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あぶどるさんの縁日(間奏曲1その時)

 その時


 会社員 男 27歳

「千守突堤の先端近くで、豆アジ釣りをしていました。朝からやっていたのですが、何も釣れません。おかしいな、とは感じていたのですが、沖波止を乗り越えるように、何かが伸びて来て、何だろうと思って見ていたら、伸びて来た物がグニャグニャ動いていたので、大海蛇かと思って、道具を仕舞おうとしましたが、あせって全然思うように手が動かない。周りの人達も、何かを叫びながら逃げ始めたので、安ものの竿だし、クーラーボックスとタックルケースだけを持って逃げました。逃げながら、何が起こっているのか分らずにビックリしている人達に、ただ『バケモンや、逃げえ!逃げえ!』と大声で叫ぶことしか出来ませんでした。」


 学生 女 16歳

「海水浴場の防波堤の根元近くに座って、海で遊んでいる人達を眺めていました。海に居る人たちが慌てて岸に上がり始めたので、クラゲでもいるのかなと、思いって見ていました。そうしたら、防波堤の先の方から、釣りをしていた人たちが走って来て、逃げろ逃げろ、と言われました。何が起こっているのかは分かりませんでしたが、私も直ぐに千守踏切の方へ走りました。もし、大ダコを見ていたら、足がすくんで動けなかったかもしれません。」


 ライフセイバー 男 22歳

「監視小屋で休養していました。海水浴場の監視塔からホイッスルが吹き鳴らされたので、事故発生かと小屋から飛び出しました。監視塔のAさんが沖を指差して何かを叫んでいたので、鮫が現れたのかと思って波打ち際に急ぎました。海にはクラゲ除けのネットは張っていますが鮫除け用ではありません。泳いでいた人達が、先を争って岸に向かって戻って来ていました。溺れている人がいないか目視していたら、あの『脚』が沖一文字波止に掛っているのに気が付きました。腹まで水に入って、ショックで身がすくんで動けなくなっている海水浴客を、何人か波打ち際まで誘導しました。セイバー仲間はもちろんですが、海の家の人たちや遊びに来ていた人達も、避難に手を貸していました。」


 学生 女 18歳

「砂浜で日光浴をしていました。異変に最初に気が付いたのは、駅のテラスで海岸を見物していた人達の間で叫び声が上がった時です。駅の中で喧嘩か何か、トラブルが起こったのかと思いましたが、駅を見ると、手すりに人がギュウギュウに張り付いて、沖の方を指差していました。振り返ると、泳いでいた人たちが、慌てて岸に上がって来ていました。立ち上がったら、丸太のようなものが、沖の離岸堤に乗っかっているのが見えました。まさか、タコの脚だとは思いませんでしたから、その時は友達と『あれ、何やろうね?』と慌てるでもなく観ていたのですが、それが二本、三本と増えて来るのを見て、怖くなりました。服と貴重品を入れたバッグを持って、水着のまま駅に向かいましたが、駅に入る階段は人で一杯でした。」


 アルバイト警備員 男 25歳

「海水浴場から駅へ人が押し寄せてきました。花火大会の時に朝霧駅で起きた圧死事故を思い出して、怖くなりました。チーフから『一度に階段に入れるな。人数を区切って順番を守らせろ。』と指示があったので、ピケを張って人数制限を行いました。怪物が居るのが海の中なので、酷いパニックにはなっておらず、避難は粛々と進みました。もっとも私が怪物の事を知ったのは、騒ぎと避難が終盤に近づき始めてからのことで、それまでは鮫でも出たのだろうと思っていました。鮫だったら陸上にいれば安全なので、避難誘導に専念する事が出来ていましたが、初めから怪物の事を知っていたのであれば、私自身がパニックを起こしていたかもしれません。」


 警備員 男 30歳

「海水浴客を、一度に階段で駅構内に避難させるのは無理でした。千守踏切経由でJR線を渡らせるのと、須磨水族館方面に避難させるのと、とにかく人数を分散させる必要がありました。『踏切で線路を渡れます。』と声を限りに叫び続けました。ただ、千守踏切は、新快速・快速・普通と立て続けに列車がやってきて、遮断機が下りていることが多いのが、気懸りでした。それでも、少しでも海岸線から離れた場所に移動させた方が安全であろうと考え、誘導を続けました。」


 海の家アルバイト 男 20歳

「預かり物の服や品物の返却に、忙殺されていました。『シャワーを使っていないのだから、その分の差額を返却しろ。』と言って来る人に困りましたが、店長が返却に応じるよう指示してくれました。ほとんどの人達は、荷物を受け取るだけで直ぐ避難していましたが。預かり物が残り少なくなったところで、店長から『君たちも避難しろ。バイト代は今支払う。受取は落ち着いた時に持って来てくれ。』と、上乗せしてバイト代を貰いました。荷物を受け取らずに既に避難してしまった客の物なのか、いくつか預かり物が残ったままでした。店長は、預かり物を返し終えるまで、店に居るというので、自分も残りますと言いましたが正直失禁しそうでした。店長は笑いながら『残業代を出せないから、行ってくれ。』と、避難するように促してきました。結局、店長は警察から退避を命令されるまで、店で粘っていたようです。」


