002 プロローグ2
意外というか何というか、ワンパンウーマンである彼女の育児は比較的まともだった。いや思い返せばまともではなかったのだけど、最初のうちはそう思っていた。
まだ歯も生えてない乳児の私のためにミルクを用意し、濡れタオルで身体を拭き、下の世話をしてくれた。
精神年齢的にいろいろと気恥ずかしかったが、当時の私はどうあがいても赤子なのでどうしようもない。同性であるということがせめてもの慰めか。
最低限の世話だけではなく、情操教育も彼女は施してくれた。毎日私に喋りかけ、小屋に置いてあったいくつかの本を読み聞かせてくれた。私を抱えて散歩にも連れて行ってくれた。
そうした教育のおかげで拾われてからひと月もする頃にはこの世界(というか国?)の言語をある程度理解できるようになっていた。
なってしまっていた……。
言葉を覚えたことで発覚する彼女の話の内容がやばかった。
まず私のために用意してくれてたミルクについて。
「喜べ、今日はオーガの乳だ。栄養満点だぞ」
えっ。
「すまん、今日の乳はゴブリンだ」
えっ。
「やったぞ、ドラゴンの乳だ。あたしもうまい肉が食える」
えっ。
魔物の乳を飲んでた。やばい。
それって人間に有毒じゃないの?
いやまあ特にお腹を壊すこともなく健康に育ったので大丈夫だったんだろうけど……。
次に私に喋りかけてたこと。
「敵を殺すのに大げさな武器や魔法はいらない。極論指でドタマをぶち抜けば死ぬんだ、素手でいい」
えっ。
「騎士や戦士の連中は大層な鎧に身を包んでいるが、あんなのは重いだけだ。殴って壊れるものに身を包んでも意味がないから防具は必要ないぞ」
えっ。
「お前の身体が動かせるようになったらまずはどう鍛えようか…せめて6つを迎えるまでにはオークを素手ゴロで叩きのめせるようになろうな」
えっ。
脳筋洗脳されてた。やばい。
読み聞かせてくれていた本も『格闘ノススメ』『拳一徹』『古武術から学ぶ現代武術』など格闘術について書かれたものばかりだった。
魔法はおろか歴史書や学術書の類もなし。いやせめて子供に読み聞かせるなら童話とかさあ……。
そもそも散歩もおかしかった。
魔物パークと呼称してもおかしくない山道を歩けば当然魔物が襲ってくるわけだが、彼女はただ倒すのではなく倒し方をレクチャーしていたのだ。
私は悟った。
このままでは人間をやめる羽目になると。
私は魔法使いになりたいのであってグラップラーになりたいわけではない。
英才教育(筋肉)はお断りなのだ。
そこで本人に伝えることにした。
教育内容が発覚した時点で物申したかったがうまいこと発音が出来ず、それでも頑張って話せるようになったのが言葉を理解してさらにひと月後の話である。
前世云々は黙っておこうと拾われた当初は思っていたが、このまま何も知らない赤ん坊のフリをして教育を受けるがままにしていたらマジで洗脳されてしまう。
「え、前世とか何言ってんだこの子」と思われてしまうかもしれないが、私からすれば彼女こそ何ってんだこいつ対象なので何の問題もない。いや問題はあるか。お互いさまってだけで。
ともかく筋肉戦士になりたくない私は前世の記憶があること、格闘ではなく魔法を教えて欲しいことをハッキリ伝えた。
そして返ってきた答えがこちらだ。
「なるほど、意識がはっきりしてるならより具体的な指導が出来るな。まずは拳の握り方だが……」
人の話聞いてた?
前世についてスルーしてくれたのはありがたいが魔法の件までスルーしないで欲しい。
私は食い下がった。魔法、魔法が使いたいんです、教えてくださいお願いしますと涙ながらに訴えた。おんぎゃーばぶー。
返ってきた答えがこちら。
「大丈夫だ。魔法よりも拳の方が強い、安心しろ」
大丈夫じゃない。
何を安心すればいいの? 不安しかないよ。
それからは私がどれだけ懇願しても無駄だった。暖簾に腕押し、糠に釘、ドラゴンにデコピンである(余談ではあるが我が育ての母殿はドラゴンをデコピンで沈める、人間じゃねえ)。
いくら魔法を強請ってもいつの間にか物理の話になってる。なんでー。
ただ、魔力の練り方だけは教えてくれた。
魔力を全身に循環させることで身体能力が上がるからだ。結局物理である。
身体強化の魔法を使えるようになったと思えばいいのか……。
だがしかし魔力さえわかればこっちのもんやでー! と意気込んで自主的に魔法の特訓をしようとしたこともあるが、発動の兆しさえ見えなかった。
私の英知をすべてをつぎ込んだ(前世のサブカルチャー由来)詠唱もダメだった。
どうもイメージだけではどうにもならないものがあるのかもしれない。まだ呪文しか試してないので文字や魔法陣が書けるようになったら試さねば!
と、マミーから筋肉式洗脳術を受けつつこっそり魔法の使い方を模索しているうちにさらにひと月が過ぎ、首がすわりはじめた頃。
ついにハイハイが出来るようになってテンションの上がる私(ハイハイだけにハイってやつだー!)を見て今世の母はこう言った。
「這えるようになったか。今日から身体も鍛え始めるぞ」
ちょっと待て。