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騎士解雇ストーリー  作者: エスト
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1章 2話 彼女の存在

経験のない感触が頭を襲い、俺はそれを警戒した。


いつの間にか俺は眠っていて、身体はベッドにある。周りに用心するため眼は開かず、気配感知に集中する。


どうにも頭がくすぐったく、意識が集中できない。


恐る恐る目を開くと、そこにはコナがいた。


コナの手は俺の頭に伸びていて、感触の正体がわかった。


「あれ、起きちゃいました?」


俺の開かれた目に気づき、コナは手を引っ込める。少し名残惜しそうな表情をしているのは、気のせいだろう。


頭を撫でられるとこんなに気持ちいいのか・・もう少し寝とけば良かったな。


「・・・いつの間に寝てたんだな」


「はいっ、それはもう気持ち良さそうに」


俺は精神的に回復していたらしい。眠れば思考を落ち着かせる事が出来ても、以前の俺は眠ることすら出来なかった。


「・・・ありがとな。お前のおかげだよ」


「どういたしまして。私も嬉しいですよ」


思考も落ち着いたことだし、改めて話す必要がありそうだ。


「なぁ、コナ。お前について説明してくれないか?」


「私ですか?そうですね・・どこから話せばいいか・・」


腕を組んで悩んでいるが、こっちからしたら全てを話して貰いたい。


一馬が世話係を雇った理由は、俺のためだろう。それは第1の不自然だ。


家事も出来ない一馬が雇った事だ。俺が一馬に雇うなら未だしも、何故俺に世話係を付けるのか。


実際に、俺はコナに救われた。それが一馬のさしがねであることも、認めざるを得ない。


「それよりもご飯にしませんか?朝ごはん出来てますよ」


「ん、そうだな・・腹も減ったし」


身体を起こして、大きく伸びをする。窓に近付き、カーテンを勢いよく開ける。


「今日もいい天気だな・・」


「お昼から曇りらしいですよー」


「そうなのかー、はっはっはっ」


「真馬さん、機嫌が良さそうで何よりです」


「・・・・・・なぁ、何故にもう朝なの?」


騎士団アジトに向かい、家に帰ってきたのは夕方だった。その後眠ったとしても、まさか朝まで眠るとは思わなかった。


時計を確認すると朝の9時。おそらく15時間は眠っていたらしい。


「こ、こんなに眠っちまうなんて・・・」


「疲れが溜まってたんですよ。でも顔色もよくなりましたね」


コナの言う通り、身体から重苦しい感覚は抜けている。一馬について悩んでいない訳ではないが、昨日とは違って頭は回る。普段の調子を取り戻せたようだ。


別段朝になったからといって、問題があるわけでもない。寝過ぎた事に後悔する様な立場や状況でもないのだ。


俺が部屋の扉に近付くと、コナは扉を開いてくれる。軽く会釈をして、そそくさと部屋を出た。


コナの歩行を意識し、歩くスピードを調節する。コナは静かに後を付いてくる。


「・・・いてっ」


階段を降りるとき、踵を角にぶつけてしまった。思わず口に出してしまったが、まるで痛くない。反射的に言ってしまう事は良くあるよね。


そんな軽はずみな反応で、こうなってしまったのだ。


何故か現れた椅子に座らされ、足に包帯を巻かれてしまった。抵抗も出来たが、コナの行動は完全な善意である様で、無下には出来なかった。


「その・・・ありがとう」


「いいえ、私はお世話係なので」


お世話係、家事代行人とでも言えばわかりやすいな。その家の家事を引き受け、家主のサポートをする仕事だ。


だが、俺も家事はできる。騎士団の仕事があろうと、家事も今までは両立してきた。


でも俺の精神をケアしてくれたのはコナだ。コナがいなければ俺は家事も出来なかっただろう。


何よりコナは俺と一馬の最後の接点。消えた一馬については俺より詳しいはずだ。


階段を降りると、旨そうな匂いが漂ってくる。リビングからするトーストやスープの香りに食欲をそそられる。昨日は夕飯を食べていなかったのもあるから、普段より食欲が大きいのだろう。


