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第二章 『失われた世界』のお饅頭

  第二章  『失われた世界』のお饅頭



 「オオタくん、先頭に立ちや。君にペース合わすさかい。」

アマノさんの指図通りに、僕が先導して歩き始めた。一本道だから、間違う事もないだろう。後ろの二人は余裕でガールズ・トークをしている。

「カラス、多いね。なんだか、山が騒がしい感じがする。」

「キビッちゃん、カラス苦手なん?」

「好きだよ。頭良いし、日本では古来、吉兆の鳥だから。」

「三本脚のカラスか。神武東征の道案内やしなあ。サッカー日本代表のエンブレムにも、なっとるし。」

「そうそう。古事記では、ナガスネヒコ(長髄彦)と戦った時の道案内役。日本書紀ではカラスからトビに、差し替えられているけれどね。」

「金鵄勲章の起源やね。」

「三本脚のカラスの話は、古事記だけじゃなく、他に東北の方にも有るの。昔、『手長足長』っていう巨人がいてね。」

「手の長いのと、足の長いのと、二人一組の妖怪のヤツ?」

「それは、『足長手長』。まあ、手長足長と足長手長は、ごっちゃになってる処もありがちなのだけれど。でも、鳥海山の伝説では、手長足長は手足が異常に長くてダイダラ法師みたいに巨大な怪物。それが、海で船を襲ったりするの。」

「へええ、なんやクラーケンみたい。ハリーハウゼンが好きそうな題材やね。ナガスネヒコも、長い脛いうくらいやから、足長かってんかなぁ?」

「ナガスネヒコの方は、ナガスネという地名の場所を拠点としていたから、ナガスネヒコらしいけど。でも、伝説が広がっていく間に変質したのかもしれないね。それで手長足長の方だけど、鳥海山の神様が、その巨人を偵察・監視・報告するに派遣したのが、三本脚のカラスなの。」

「有能な働き者は、あっちでもこっちでも、こき使われる運命なんやなぁ。現実社会の縮図やね。ゼークトに言わせたら、頭が良い勤勉な人材は、作戦参謀に向いとるはずなんやけど。それとも鳥海山の神さんは、カラスが無能な怠け者って判断やってんかなぁ。」

「その分類は、ハンマーシュタインの提唱って話もあるけどね。でも、どっちの解釈であったとしても、責任ある立場に就けてはいけない『無能なのに勤勉なヤツ』、ではないということだよね。だけど、ギリシャ神話だとカラスは、いらん事しいの役柄を割り振られているから、カラスファンの私としては、哀しい。」

「いらん事しい言うたら、オオタくんやで。彼、真面目な顔して『アマノさんは麗子像に似ていますね。』とか言うんやで。さすがのウチも、唖然としたわ。」

「いやいや、照れ隠しの褒め言葉だと思うな。麗子像は日本を代表する油絵の名作の一つだし。・・・オオタさん、私は誰に似ていると思いますか?」

 かなり異質なガールズ・トークに聞き耳を立てていたら、キビツさんから、不意に話を振られたので、僕はつい正直に答えてしまった。

「ああ、さっき、バラージのノア像に似ている、と思ったんですよ。何かシュッとした所が印象的で。お名前からの連想からかも知れないけれど。」

「これやで。関西ではシュッとしてる言うたら、なんでも褒め言葉になる思て。女の子をアイドルとかやのぉて、石像に例えるんは、ちょっとビミョウな発言やで。麗子像言われるよりは、よっぽどマシやけどな。」

んー・・・。アマノさんが、何時になくキビシイ。

「いえいえ、光栄ですよ。高校の時には私、瓜生観音とかクメールの女神像とか、アダ名されたりしていましたから。」

・・・キビツさんの、この反応は素直に受け取って良いのかな・・・。

 瓜生観音というのは、別府湾の海底地質調査を行っていた時に偶然引き上げられた仏像(?)だ。瓜生島伝説と結び付けられて、便宜的に瓜生観音と呼ばれてはいるけれど、観音様だと確認されている訳ではなく、ちょっと異質な像だ。豊後の覇者大友氏全盛期に、南蛮船が持ち込んだマリア像とも、鎖国期に隠れキリシタンが信仰していたマリア観音ではないか、とも言われている。一般的な観音像やマリア像よりも、細身で中性的だから、バラージのノア像に、似ているといえば似ているかもしれない。

 クメールの女神というのは、クメール人の遺した密林に埋もれた廃墟、アンコール・ワットやバンデアイ・スレイなどの遺跡に刻まれた女性像だ。神そのものではなくて、神に仕える神官なり女官である、と考えられているようだ。静かに微笑んだ風貌の醸し出す雰囲気は、キビツさんっぽいと・・・言っていいのか?そういえば、クメール人の遺跡にはナーガという多頭蛇の神像が付きものだ。


 考えてみると、今日はどうにも変な具合だ。出発する時には、アマノさんに誘われて、縁日見物に出かけて来ただけの心算だったのに、肝心の神社はフェイクだし、お祭りも予行演習だ。その上、妙な暗合というか符合が多過ぎる(ような気がする。)

 多頭蛇やクトゥルフ、ナガスネヒコに手長足長に蛸。海に沈んだ島に洪水で沈んだ街。突然現れた謎の美女(キビツさんの事だ)と、暗躍するザシキワラシ。

笑ってしまえば、それで済むだけの話の様でもあるけれど、一連の会話の流れというか、出来事の連鎖が、何事かを象徴しているようでもあるし、何所かに誘導されているようでもある。

 「オオタくん、どないかしたん。足、止まっとるで。」

僕は少しの間、考え込んでしまっていたようだ。後ろを向いて二人に尋ねてみた。

「出会うもの全てが、何かを象徴しているようだって、感じたこと有るかい?」

「なんや、庄司薫の『ぼくの大好きな青鬚』かい。その日、出会うことの全てが、若者が世の中を動かす時代の終わりを告げている、いう内容の本やろう。」

「ああ、私も読んだ事があります。」

「キビッちゃん、初版本と改訂新版で、ラストちょっと違っとるの知っとる?」

「『翌日読んでもらいたいささやかなあとがき』の追加の件とか?」

「そうそう。明るい絶望のミゼラブル・エンドに、ちょっと光を追加した感じやね。」

僕が感じた微かな違和感は、単なる気のせいだったのか・・・。それとも、はぐらかされたのか?

