1章 3話 駄騎士の友
一馬を見つけ出そうぜ作戦において、まず重要で最初に行う事は粗方決まっていた。ミリワは1度帰宅し、コナは元々少ない荷物をまとめあげていた。
自分が言った通り、この旅は何が起こるかわからない。長い年月をかけるかもしれないし、命の危険だってあると思う。入念な荷造りで旅の成功率は上がるといっても・・いい。
自室から着替え、他の部屋から日用品などをかき集め、それを庭へと運んだ。料理器具は既にコナの荷物と共に運ばれ、結構な量になっていた。
庭の面積はそれほど広くない。趣味で育てている鉢植えがスペースを少なからず取っているため、鉢植えが庭の面積を狭く見せているのだ。
「コナー、鉢植え持ってこうと思うんだけど」
窓からコナがひょっこりと顔を出した。手に持っているモップが気になるが、重要だとは流石に思えない。
「それならお隣の方が面倒を見てくれますよ。交渉してきたので」
「ホンと?サンキュー」
趣味から始まったとはいえ、枯らすのは殺すことと同様。お隣も他人の鉢植えであるというプレッシャーがあるだろうし、確かお隣は自宅で小説を書くのが仕事だった。思い出したら直ぐに水をやりにこれるだろう。
荷物を庭の端へ寄せ、俺はミリワの帰りを待った。手のケアをしようと何故か俺の洗顔クリームを手洗いに使ったミリワを殴り、ミリワは頭を抑えながら家へと走っていった。奴でも大幅に人を待たせるとは思えないし、あいつは普通に優秀な奴だ。
少しでも認めた俺が間違いだったらしく、俺は甲冑を着た男の頭を強めに叩いた。
「ミリワ、なんの真似だ?」
「いやだって・・強くなりたいなと思って」
「なんで形から入っちゃうんだよ。鍛え方に耐えられる精神を身に付け初めて、人は特訓の道を辿れるんだぞ」
最初に筋トレして筋肉を付けようとする奴は、上手く筋肉が付いたとしても所詮はそこまで。相手によっては精神力が何よりも大切となることを教えてやらないと駄目だな。
甲冑は仕方なく俺の家に置いておき、元ある荷物の山にミリワの荷物を積み上げた。
「・・・中に変なの入ってないよな?」
「はは、そんな馬鹿な」
誤解しないで頂きたいのだが、俺はこの猿芝居に気づけないのではなく、面倒だから中身を確認しなかったのだ。
どうやら家の掃除をしてきたコナが玄関から庭へと回ってくる。服装も動きやすい物に変わっており、武装という名とは程遠い。
「真馬さん、荷物はそれで全部かと」
「サンキュー、ミリワは忘れ物ないな?」
「無いはずっすよ」
ミリワの言葉に反応し、俺はミリワへ詰め掛けた。
「無いはず?それは何の確証もないけどなんくるないさー的投げ出した奴の台詞だ」
「なんくるないさーって、ちゃんと確認しましたよ。これで忘れたら文句も言えないぐらい確認しましたよ」
話の進行を考え、俺はミリワから離れた。切り出すタイミングを見付けたコナが、颯爽と話始めた。
「・・・何で行くんですか?」
「コナ。旅に行くならキャンピングカーだろ?」
「いえ、ここにキャンピングカーがあるなら私は何も言いませんよ。もしかして真馬さん、買いに行くとかじゃ・・」
「コナくん。全ての可能性を疑う事は例え神でも無理に・・等しい」
「迷いが見えましたけど・・・って、えぇ?」
昭和の巨大ロボが発進するような轟音をかき鳴らし、庭の地面が開いていった。左右に開いて空洞になった穴の下から、それは立派なキャンピングカーが姿を現したのだ。
コナとミリワはポカンと口を開けている。なんだ、元だが代表騎士だぞ?
