術・・奴はこんな悪趣味なもんを・・。
理解しても抗えない。酷いな、こんな嫌なのに、楽になりたい気分しかない。
『・・・誰が諦める事を教えたんですか!』
気付いたら目の前に剣が迫り、僕は転げてそれを避けた。
「・・・幻影魔術を克服したのか?」
自分の息切れも気にせず、僕は倒れたコナさんを見つめた。コナさんが左手を僕へと伸ばし、悔しそうにまた意識を失った。
『チェックメイト。ミリワ君はまだ、負けてません!』
僕は立ち上がった。
くっそ・・情けない。僕はいつも大事な場面で力を出せない。
真馬さんの言葉が刺さる。そう、僕には力が無く、人に頼るしかない。実際に僕はあの時、真馬さんから連絡が来るまで決心がつかなかった。
先生の言葉が刺さる。僕は事実を認めて受け止める強さがなく、学校からも抜け出して、親に迷惑までかけた。
「・・・僕が強くなれるなら」
こんな前の言葉を思い出したのに、ほんの数時間前の言葉も思い出せなかった。
『こいつだけは守ってくれ。剣の力に頼るな』
僕は本能的に頼った。いつも通り、強さを欲して、間違いを犯した。
手枷が広がり、全身を鎧の様に覆っていった。何よりも精神を蝕み、抗うこと無く僕は力に従った。
・・・・・・そして僕は全てを放った。
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俺が来た時にはコナだけがいた。頭を抑え、よろけて歩くコナの身体を俺は支えた。
「コナ・・・ミリワは!」
「わかりません・・それより・・目を瞑って貰えますか?」
「・・・目を?」
こんな時に?いや、コナの性格上、こんな時だから目を瞑るのは必要なのだろう。
目を瞑ってしばらくすると、肩に手が置かれて俺は目を開けた。
「コナ・・もう大丈夫なのか?」
「はい、それよりミリワ君です!私も気絶して居場所を知りません!」
「・・・マジかよ」
俺は後悔した。もっと速く駆けつければ・・・というより、ミリワを旅に誘った事さえも後悔した。
何が復讐心だ!死んだら全てが・・消えるってわかるだろうが!
「・・・ミリワ」
自分の意思が飛びそうになる。それを防いだのはコナだった。
「しっかりして下さい!速く探しますよ!このままじゃ・・後悔だけじゃ済まなくなります・・」
「・・・・・・っ!」
感知魔術を最大限に活用させ、ミリワの居場所を感知する。
「えっ・・・近い?」
ここで初めて、俺は背後にいる存在に気付いた。いつも通り振り向くと、いつも通りは無かった。
「・・・・・・シンマサン?」
黒い気がミリワから吹き出し、明らかに異常だ。
「コナ、下がれ!」
叫びながらミリワの剣を受け流した。その破壊力で足場が不安定になり、俺は一先ず距離を取った。
観察するとわかる黒いオーラ。見た目はミリワだが、その全身に纏った黒は、悪そのもの。
これしか考えられない。ミリワはデーモンソードに精神を蝕まれている。
まだ悪魔にはなっていない。微かだが聞こえた俺の名でそれはわかる。でも身体の自由は奪われ、ミリワの意思を感じる事は出来ない。
こちらから攻撃する事に躊躇している間にもミリワの攻撃は続いていく。俺は身の危険からして強化魔術を使えず、避ける事だけに徹底した。
強化魔術は弱点として、使ったけど通用しなかったなどの、敵の実力の見誤りがある。それを怖れて俺も使えなかった。
形勢逆転の方法として思い付くのは、剣の強奪。剣から出る黒のオーラがミリワを操っているなら、オーラの出所を剥がすだけだ。
「コナ!いつでもいいぞ!」
「とっくに使ってます!」
コナの拘束もミリワには効かない。普通の基礎能力が向上して、敵がミリワという事実が俺の戦闘姿勢を弱らせていた。
もう・・・こうなったら!
足に強化魔術をかけ、思いきり剣を蹴る。幸運にも剣は手放され、向こうへと飛んでいった。
オーラが薄くなった・・・今!