「すまん、コナ。飯まで作らせて」


「・・・むー」


コナは何故か不機嫌そうに頬を膨らましている。何か粗相があったのか。


「ど、どしたん?」


「私は謝罪よりも感謝が欲しいです。その方が私も気持ち良くいられますよ」


あっ、なるほどね。謝るのが必要でも、感謝を伝えられた方が人は良い気分になれるもんな。


「そうだな、ありがとう」


「・・・ふふっ」


コナの不機嫌そうな表情が笑顔に変わり、少しだけ笑って見せた。


「それじゃ、いただきます」


彩り豊かに飾られたサラダや、味わい深い香りと湯気が立ち昇ったコーヒーを見ると、何とも爽やかな気持ちになる。


俺は早朝のランニングを日課にしてきたが、遅く起きても朝は爽快とした気分になれるんだな。普段走っているだけじゃ気づけない発見だ。


朝食はシンプルであるが、コナの実力は見て取れる。迅速で丁寧な調理は、料理を見るだけでわかるものだ。


コナは朝食を既に済ませていたらしく、下げてあった皿を洗っている。コナが着ているエプロンのフリルが可愛く動く。


「・・・・・・新婚ってこんな感じなのか」


心の中での発想が、呟くように声が出た。その声を上書きするように、皿の割れる音が部屋に響いた。


コナの過保護・・というと失礼であるが、彼女の献身的な対応を考えると、大袈裟に皿を割ったことを反省しそうだ。


だがそうでもなく、コナは動く事もない。エプロンのフリルが揺れているのを見ると、震えているのがわかる。


「・・・・・・・・・」


無言ではあるが、俺は後悔に押し潰されていた。


「(やっっっちまったぁぁああ!!!)」


何秒か前の自分をぶん殴ってやりたい。コナの気持ちも考えず、何を浮わついた事を言っているんだ。


「そ、その・・真馬さん」


背を向けたままコナは喋り出す。顔を向かない彼女からは威圧感さえも感じられ、俺は後悔と共に自分を責める。自分に責任がある分、恐ろしい。


「私には好きな人がいるので・・・」


「・・・あ、うん、はい」


生まれて初めての失恋・・・いや、恋さえもしていないのだが、ここまで間抜けな振られ方があってたまるか。


いいや、自らに言い聞かせろ。今のは無かった事にするんだ。


「ご馳走さま!美味しかったよ!」


「そっ、そうですか!良かったです!」


声を張り上げるだけで真意の籠っていない会話。一馬と和解する前の会話よりはマシだが、これも辛いな。


「そうだ。今日ちょっと出掛けるからさ」


「そうなんですか?じゃあ私は掃除をしておきますね」


コナは俺の部屋などの2階層は掃除をしたが、1階はまだ掃除をしていないらしい。台所周辺は片付けられているが、リビングは荒れたままだ。


あの会話風景から逃げるように、俺は自室へ戻った。


「そういえば・・シャワーを浴びないとな」


騎士団服のまま眠ってしまっていたため、風呂にも入っていなかった。


着替えを用意し、風呂場へ向かう。脱衣所の扉を開くと、そこにはコナがいた。


・・・・・・服は着ているんです。


「お風呂の準備は出来てますよ~」


浴室から微かに洗剤の匂いがした。前以て風呂掃除をしていたのだろう。


「そっか、ありがとな」


「はいっ、どういたしまして」


満足そうにコナは笑い、そそくさと脱衣所から出ていった。


コナが掃除してくれたし、感謝して入らせて貰おう。


俺は元々風呂が大好きだ。普段は1日に2回は入らないと気が済まないレベルだったりする。潔癖症などではなく、ただ単に風呂という環境が好きなのだ。


浴槽の蓋を開けると一気に湯気が昇ってくる。部屋の中を湯気が充満し、噎せそうな息苦しさが久しぶりに思えてくる。


髪を洗い、身体も洗う。そうして浴槽に浸かると、言葉に出来ぬ快感が身を包んでくれる。


「ふぅ・・・やっぱ風呂だな」


俺が死ぬ時は棺桶を浴槽にして貰おう。


朝、風呂に入るかどうかで1日が変わる気がする。目覚めが悪くても風呂に入れば関係がない、本当に素晴らしい空間だ。


「真馬さーん」


脱衣所から聞こえるコナの声。その声だけで俺の脳内はフルスロットル。


例えばコナが、浴室に入ってきたら。そんな考えが無駄に働いてしまう。20歳で思春期なのか、俺は。


いいや、俺はそこまで単純じゃない。気高き騎士の魂を思い出すんだ。


「ここにタオルを置いときますねー」


「あぁ、サンキュー」


正直、今の受け答えのみで精神力を結構使った。コナの足音は遠ざかって行き、邪な願望も儚く散った。


「うんうん、これでいいのだ」


俺は浴槽から出て、一応洗っていなかった背中を流し始めた。


・・・・・・最初から期待した訳では無いんですよ?