「・・・この可能性はあっても信じないですよ」
「無駄に登場が派手っすね・・」
「車内を見たらそんな文句は2度と言えなくなるぞ。通称ごぼう抜きの怪物には理屈が通じないんだ」
「車内みる前にごぼう抜きしてるっすよ・・」
ポケットから出した携帯を車に押し付けると、改札を通ったみたいな電子音が鳴り、ドアが開いた。
「よし、入ってみろよ」
やはり興味を持ったか、二人とも我先にと車内へ入ってきた。
「あれ、車?」
「うん、車」
ミリワが素朴な質問をしてくるのも無理はない。車の中は玄関のみとなっているのだ。
「この車は特定の人物が乗ると一軒家ぐらいの間取りに拡張するんだ。左の扉から運転席に行けるんだけど、運転中は魔力を使わなくちゃ動かせない」
「じゃあこの広さも魔力で?」
「あぁ、俺なら十分こいつを生かせるさ」
騎士団ゴルフ大会でこんな良い物を貰えてラッキーだった。使い所が無くて地下にしまっていたけど、こんな形で使う日が来るとはな。
「旅にはもってこいっすね、ド●えもん」
「馬鹿にするな、俺はし●かちゃん並の女子力を誇っているんだぞ」
四次元を疑うような非現実さはわかるが、魔力なんてそんな物だ。手頃な不可能を可能にする力なのだから。
というか、ミリワの奴。魔力を使えるのに何でこんなことも知らないんだ?そんな知識量で魔力を持つというのか?
「真馬さん、探検していいですか?」
服の裾を引っ張ってくるコナが、恥ずかしそうに聞いてくる。なに可愛い事を言っているんだよ。
「荷物持っていって好きな部屋を使いなよ。探検はそれからな」
「やったぁ、ありがとうございますっ」
庭へ荷物を取りに走り、そしてもう帰ってきた。修学旅行で部屋に入ってきたテンションで見てるこっちは微笑ましい。
ミリワも自分の荷物をさっさと持ち出した。部屋の位置取りは把握しておいた方がいいだろう。ルームプレートが部屋の扉にかけられているが、目的の場所へ真っ直ぐ行く方が面倒でない。
俺も荷物を自室へ運ぶ。団長の計らいで家の自室と同じ部屋があるはずで・・ここだっけか。
廊下を奥へと進み、赤色の扉には真馬と書かれたルームプレートがかけられていた。ここで間違い無さそうだ。
扉を開くとビックリ仰天。家の自室と同じだとわかっていても、これは感動さえもする。
荷物の配置を一気に済ませ、俺は部屋を出た。二人がどの部屋に行ったかを確認する必要がある。
マジで直ぐに見付かった。自室を出て左に行った所にミリワの部屋があり、名前の書かれたプレートが既にかけられている。
ノックして部屋に入ると、そこにはミリワがいた。服をタンスにしまっている所だった。
部屋の広さは俺の部屋と至って変わらない。外見が少し違うだけで、優劣を付けるほどの差はないようだ。
「ミリワ、終わったらリビングに来てくれ。玄関にある右の扉だ」
「オッケーっす」
さて、次はコナの部屋だ。部屋の数はそれほど無いし、恐らくあっちの方だろう。
自室の前を通り進んでいくと、案の定コナの部屋があった。エチケット的理由でノックをするが、返事がない。
俺は部屋を確認しながら、リビングへ向かった。
「真馬さん!トイレってどこすか!?」
「目の前にあんだろ」
ミリワを軽く対処し、俺は玄関へ急いだ。リビングの扉を開き、そこにいるコナに話し掛ける。
「あっ、真馬さん」
リビングとキッチンは同じ部屋にある。調理器具を整理し終えたコナは、3人分のコーヒーを淹れていた。
「部屋の片付けは終わったんだな」
「大体の荷物は着替えだけだったんです。日用品は買い置きを使わせて貰っているので」
「そうだったな。・・・そろそろ来るだろうけど」
「おまたせしましたー」
予想通り、ミリワがトイレから戻ってきた。皆が椅子に座り、会議を始める。
決めるべき事はまだある。これからの旅を大きく左右し、俺達の関係さえも変えてしまうルールを。
「今から作るルールは全部で3つ。炊事洗濯、運転、掃除。これをサイクルさせよう」
話し合いの結果、役割分担が決まった。
ミリワは才能のレベルで炊事が出来ない。ギャグ漫画並の飯を作らせるぐらいなら、免許を持っている事を生かして運転と掃除のみを任せる。
コナは炊事洗濯に掃除はお手の物。そして可愛い。免許が無いならその2つを任せるのが道理だ。