「ミリワ!目を覚ませ!」
目を覚ます以上、死ぬ以下でミリワを殴り飛ばす。その際、何かが俺に流れ込んで来た。
俺の意識的で、思い込みかもしれない。ただ、ミリワの意思を確かに感じた。
「・・・・・・殺せ?」
間違いじゃないのか?だが、今のは絶対に・・殺せ。
俺は怒った。殺せなんて言葉、俺に言うだと・・!?
ミリワの身体が一人でに動き、転がった剣を手に取った。
「ミリワ・・お前の意思を汲み取ろう」
実はもう1つ、言葉が聞こえた。
・・・・・・助けて。
「ミリワ、殺して助けてやるよ。絶対にな」
ミリワが死ぬなら、俺も死んでやる。それぐらいの覚悟はあるし、そうしなければ意味もない。
「コナ!武器拐いだ!」
「了解です!」
俺がコナに運転席で教えた戦闘方法を、大声で打ち合わせる。その場にいないミリワなら内容を知らない。
何より武器を奪うという着眼点は間違っていない。ミリワと剣を引き離せば、短時間でも忌々しいオーラを剥がせる。
さっきコナに拘束を頼んだが、コナの魔術の真髄は別。コナの魔術は操作魔術だ。
突如、周辺に落ちていた石が浮かび上がり、俺の足元へ集まっていった。石のカーペットが出来上がり、俺もコナの手回しを理解した。
俺もコナが着色した作戦を確実とするため、右腕に強化魔術を全力で掛ける。その腕で突進して来たミリワの剣を防ぐ。
デーモンソードは悪魔の魂、つまりは強力な魔力を秘めているということである。オーラと例えているが、はっきりと目に見える位に魔力が濃くなっているのだ。
だが元は普通の剣を悪魔の魔力で強力にしただけで、悪魔が剣を扱うよりは救いがある。
そのためデーモンソードを受け止め、ミリワの動きが止まる。
石のカーペットが浮上し、一気に弾けた。その石達は俺を避け、俺自身はそこから一歩踏み出した。
さっき同様、足に強化魔術を掛け、ミリワの剣を上空へ蹴り飛ばす。運が良かった以前とは違い、足場を崩して体勢も崩した。難なく剣は手から離れてくれた。
ミリワの身体から黒のオーラが剥がれていく。コナは上空の剣をその場に浮遊させ、ミリワが触れない様にしている。
まだミリワの意思は死んでいない。剣がミリワを操り、ミリワが何らかの理由で考える事を止めているのなら・・!
それならまだ、俺の声は届くと思った。
だけど、届かせる事は出来なかった。
『・・・お前に何が出来るんだ?』
その言葉が俺に伝わった時、全身の細胞が遮断した様な感覚に陥った。血が流れず、筋肉は動かず、臓器は機能せず、そして精神は揺れ動く。そんな不安定な状態に陥ったのか、俺は膝から崩れた。
コナが操作魔術で剣を遥か遠くへと投げ飛ばす。ミリワはそれを追いかけ、その方向へと走っていった。
「真馬さん!しっかりしてください!」
コナの声が聞こえ、脳が塞き止める。考えるに至らず、俺は結論を空想した。
「(俺が・・・悪魔だったのか)」
何よりもミリワの精神を傷付けたのは辛い過去でも、立ちふさがる現在でもない。1人の人間、俺だったんだ。
ミリワは強い。夢を壊され、存在を否定され、それでも立ち上がって強さを求めた。危険な目に会うのを承知で、奴はデーモンソードを手に取った。
俺がいうミリワの強さは、精神が折れようと誇りを忘れない。立派な騎士としての素質。魂の強さだった。それを持つミリワなら、いつかは俺を越すほど強く、誰からも認められる騎士になると思っていた。
ミリワは俺の期待に答えた。ランニングを必死で付いて来て、すれ違う度に疑問をぶつけてくる。俺も呆れた態度を取り、嬉しい感情を隠した。この意欲、強さへの執着を本物に出来たら、ミリワはもしかしたら・・・。
そして、俺は引きちぎっていた。
『・・・お前に何が出来るんだ?』
わかっている。この言葉は半分、自分に向けていた。一馬の存在を忘れようと、あの日突然現れた男は弟じゃなかったと、自分に言い聞かせたんだ。