濡れた身体を拭いて、服に着替える。久しぶりに着る私服で、妙な感じもする。


十分な睡眠と入浴によって、かなりのリフレッシュが出来た。これなら良い結果が期待できる。


自室から持ってきた財布と携帯を持ち出し、コナに一言済ませてから家を出た。


昼飯の事を考えると、なるべく直ぐに帰るべきだろう。コナが俺の携帯に連絡出来れば話は早いが、番号を教えるのを忘れていた。


「さてと、始めるかな」


感知魔術を広範囲に広げる。この街にいる人間を全て調べ尽くすために、意識を集中させる。脳内に広がる人間のイメージを1体ずつ処理して、分析していく。


この何年かで騎士団の名誉や地位が急上昇し、三界の外交問題も大分減ってきた。


天使と悪魔は生まれもって魔力を持っている。幼い頃から魔力を体に慣らせるため、知識を得るだけで簡単な魔術なら扱える様になるのだ。


だが人間は違う。莫大な勉強や特訓を経て、やっと魔力を身に取り込めるようになるのだ。人間が魔術を扱える様になるには、人間離れした能力に、命を厭わぬ覚悟が必要になる。


生物としての能力からして、天使悪魔と人間には差がありすぎる。何年も前には異界での犯罪行為が増大し、人間界の被害も増えていくだけだった。


そのための騎士団だ。騎士団の活躍によって犯罪数が減り、超生物の暴走も少なくなった。騎士団は人々の憧れとなり、唯一天使悪魔と同様の能力を持てるようになったのだ。


何より人間は応用が効く。天使は悪魔の術は使えず、悪魔は天使の術を使えない。だが人間なら魔力を多く持てない代わりに、両方の魔術を少なからず使える。


現在は三界のバランスが取れ、外交問題も穏やかになってきた。未だに一般人の異界飛びは出来ないが、昔と比べたら大いなる進歩なのだ。


今使っている感知魔術は魔力を広範囲に放っているだけで、これぐらいならコツを掴めば誰でも使える。


この街には天使悪魔はいない。だが今探しているのは他である。


「・・・・・・やっぱりか」


この街には流石に一馬はいなかった。最初から犯罪者として逃避しているのは大体判断出来ていたんだ。この感知は一馬の持ち物が何一つ消えていなかった不自然からしたまでの事だ。