俺は全て出来るが、流れ的に掃除が出来ない事になっている。
真馬、運転 ミリワ、掃除 コナ、炊事洗濯
真馬、炊事洗濯 ミリワ、運転 コナ、掃除
このサイクルを交互にやっていく。何か問題があったら他をカバーする形なら、誰も文句は無いだろう。
続いて決めるルールは、それ以外の予定だ。
「目的が決まるまで移動が出来ない期間も出来るだろう。その時は何処かしらの街や野原に車を停める。そこで重点的にミリワを鍛えてやる」
「・・・てっきり毎日鍛えるのかと」
「肉体的特訓はその時だけだ。精神的特訓は毎日するがな」
「ん・・、イエッサー!」
理解していないが言う事は聞いておくべきだ。ミリワは中々利口な考え方をしている。
「よし、それじゃあ解散!出発は明日の朝。ミリワは部屋で休んでいていいぞ」
「了海っす。失礼しますねー」
ミリワはリビングから出ていった。残ったコナは立ち上がり、大きく伸びをした。
「じゃあ私は夕飯の支度をしますね。もう夕方ですし」
コナはキッチンに回り込み、冷蔵庫の中から食材を取りだし始めた。俺はコーヒーを啜り、テレビを付けた。
50代ぐらいの女性が泣いている。被害者の母親である女性はインタビューを避け、カメラの画面から消えた。
レノピア事件の犠牲者は死んでしまった人達だけではない。残された家族だって辛い思いをしているんだ。一馬がした事はそういう事だ。
「コナ、旅の行き先を決めたい。何か心当たりはあるか?」
「んー?そうですねー」
こちらに振り向かず、包丁を使う手を止めずにコナは俺の質問を聞く。一馬と最後に接触したのがコナだとしたら、コナが何か知っていてもおかしくない。
「一馬さんはバイクで移動しているはずです。サイドカーに荷物を詰めてたのを覚えています」
「あいつ・・いつのまに免許を持ってたのか」
仕事もしてなかったくせに・・。
「それで多分、ゼホスへ向かったはずです。ガイドブックに付箋が貼ってありました」
「・・・何あいつ、観光するつもりなの?」
ゼホスはここから一番近い街だ。それゆえ日時的に遭遇は出来なくても情報を掴むには向いている。
「・・・・・・」
「・・・どうしたんです?」
急に黙ったのが気になり、コナは手を止めて振り返った。俺はリモコンを手元でいじりながら、その考えをうち明かした。
「一馬を見付けたらさ・・・俺は何をすればいいんだろ」
素朴な疑問だった。自分を追いかけてくれた事に感動を覚えようが、それは兄の立場を言い訳にして騎士団に突き出す事なのだ。一馬がどう感じるかわからない。こんなこと、初めてではないんだがな。
「一馬はどう思うんだろ。弟を追いかけるのはまだしも、犯罪者を追いかけてくるなんて思うか?もう俺は騎士じゃないのに」
「一馬さんがどう思うか。決まってますよ」
「・・え、マジで?」
一歩先を行く予想外な答えに俺の視線もコナに引っ張られた。でもコナの背中が見えるだけでその表情までは見えない。だがその声で彼女が笑っている事に気付いた。
「まず絶対に、呆れますよ」
「は・・・・違いねぇ」
考え付かなかったが、それは俺も同意だ。一馬と立場を逆にして俺が犯罪者なら、一馬が追いかけてくる事に呆れてしまうだろう。
「実際私自身、この旅は反対だったんです」
「そうだったな。一馬に言われてたんだろ?」
「そうです。まぁその言い分にも反対しちゃったんですけどね」
コナは犯罪理由を知らない。なのに一馬の段取りに付き合わされる悪い言い方で操り人形。俺は世話係なんてもう必要ないと思ってたが、彼女なりに責任があるから無下に出来ないのだ。
「今だから言いますけどね。ミリワ君を連れていくのも反対なんです。一馬さんの話からはミリワ君がこの件に首を突っ込むほどでは無い気がするんです」
「・・・ん、一馬から聞いてないのか」
ミリワの事情も聞いてると思ったが、俺の思い違いか。
今後の事を考えれば話しておくべきだな。
「コナは駄騎士って知ってるか?」
「・・・わかんないです」
「駄騎士は1つの差別用語だ。騎士になるから通う騎士団学校に通っていたのに、卒業後入団さえしていない人の事だ」
騎士団学校は世にあまり馴染んでいない。騎士団の活躍を知っていようと、子が目指せば親は止め、最終的にはどっちが諦めるかで進学が決まるのだ。