 主婦 女 52歳

「西明石行き普通電車に乗っていたのですが、鷹取駅で停車したまま動かなくなりました。車内で『人身?』という声が上がり始めました。しばらくしてから、須磨駅で事故が発生した模様と車内アナウンスが流れました。『飛び込みか?』と言っている人もいましたが、携帯ラジオを聞いていた人が『事故じゃなくて、何か騒ぎが起こったらしい。』と、言いだしました。その時は、夕飯の仕度が有るのにこのまま動かなかったら困るな、と思っただけでした。」


 会社員 男 36歳

「三宮駅で大阪行き新快速を待っていました。列車が遅れているようなので、携帯で会社にその旨連絡を入れてから、持っていた文庫本を読み始めました。ふと、気が付くと、新快速どころか、快速や普通電車も一両もやって来ないまま、30分近くが経過していました。」


 ショップ店員 女 21歳

「私たちは、海水浴場でも東側、水族館に近い方の所に居ました。海には入らずに、ビーチボールで遊んでいたのですが、すぐ近くのスピーカーから『直ちに海から上がって下さい。』と大音量で放送が流れ、ビックリしました。須磨駅側で、なにか大きな事件が起きているらしい事は分ったのですが、まさか本当にオオダコなんかが出て来ているとは思いもしませんから、一緒に遊んでいた皆で様子を見に行こうと言う事になりました。ところが、須磨駅側に向かって歩いていたら、どんどん須磨駅側から逃げて来る人が多くなってきたので、慌てて引き返しました。」


 地域FMラジオアナウンサー 女 38歳

「葉書を読んでいる時、緊急で刺し込まれた原稿に『須磨駅近くの海岸に、巨大な生物が現れました。海岸に近寄らないで下さい。詳しい情報は、分り次第、放送致します。』と有りました。放送中にも関わらず『こんなモノ、本当に読んでエエの?!』と叫んでしまいました。」


 救急隊員 男 35歳

「須磨駅に近づくにつれて、2号線の歩道には人が多くなってきましたが、道路に飛び出してくる者はいませんでした。が、須磨駅前のロータリーには人が溢れていました。」


 警察官 男 40歳

「危険行為を行うジェットスキーを警戒して、水上警察のランチで近辺を哨戒していました。海水浴場に近づいたとき、タコが離岸堤に腕を掛けているのを発見しました。本部に連絡を入れてから、慎重に接近しました。発砲の許可も下りていませんし、また、あの大きさのタコに有効と思える火器も搭載していませんが、いざとなれば至近距離まで接近して、タコを牽制するつもりでした。タコが離岸堤の切れ目から内部に進入を始めたため、タコに信号弾を打ち込む用意をしましたが、本部からの命令は『距離を取って監視』でした。海水浴場の水際近くの避難が粗方終わったための様でした。その時、鳥の群れがやって来たのです。」


 カメラマン 男 41歳

「明石海峡の夕日を撮影する目的で、須磨駅に居ました。女性の水着が目的ではありませんよ。駅の階段脇の展望スペースから海を見ていたら、海竜のような触手が出現して大騒ぎになりました。こんな事件に出くわす事は二度と無いだろうと思って、慌ててファインダーを覗きました。大蛸は初め三本の脚を防波堤に絡めて、乗り越えようとしているようでしたが、頭というか胴体が重くて防波堤を越えられず、向かって右側の防波堤の切れ目へと移動しました。そこから岸へと近づいてきたのですが、水深が浅くなるのに従って、動きが不自由というか悪く成って行きました。大蛸が接近して来ると、それまで駅員の退避勧告を無視していた野次馬も2号線側の出口へと逃げだしました。いよいよ砂浜に手が届くかと言う頃には、大蛸は顔を水面上に出しており、興奮しているのか全身にメタリック・ブルーの斑紋が現れました。まるで『もう、身を隠す必要は無くなった。』とでも主張しているかの様でした。脚が、浜茶屋にまで達したら自分も避難するつもりで、シャッターを切り続けました。その時、海岸に逃げ遅れた者が居ないか確認していた警官が、浜茶屋の従業員を連れて、階段を上って来ました。警官から『ここを封鎖するから、早く逃げて!』と言われましたが、空から急降下姿勢の鷲・鷹が、大蛸の眼をめがけて襲撃するのを目撃しました。」


 予備校生 男 18歳

「予備校で、夏期講習を受けていました。今日はやたらとサイレンが五月蠅いな、とは思っていましたが、何もかもが終わるまで、何も知りませんでした。」



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