わかっていた事だから、ショックは軽減できた。昨日で全てを受け、コナのおかげでそれからも何とか立ち直れた。


一馬の事は騎士団に任せる。俺にとって出来る事はない。


俺は心の中で割りきっているのだ。一馬は弟でない。そうとまでも考えられていた。


感知を終了させ、俺は歩き始めた。今日出掛けるのには目的があるためで、感知は本命でない。


待ち合わせの時間を考えると、少し急ぐ必要がありそうだ。あと2分間でカフェに行かねばならん。


今日は人通りが多く、道を歩くのにも一苦労だ。空でも飛んでしまえば楽になるんだろうが、空を飛ぶ魔術も一苦労なのだ。


仕方なく大通りを歩くと、やがて目的地のカフェに着いた。扉を開くと頭上のベルが鳴り、カウンターにいた主人が振り向く。


「いらっしゃい、真馬くん」


主人の挨拶を適当に答え、奥の席に行く。窓際にあるソファからは人の後頭部が少しだけ飛び出ていた。


その頭を軽くチョップし、向かいのソファに腰掛けた。男は頭を擦り、文句を口に出した。


「痛いんすけど・・・真馬さん」


「俺が来ることはわかってたろ。避けて見せろよ」


無茶をいうなと、男はぼやいた。テーブルに置かれた片方のコーヒーを飲み干し、主人を呼び出した。


俺と男はコーヒーを頼み、俺はテーブルに置かれたコーヒーを無理矢理喉に流し込む。普段の味わい深いコーヒーの味が、何とも勿体ない物となっていた。


「つめてぇ・・・先に頼むんじゃねぇよ」


「遅れたのは真馬さんっすよ。大事な話があるって言ったのも真馬さんです」


こっちにも少なからずは非がある。俺は小さくため息を付き、話を切り出した。


「お前も一馬の事は知ってんだろ?」


俺の言葉に一馬の雰囲気が重くなる。話の内容を知っていたが、改めて聞くと辛くなるのだろう。


俺達兄弟について、男を巻き込むつもりはない。だが昨日の時点で家に連絡してきて、最も素早く会えるのは、この男だけだった。


ミリワにとって、一馬は親友だった。


出会いは知らずとも、二人の仲が良かったのは覚えている。ミリワと会うのは久しぶりだが、俺自身ミリワに何らかの期待を抱いていた。


暗い雰囲気でも現状から進展するために、ミリワは会話を進めた。


「一馬は、どうしたんすか?」


「さあな。犯罪者らしく、順調に逃げてるんだろ」


「・・・・・・そうすか」


ミリワの目線が鋭くなる。微かな嫌悪を俺に向け、感情を抑えながら会話を進める。


一馬の犯行は既に報道されている。昨日家に来た連絡の殆どは一馬と俺の安否を確認するものだった。


先程俺が言った、ミリワに会った理由。それは連絡をしてきて、同じ街に住む手近な存在であったからだ。そしてもう1つ、連絡の内容だ。


留守電に残されたミリワのメッセージは、他とは違う内容だった。昨日の俺はそれを聞いたらしいが、今朝やっと記憶から蘇ったのだ。


「ミリワ、正直に言うぞ」


「・・・・・・」


ミリワは腕を組んで黙っているが、俺は構わず話を続けた。いつの間にか机上には注文したコーヒーが湯気を立てて存在を主張していた。


「・・・お前に何が出来るんだ」


「っ!」


俺とミリワの目の前に置かれたカップが粉になってしまった。中に注がれていたコーヒーは溢れ出し、俺はそれを魔力で塞き止めた。


「わかるか、ミリワ。お前の実力は騎士団学校でこその活躍。お前がミリワを救いたくても、叶えられる訳がない」


厳しく、残酷な言葉を投げ掛ける。ミリワは魔力を少しは扱える様にはなっているが、魔力漏れが起きている時点で未熟でしかない。


「一馬を救う。それを諦めた俺に、お前は怒りをぶつけた。だから俺の近くにあったカップは割れたんだ。そして、お前のカップが割れたのは・・・お前は知っているからだ」


「・・・・・・弟だろ」


ミリワの言葉はろくに聴こえない。何故なら自覚があるから、何も出来ない自分を責めているから。


「一馬が犯罪者だという証拠は揃っている。だから報道されているんだ。騎士団が捜索しているのに、お前が一馬を探して何になる?仮に見つけ出せたとして、何を出来る?」


俺はこんな事を言いたいのか。自らが諦めた事柄に未だ奮闘する男を、俺は認められないだけなんだ。認めないから同一にしようと、諦める様に相手を促す。


俺の言葉に打ちのめされる事もなく、ミリワは机を叩いた。魔力によって守られた机上の物質は、1つも倒れない。


「お前の実力では一馬を助けられない」


事実だ。街から出れば何が起こるかわからない。街が平和なのは街自体が契約した騎士団のおかげである。一度街から出れば、自分しか頼りに出来ないのだ。


外は何が起こるかわからない。超生物の出現に単独で対応するのは現騎士団員でも難しい。


その事実を口に出し、ミリワの決意を破壊しようとした。だがそれは逆効果だったらしい。


ミリワは机に強く手を付き、席を立った。その怒りを表情で表し、俺の顔をじっと見つめた。


「失望しました。一馬は僕だけで探します」


ミリワはカウンターにいる主人に代金を叩きつけた。激しい音を鳴らしながら扉を開き、荒々しい足踏みで店を出ていった。


割れたカップの弁償代を払い、俺も店を出た。当然ミリワは消えていて、頭を掻いて呟いた。


「・・・・・・取り戻せるかよ」


諦めた俺の声が現実に響く。運命の負け犬、思い付きたくもないレッテルを自ら貼った気がした。