「騎士団学校は数が少ないけど騎士団になるための設備は一級なんだ。そいつに合ったプランで着実に強くなれる。そりゃ本人の頑張り次第だがな」
「騎士団学校は騎士団に入った時の危険性から良いイメージを持たれませんよね。入学者は減っているらしいですし」
「その特訓もハードらしいからな。俺は半場スカウトの形で騎士団に入ったから知らんけど。本来は学校である程度の成績を修めて騎士団に入るんだ」
そこら辺は通常学校と同様で、騎士団学校の違いは騎士団に入るための修行が殆どな事だ。
「俺とミリワが会ったのは騎士団学校の講演会でだ。行われた講演会の感想などを書いて先生に提出するんだけどさ」
「もしかして真馬さんが講演を?」
「お前は俺を誰だと思ってんだ」
まぁ講演会は王竜の騎士がやることは決まっていたのだが、体調不良により俺が代理で講演したのだ。前日の夜に団長から連絡が来た時にはキレたんだけどな。
それでも俺は行った。何しろ期待の新星がいるって、騎士団学校では珍しい評価を持った奴がいると噂で聞いていたからだ。
「先生が1枚の感想が書かれた紙を読ませてくれたんだ。ミリワの奴、王竜入団を志望してたんだよ」
「え、えぇ?」
「ミリワは生徒会長であらゆる分野の成績がトップだった。まぁそんな奴は何人かいたし、それだけで驚きはしなかったんだけど」
俺は頼んだ。こいつの授業を見学させて欲しいと。しかし生憎やっているのは魔力砲発。だから一度は諦めたんだ。
「俺が廊下を歩いてたらな、視聴覚室から拍手喝采が聞こえたんだ。覗いてみたら一人の男が魔力砲発を行い、周りは取り巻くようにそれを見ていた」
「その人がミリワ君なんですね」
「魔力砲発はイメージだけで出来る魔術だ。シンプルに念動力と呼ばれるぐらいにな。だけど加減をするのは難しいらしく、殆どの生徒は適当にやっていた。出来ないからと」
「魔力砲発ですか。私は母が魔力を使えたんので、少し教わってたんです」
コナは親から教わっていたのか。魔力は感情の高ぶりで簡単に漏れる。魔力をコントロール出来ようが、魔力を持っているなら常に冷静でいることが大事なのだ。
「でもミリワは違った。標的となる的を確実に射つだけでなく、魔力の形を変えたりして工夫をしていた」
「つまり真馬さんは向上心を魅せられたと」
「そういうこと。それでも俺は重要視せずに帰ったんだけどね」
当時の俺は当然だと思っていた。人一倍努力して運が悪くなければ結果は付いてくる。王竜入団を諦めた人なんて幾らでもいたからだ。
「その後、一馬が何故かミリワを招待してきた。理由は教えてくれないんだよな・・」
「じゃあミリワ君も教えてくれないんですね」
「あぁ。ったく、薄情な・・」
理由はともかく二人が知り合った事に驚いたのは事実だ。俺もミリワの顔を忘れ、言われるまで誰だかわからなかった。だから突然家に来て驚いたんだ。
「俺は王竜について色々聞かれてな。質問に答える内に俺もミリワを・・少し面白くなった」
「・・・面白く?」
その時には少し団長の気持ちがわかった。団長が俺を鍛えたように、俺がミリワを鍛えたらどうなるのか。それを考えると王竜が変わると思ったのだろう。
「ミリワが王竜に入団できるかは確証が持てない。だけどもし入れたなら、王竜がどうなるか俺は楽しみだった」
「あ・・ミリワ君は入団出来なかったんですね・・」
「出来なかったけどな。ミリワの向上心は本物だし、それに答える潜在能力は十分にあるんだ」
入団出来なかった過去を悟ったコナの暗い顔は一変した。
「なら、二人とも頑張らないとですね」
俺がミリワを強くしたい理由がわかったからだ。
「コナも旅の目的があってもいいんじゃないか?俺と一馬のためだとしても、自分がやりたい事は無いとな」
「・・・そうですね、考えておきます」
話はそこまで長引いてもいないが、既に良い匂いが漂ってきた。
コナに促されて俺は自室へと戻った。ベッドに寝転んで天井を見上げる。見た目は休んでいる様に見えて、魔力を車に流しているのだ。少量であってもこの時だけは集中しないといけない。
昨日今日で決めた旅だが、一馬が犯罪者になった瞬間から決まっていたのかも知れない。俺だって各地を旅して色々な事を学ぶ必要がある。
騎士団で生きてきた俺にとって、世の中がどんな風に見えるか。
「・・・・・・観光でもするつもりか、俺」