ミリワにとって、一馬は親友だ。2人がふざけているのを見ると俺は馬鹿だと笑い、羨ましがった。スカウトされた王竜騎士竜胆真馬にとって、そんな想い出は浮かばなかったのだ。
ミリワが駄騎士と呼ばれようと、一馬は親友だった。
俺はそれを諦めろと言った。唯一無二の親友を、忘れろと口走った。
俺と一馬の関係は簡単な物じゃない。何年も過ごし、時間は短くとも出来事に関して俺は、胸を張って言える。
いいや、言わなかった。一馬とミリワを捨てた言葉。
『だから・・・俺には出来ないだろ?』
夢を失い、それでも頑張るミリワを賞賛しておいて、これだ。
俺よりもミリワの方が何百倍も強い。一馬が消え、俺は無かった事にして投げ捨てる。ミリワはそれでも足掻く。
何よりも、捨てられる想い出と、捨てるはずの無い想い出。前者を築いた俺にこそ、兄を名乗る資格などない。
『それでいいの?また守れないの?』
誰かの声が俺に向けられようと、俺の脳は止まらない。
ミリワが死ぬなら、俺も死んでやる?お前が1人で死ぬんだよ。
『またそうやって知らんぷりする』
声が聞こえる事実は伝わるが、内容までは伝わらない。
コナにも、迷惑かけたよな。仕事ばかりして世間知らずな俺の世話係って・・報われないよな。
『貴方は普通じゃ死なないのに・・考える事は死んでるよね』
「うるせぇ!話し掛けんじゃ・・」
目の前に広がるのが何かわからない。ただ真っ白な景色が地平線まで広がって。そんな表現も間違っている様な。
そこに俺の姿はなかった。でも不思議と着目せず、俺はその景色に見とれていた。
『ふふっ、前とおんなじ。こわい顔で脅かして来たらぱっと・・そんな表情になる』
声の主はわからない。声質から誰かと判明する事も、そもそも聞こえない声を聞いている様な・・訳のわからない世界だ。
今わかるのは、俺が何かを考えていたら世界が生まれたこと。声の主は俺を見えているけど、俺は自分や声の主も見えない。
『あれぇ~、前よりは顔色が良く見えるね~』
「別に・・前っていつだよ」
セリフからして、お調子者なのかと思う。そう考えている途中に、またセリフが伝わってきた。
『とっっても大昔!かもしれないし、とっっても大未来!』
「どっちなんだよ」
『可能性としてはとっっても最近でもあるかもね』
意味がわからん。時間の無駄だし、この状況から脱しよう。
『出会いは不思議だよ?自分だけが相手を知ってるのか、相手が知ってるのか、お互いが知ってるのか』
「つまり・・お前は俺を知ってるけど、俺はお前を知らない?」
『いや?私達は出会ってるよ?』
なら含みを加えないで欲しい。真面目に聞いてみようと思った矢先がこれだ。
『私達は愛し合ってたもんね』
「馬鹿いうな、俺に恋愛経験はないよ」
あれ、俺は変な事を覚えているな?
「さてはお前、前世で会ったとか?」
『可能性としてはね』
「ふむ・・前世の結婚相手とか?」
『可能性としてはね』
「・・・浮気相手だったり?」
答えは変わらなかった。多分これ以上の質問も同じ様に流されるのだろう。
『可能性とすれば、不可能に近ければ不可能という訳でも無くなるよね?どんなに小さくても目指す。可能性は希望』
「・・・間違ってはないな」
誰かの話に引き込まれていると気付き、俺は冷たく突き放した。
「もうやめろ!俺には大事な役目があるんだ!」
『・・・役目って?』
「細かくは言えないが・・・って」
『覚えてないでしょ?この世界は大事な事を忘れちゃうんだ』
ほう、俺にとって恋愛経験ゼロは重要な事柄ですがね。
『参っちゃうよね~』
困ってるとも、楽しそうにも感じれた。
「お前も忘れてるのか?」
『うん!私は重要を忘れて適当に過ごすの!君の生き方を見つめながらね』
「何で俺の生き方を?」
『波瀾万丈で・・映画の主人公みたい!だけど性格は主人公に助けを求めるキャラで・・ほっとけない感じ!?』
まぁ、何かを悩んでいた記憶はある。悩むなんて誰でもするが、かなり大切な考え事だったのも違和感でわかる。