ミリワが正しいとは、全く思っていない。所詮ミリワは運命を認めず、無意味な足掻きを自覚の上にやっているだけだ。


・・・そう考える自分を、俺は殺したくなった。


目的はもう1つあったが、今日はもういい。速く家に帰ろう。


重い足を無理矢理動かし、走りながら家に向かう。心に何かがまとわりつき、それから逃げるように加速していった。


家に着いたのには数十秒も掛からなかった。俺の素早さもあるが、なりふり構わず走りきったからだろう。


「ただいま・・」


何とも言えぬ疲労感が心を蝕む。こんなことなら、あんな馬鹿に会うんじゃなかった。


リビングは既に片付けられていた。元の状態よりもずっと綺麗になっている。思わず新居と疑うぐらいだ。


コナは多分2階で洗濯物を干しているのだろう。2階から人体気配を感知できる。


ソファに腰掛け、一息着く。無駄に草臥れた時間を考えると、朝にタイムスリップしてしまいたい。無駄な時間というものは過ごしてから後悔してしまう。


「あれ、おかえりなさい」


リビングに入ってきたコナが俺を見つけて近付いてきた。何故かハンガーを1つだけ手に持っている。コナが俺の視線に気付いてハンガーを机に置いた所を見ると、重要性は無いみたいだ。


「真馬さん・・・何があったんですか?」


コナがソファの隣に座ってくる。適当に答えても無駄そうだが、ミリワについて説明する方がもっと無駄だ。


「探し物が見付からなくてな」


実際は探してさえ無いのだが、つまらん嘘を付くよりはマシだ。この目的は明日にでも回せば良い。


「そうですか・・・まぁ、諦めるのは最後ですよね。私も応援しますよ」


「・・・・・・諦めるのは、最後?」


「はい。可能性があるなら最後まで人間らしく追い求めろって・・・一馬さんが」


・・・・・・一馬が?


「あっ、でもその!今のはかなり私が着色して・・・おや、一馬さんだっけぇ?」


下手に惚けるコナをほっとき、俺は一人で考えに更けていた。


諦めるというワードを一馬と結び付ける。そして現れた仮定は酷く俺の常識を動かした。


一馬が何かに諦めたのではなく、諦めずに逃げているとしたら。


俺は決め付け過ぎていたのか・・・いや、違う。一馬を正当化する必要が何処にあるんだ。


考える事を止めて、コナに向き合う。慌て気味の彼女を落ち着かせるように、言葉を掛けた。


「コナ、俺はもう決めたんだ。一馬の事は忘れるよ」


「・・・忘れる?」


信じられない者を見るように、コナは俺の言葉を少し呟いた。声に出して確かめ、頭でそれを理解した。


「一馬さんを忘れるって・・・どういうことなんですか?」


コナの質問は答えるまでもない。だがコナの人を圧倒させる雰囲気から、俺は答えることにした。


「一馬が弟だろうと・・・もう関係ないんだ。俺の人生を破壊した、俺にとっては許せない奴だ」


「本気・・なんですか?」


「あぁ、そうだ」


俺の速答に、コナは言葉を失った。ただ悔しそうに俯くだけで、言い返す言葉は無いらしい。


「良く聞いてくれ。俺は騎士団をクビになった。貯金はあっても仕事が無ければコナに苦労を掛ける」


俯いた顔が上がり、不安そうな表情に染まっている。


「世話係なんてもう辞めろ。俺がいるとお前も不幸になるだけだ。幸せになる道を選べよ」


「・・・・・・」


コナは無言のままのはずだが、俺の注意は真横に向けられた。


机に置かれた花瓶が真っ二つに割れ、花は落ちて水は流れて垂れた。


俺は視線をコナに戻し、多分少しだけ笑った。


「一馬が選んだもんな・・・魔力を持ってるのは驚いたけど」


「・・・・・・っ!」


バレたショックを受けるコナ。隠す必要があったかどうかは知らんが、そんなことはどうでもいい。


「感情が高ぶって魔力漏れが起きる。ミリワ同様ってことか」


「・・・真馬さん。私は一馬さんを探せとは言いません。私を解雇しようと構いません」


コナの気配が変わっていく。まるでストライカーの野郎と出合っちまった様な・・嫌な気配だ。


「ただ・・・一馬さんを侮辱する事は許しませんよ?」


気配が元に戻った。オーラが内側へ隠されて行き、コナはいつもの雰囲気へと変化した。


別にそのオーラに怯えた訳ではない。しかしコナがこうなった事に、俺は圧倒された。


「コナ、今朝聞き忘れたが・・お前は一馬のなんなんだ?」


朝の失恋騒動で先延ばしてしまったが、これを聴かずにはいられない。場合によっては、コナを危険視する事だってあるのだ。


コナはまた俯いた。顔を隠す行為は、真実を隠す行為と同じである。コナから真実は語られず、刻一刻と時が流れる。


一馬の犯罪を打ち消す事は出来ない。それは誰だってわかる事だ。それでも無意味に足掻くミリワを、俺は見下している。


事実を正しく受け止める。だから諦めの行為に辿り着くのだ。それが当然であり、一馬が残したものだ。


何も話そうとしないコナに痺れを切らし、俺は口を開いた。


「俺は事件の日、レノピアにいた。王竜が契約騎士団であるため、あの日のイベントの視察に行ったんだ」


新しく生まれたレノピアが注目された理由は、王竜と契約した部分にある。王竜は仕事の依頼が多いため、国と契約する事は非常に少ない。レノピアは土地で採れる資材が貴重であったため、王竜を契約騎士団に出来たのだ。


レノピアでは設立を記念した祭りが行われ、王竜団長は来賓の立場として呼ばれた。しかし仕事の関係でその日は行けず、代表騎士の俺が推薦された。俺は堅苦しいのが苦手だから、視察をする仕事としてレノピアへ訪れた。


「だけど次第に変わって行ってな。目的が護衛になったんだ」


レノピアは護衛役の騎士を既に雇っていた。だがその騎士には穴が多く、危険な点が多々あった。


新しい国は危険な点があり、組織の襲撃も含まれる。騎士団に扮した犯罪者グループだって存在するのだ。有名な騎士団ならともかく、名も知れない騎士団は危険でしかない。


「俺が目を覚ましたのは2日後の朝なんだ。騎士団アジトで目を覚ました俺を待っていたのは最悪の知らせだった」


気絶していた俺はレノピアから離れた森にいたらしい。俺がアジトに運ばれ、一馬が犯人だという証拠は見つかっていて、俺も犯人が一馬以外は有り得ないと認めた。


「その瞬間、俺は騎士団をクビになったよ。仕事を果たせず、王竜代表騎士の弟が王竜契約国を潰す。妙なレッテルを貼られる訳にはいかないと、俺は辞めさせられたよ」


幼少時に家出をし、団長は俺を王竜に入団させた。騎士団学校から優秀な騎士候補をスカウトするより、子供の俺を自らの手で一から育てる。それが団長の企てた計画だった。


それをわかっていながら、俺は団長の願いを叶えた。見事代表騎士となり、俺は王竜で優秀な騎士になれた。


長い年月で無数の試練を、俺は一人で潜り抜けてきた。超生物を討伐し、周りの期待に答えた。


本当は何度も死んでいた。だが強運と優遇により、俺はこうして生き延びてきた。


そんな俺を、こんなことで辞めさせた。


俺の生き甲斐を、奴は奪った。


団長には相応の立場があり、元々俺が生きているのは団長のおかげだ。俺が尽くしてきた騎士団を守るなら、俺が辞めるのは当然だろう。


俺の居場所を奪ったのは、一馬だ。理由の見えない無差別な犯罪がレノピアと、俺の人生を剥奪した。


「本当なら俺は、一馬を殺したいんだよ。突然現れて弟を名乗り、俺の全てをぶち壊したあいつをな・・!」


世間で一馬は犯罪者。だが俺にとっては犯罪者でなく、殺したい相手と捉えていた。憎くて破壊したい人間として、標的という見方をしていた。


飛んできた平手を、俺は難なく受け止めた。嫌悪を向けられた平手打ち、そうした人物はコナという意外性に関係なく、俺は反射神経だけで受け止めた。


「・・・・・・なんだよ」


俺はコナにさえ怒りを向けていた。一馬が犯罪者となった以後、会った人間全員に憎しみを感じた。


コナの手を荒く離し、間合いを空けた。全てを信じられなくなった俺はコナから目を背けようとした。


何故だろう。涙が落ちる音が、確かに聴こえた。


これは俺の聴覚の問題ではない。コナの涙を感覚で感じたのだ。


俺は思わず顔を上げた。今まで人の涙を沢山見てきて、それを救ったて来た。だけど、見たことがない。


こんなに悲しみに溢れた涙を、俺は見たことがないんだ。


まるで全てを知ろうがそれでも運命から逆らえない事に、自分を責めるかの様な、これ以上の無い悲しみが自分を襲い、もう自分さえも嫌になってしまうような。


まるで、俺と同じ様な運命を背負っているような。


「・・・・・・違う」


彼女が俺と同じ様な運命を背負い、そして俺を支えている。


この時俺は初めて、コナの好きな人が一馬だと知った。


俺は一馬を忘れようとしている。だがコナは好きな人を失い、こんな俺を助けているのだ。一方的な願望を意味無く表に出す俺を一馬の願いだからと身を振るい、嫌だとしても尽くしている。