「じゃあお前は俺の悩みを知ってるんだな!?」
『知ってるよ?でも、口に出せない。何より世界から出れば内容は嫌でも思い出すよ』
「・・・世界から」
辺りは右も上も後ろもない、1面だけの印象がある。出口は無さそうだし、戻りたいと願っても景色は変わらない。
『世界から出るには勇気がいるの。旅に出るのもそう。新しい物事を見るのは、自分の世界から出ることなの』
「・・・だから?」
『君の考え方はつまらない!君の物語は私以外も期待してるのに、鬱な表現ばっかり!ホームランを打つ気にならないの!?』
「・・・ホームラン、か」
穴が空いた。恐らく右と現せる方向に、景色が破られ穴が広がっているのだ。ブラックホールの様に俺の存在は吸い込まれ、あの景色が薄くなっていく。
俺は振り絞る様に声を上げ、もう1つの存在に問った。
「俺は・・・どうすればいい!?」
自分で見付けるべきだとはわかる。でも、他人の意見が欲しくて、俺は言ったのだ。
景色が暗黒になった時、言葉を感じた。
『・・・・・一緒に旅をしよ、真馬様』
目が覚めた時、頬がくすぐったく、何かの匂いがした。
誰かが頭を撫でてくれる時は、髪を触られるのが心地好くて、とても良い香りがした。
コナ。いつも支えてくれたよな。凄い可愛くて、見てるだけでも元気が貰える。家事が上手で、気配りが出来る。なんか理想の女の子で・・手が届かないと思ってた。
ミリワ。いつも馬鹿してくれたよな。自分の過去も表に出さず、明るく振る舞って人を楽しませて、本当に凄い奴だよ。お前が俺を頼るのが嬉しくて・・俺も頑張ったんだよ。
一馬。俺が代表騎士になれた日、わざわざ電話して来てさ。俺が夕飯作るって、俺が話そうとしたら通話を切ったよな。楽しみにしてたんだぜ?そしたらお前はスーパーで惣菜買ってきて・・だから俺は冷蔵庫の残り物を片付けろって言おうとしたんだよ!凄い嬉しくて旨かったけど・・やっぱり家事は覚えて欲しい。
真馬。俺は馬鹿だよ。弱くて直ぐに落ち込む。それも優しさと言えれば楽になれるとしても、俺はマイナスにばっかり考えてたよな・・・終わりにしないか?
俺は目を開けた。
「・・・真馬さん、もうひと頑張りです」
彼女の笑顔で全身の細胞が震え上がった。こちらに向かってくる黒い邪念を確認し、俺は横へ移動した。
月明かりに反射した剣は、全体が返り血を浴びていた。構わず手に取ると、気持ちの悪い液体が張り付き、少し振るだけで辺りに舞う。
これは・・・金髪野郎の剣か。じゃあミリワは金髪を・・。
「・・・悔しいよな、ミリワ。お前の初勝利、コゲに奪われたんだぜ?」
強化魔術は使わない。俺の実力、経験、過去、精神、そしてミリワを信じ、全てを預けた。
黒い塊が剣を構えて走ってくる。俺はそれに対し、真っ直ぐ、面と面で向かって見せた。
今度からは余計な事を考えず、お前を強くするから。真っ正面で相手してやるから。
「・・・強くなれよ、ミリワ」
俺の剣とミリワの剣が交わり、鈍い金属音が鼓膜を揺さぶる。辺りの草が風を受けずに一瞬止まり、世界が止まった。
粉々になったデーモンソードが地面にバラける。黒いオーラが剣とミリワから放たれ、宙を舞っていく。しかしそれは直ぐに砕け散り、白い粒子が世界を覆った。
仰向けに倒れたミリワの額を軽く叩くと、少し唸ってから反応が出る。
小さい声で・・・大きな夢だった。
「僕・・強くなるっす。今度は守れるように、強くなるっす」
「そうか・・お前は・・」
核円都市でミリワは禁術を掛けられ、魔術を失った。
そしてミリワは魔術無しで、強くなりたいと願った。
「お前・・強いじゃねぇかよ・・!」
違ったんだ。
ミリワは誰かを助けようとして、禁術を喰らったんだ。
今度は人を、自分だって守れる。そんな強さが欲しい。それがミリワの願いだったんだ。
そう、ミリワは騎士だったんだ。
白い粒子が消え、辺りはライトによって照らされる。
街の連中が駆け付けた時には、3人共眠っていたらしい。