俺は自分が情けなく思えてきた。世界には俺より不幸な人がいる。そう伝えられても俺の痛みが癒される訳ではない。だけど目の前にいるんだ。俺より不幸な、元の居場所を棄ててまで俺の元へ訪れた彼女は。


俺の頭は下げられていた。コナへの申し訳無さから目線をずらし、精一杯謝罪の気持ちを伝えようとした。


「・・・ごめん、コナ。俺、自分の事しか考えてなかった」


「・・・いいんです。全てがどうしようもなく、動いているんです」


コナは涙を流しながらも笑おうとした。器の大きさより、心の強さが彼女から伝わってきた。


「真馬さん、お願いがあるんです」


一馬がコナを選んだ理由は本当によくわかる。家事のスキルなんて実は無くてもいいんだ。この強ささえあれば俺を支えられると、一馬は信じて託したんだ。


そして願わくば、一馬は俺に託した。俺に、コナを守れと。


決意を固めた彼女が何を頼もうと、俺は覚悟は出来ている。ハンカチで涙を拭くコナを待ち、俺は自分に問い掛けた。


[お前がすべき事は何だかわかるか?もっとも、既にわかってんだろ?]


あぁ、わかっている。俺は目を背けていただけなんだよな。


コナは姿勢を正し、改めて俺と向き合う。そして、静かにそれを言った。


「一馬さんを忘れても構いません。ただ、幸せに暮らして下さい」


「・・・・・・悪いけど、断るよ」


俺はコナの願いを何でも聞くと決めた。


俺がコナの願いを拒否した理由は、ただ。


「それは・・一馬の願い。生憎、まだ俺は一馬を許せていないんだ。奴の言う通りにはなりたくない」


「・・・っ!何でそんな意地を張るんですか!一馬さんは・・・」


コナの声が途切れる。手で顔を覆い、思い通りに行かない現実から逃げ出したい本音が見て取れる。


「悪いな。お前は守るけど、俺は一馬をぶん殴るよ」


「・・・・もしかして、探しに行くんですか・・」


「あぁ、そうだ。何故この事件を起こしたのか、墓まで持ってかれたら困る」


呆気に取られたとは違う。俺を理解できない、俺の言葉を疑っているような顔だ。


そして、コナは大きなため息を着いた。


「・・・一馬さんから聞いているんです。他人にとって迷惑な位に、往生際が悪いんですよね?」


「わかってるな。お前は俺を止められないし、俺は意地でもお前を連れていくよ」


一馬が寄越した彼女は失敗した。常識に捕らわれないと謳われた俺に、犯罪者の忠告は通用しない。


コナは立ち上がり、置いてあったコップにお茶を注いで一気に飲み干した。


「わかりましたっ。私は世話係ですのでね」


「・・・なんか怒ってないか?」


「さぁ。一馬さんに聞いたらどうですか?」


頬を膨らましてコナは部屋を出ていった。階段を駆け上がる音から、恐らく部屋に向かったのだろう。一馬の部屋をコナに使わせているからな。


俺は少し笑い、電話機の元へ向かった。掛かるかどうかわからないが、奴に連絡する必要はある。


・・・・・・電話は掛からなかった。


まぁこればっかりは仕方が無い。俺らでやればいいんだ。


俺は電話機の横に置かれた小さな折鶴を手に取った。オレンジ色で小さくても、きっちりと折られた立派な鶴だ。


去年の俺の誕生日、一馬がくれたものだ。ショボくて俺は納得がいかなかったが、一馬は無理矢理これを押し付けた。俺が渡した事が重要なんだろ?とんでもない理屈を押し付けたものだ。


こんな物、ずっと持っている奴は余程バカなんだろうな。俺が思うんだから、間違いない。本物の大馬鹿野郎だ。


家の前に人の気配が現れ、インターフォンが鳴った。コナの動きは感じ取れないが、この程度を自分で行かないほど落ちぶれてもいない。


鍵を開け、扉を開く。何か重い物が突っかかり、扉が途中で開かなくなる。1度戻して、また開く。それを何度も繰り返すと、真下から何かが動きを見せた。


「いってぇ!」


土下座・・・じゃない。だがミリワは確かに這いつくばっていた。恐らく頭を上げた瞬間に扉の取っ手に頭をぶつけたのだろう。


「・・・謝らねぇぞ」


冷たく言い放つ俺を上目遣いで見つめ、ミリワは頭を擦りながら立ち上がった。


「・・・・・・用件は?」


先ほどの争いの前もあり、ミリワはクールに振る舞ったつもりだろうが、その瞳からは涙が滲んでいた。


俺はミリワをリビングへと誘導し、ソファに座らせた。頭を抑えたミリワは目をぱちくりさせている。


「ミリワ、お前の言う通りにするぞ」


「・・・・・・はい?」


「だからっ、俺は一馬を探しに行くんだよ!どうする、お前も付いてくるか!?」


俺の質問は怒号か、それとも懇願か。どう捉えてこようがミリワの答えは1つだ。


「さっすが真馬さんだぁ!僕の尊敬する騎士なだけはある!こっちから願いましょう!」


急に立ち上がったミリワは俺の手を取ってくる。その手を払いのけミリワをソファへと蹴り飛ばす。だがミリワは怯まず、また叫んだ。


「僕も行きます!よろしくです!」


張り切った声を耳栓で凌ぎ、ミリワを落ち着かせる。その声に引き寄せられ、コナが2階から降りてきた。


「すみません。私もゴキブリの駆除までは・・・って、あれ」


「大丈夫だ。このゴキブリは普通よりはマシだし、仲間だ」


「ゴキブリって・・・二人してスプレーを向けないでくださいっすよ!」


俺とコナはスプレーを投げ捨て、ミリワと今一度対面する。


「コナとミリワ。俺の世話係と一馬の友達だ」


お互いの立場を一気に話し、面倒な会話を手っ取り早く済ました。一応時は一刻を争うんだ。


「あっ、この方がミリワ君なんですね。私はコナです、よろしく」


俺がミリワの名前を少し出した事もあり、実物を感激しながら見て、コナは右手を差し出して握手を求めた。


対するミリワは何処かおかしい。錆び付いたブリキの玩具みたいな動きで、端から見れば不審者だ。


「よっ、よろろろろしくっ!ミリワぁです!」


言語の違いを見せ付け、何かを思い出した様にミリワは部屋から飛び出していった。足音が遠ざかり、また五月蝿い足音が近付いてくる。


戻ってきて直ぐに、ミリワはコナと握手をした。こっちが手間を省いている時期に、よくもこんな事をしてくれる。


握手を交わした二人は距離を離し、やっと俺の話が始まった。


「俺らの目的は他騎士団よりも先に一馬を見付け出すこと。そのため長い時間を使って旅に出る!いいな?」


「はい」「オーケーっす!」


二人の返事を聞き、俺は自分だけの目的を決めた。コナを守る事と・・・


「真馬さん!」


デカイ声で俺の思考がリセットされる。タイミングもくそも無い奴だな。


ミリワは突然、土下座をしてくる。地面に叩き付けられたような大きな音が鳴り、ミリワも実は痛がっているはずだ。


「僕を・・・鍛えてください!」


こうして、俺のミリワの見方がまるで変わった。


俺は元より、ミリワを鍛えるつもりだった。彼の境遇もあり、この旅をスムーズに進める大事なことだ。


彼は自分からそれを志願した。旅のためもあるかもしれないが、何より彼は強くなりたい精神で志願してきたのだ。


「・・・わかった。死ぬつもりで付いてこい」


「ありがとうございます!」


さっと立ち上がり、ミリワは笑ってみせた。本当に、一馬と仲の良い意味がわからない。


俺はミリワと出会った時から、ミリワを最強に近づけたかった。


この旅はその機会にもってこいだ。絶対に、ミリワを強くして見せるぞ。


「二人とも聞いてくれ。この旅は必ず、危険な事と遭遇する。騎士団や超生物、各々の都合で他人に迷惑をかける事は必ず起きる」


二人は無言で頷く。最初からわかっていたような表情で、二人は俺の言葉を待っていた。


「その度俺はお前らを守るつもりだ。お前らは自分が出来ることをやってくれ。そして、出来ないと感じたらいち早く逃げてくれ」


また二人は無言で頷く。そうだ、これこそ俺が求めたスムーズさなのだ。


「そしてもう1つ、俺はやると決めたら絶対にやる。一馬を・・・助けてやるぞ」


「上等です」「なんか面倒な事に・・」


俺はミリワの頭を叩き、深い溜め息を着いた。


俺の旅が始まったのは、ここからだったのだ。



「ねぇ、真馬さん」


「何だ、コナ」


「・・・いえ、今はいいです」














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