アマノさん達が主催する、盛大なドッキリにでもハメられているのかな、などと疑っていたのだけれど。

しかし、少しの間をおいて、キビツさんが静かに話はじめた。

僕の疑念とは、全然違う話を。

「『象徴すること』や『なぞらえること』、『みなすこと』は、力を仮託する事。『演じること』や『扮装すること』は、力を借り受ける事。神事や呪術のシステムね。」

アマノさんは、狐につままれた様な顔をして、黙って聞いている。

キビツさんが話を続ける。

「祭礼や祝詞や願文、儀式や魔法の呪文には、それ自体には物理的など、無い。」

そう。物理的力は生じない。和歌詠みが上手くあっても、アメ・ツチが動き出したりなど、しない。空中からチョコレートを掴み出す事も出来ないし、空想上の魔物を召喚する事も出来ない。

「でも、それに係わる者達には、ささやかな影響を及ぼし始めるの。摩擦係数を下げてから、そっと押しだすかのように。」

 瞬間、場の空気が完全に、キビツさんに支配されていた。

しかし彼女は、そんな雰囲気を吹き払うかのように、明るい口調に戻って

「一人のディーラーと複数のプレイヤーが参加する、コイン・トスのゲームをしているとしましょう。九回試技を行い、十回目の結果のみに、ディーラーを含む参加者全員で、ベッドするという方法で。かけ金は十回目の結果の正解者で山分けね。そして、開始から九回連続で、表が出たとするでしょう?十回連続して表が出る確率は一〇二四分の一だけれど、十回目だけを考えれば、表が出る確率は、裏か表の二分の一よね。でも、ここで呪文の言葉の言葉を唱える一人のプレイヤーが、いたとする。『九回も連続して表が出るのは有り得ない。何かイカサマが有るのに違いない。』ってね。呪文の言葉を聞いたプレイヤーには、『イカサマがあるのなら、十回目にも表が来るだろう。』って考える人もいるだろうし、『十回目にも表が来ると思わせて、ここで裏を出してくるのに違いない。』って考える人もいるでしょう。でも、考えてみれば、どちらの立場を採っても呪文の言葉に支配されて『イカサマが有る』のを信じてしまっているのよね。単純な算数の問題として、九回連続して表が出るのは、五一二回に一回は起こり得るという簡単な事実が、頭から抜け落ちてしまうの。」

「なるほどな。『こりゃイカサマやで、次も表や。』言うて、皆が表にベッドするよう誘導しといて、自分だけ裏にベッドしたら、期待値的にはオイシイわな。」

 ちょっと雰囲気に飲まれたように成っていたアマノさんだったが、調子を取り戻したようだ。

 でも・・・

「でも、キビツさん。十回連続で表の場合と比較すれば、九回連続して表の場合は、確率が倍になるといっても、パーセント表示で考えたら、0.1%の確率が、0.2%になっただけのことですよね。決して高い確率とは言えないでしょう。起こり得ない事ではないけれど、イカサマを疑ってみるのには充分ですよ。これでは、『イカサマではないのかもしれないのに、イカサマがあると信じてしまっている』と客観視できる状況とは、程遠い。」

 えっ、と声を漏らしたのはアマノさんだ。キビツさんは、にっこり笑っている。ただし、偏光グラスのせいで、眼の表情は読めない。

「アマノさん、イカサマがあるんだったら、期待値計算は何の役にも立たないんだよ。ディーラーは裏でも表でも、自分が損をしない方を出すだろうし、プレイヤーも、ディーラーの動向を確認するまでは、ベットする事が出来ないだろ。だから、このゲームは、ゲームとして成立しないのさ。落ち着いて考えれば、分るだろ?アマノさんが引っかけられたのは、キビツさんが、アマノさんと僕に対して使った魔法の呪文、『単純な算数の問題』と『簡単な事実』っていうフレーズなんだよ。プライドに対する攻撃の呪文。」

キビツさんに対して、ちょっと失礼な言い方になってしまったかもしれない。しかし、僕に対してはともかく、アマノに対するアプローチとして、キビツさんのやり方には少し腹が立っていた。

「アマノちゃんから、オオタさんは頭が切れる人物、と伺っていましたが、アマノちゃんの評価は、的を射たものでしたね。」

「僕は、キビツさんとは初対面ですからね。アマノはキビツさんとは既に面識があるし、信頼に足る人物という認識があるのでしょう。だから、簡単に今回はやられちゃったんですよ。何時もは、もっとクレバーなヤツですからね。」

 えー、キビッちゃん、ウチのこと担いだん、ひどいなあ、ウチだけアホの子みたいやん、と嘆いてみせたアマノさんに、キビツさんは

「アマノちゃん、ごめん。でも、オオタさんの人物を知っておくのは、必要な事だったの。それと、二人の間の信頼関係を。そして、オオタさんを動かすことが出来るのは、アマノちゃんだって事も、確認出来たわ。」

と、妙な謝罪というか弁解をした。


 僕たちは、また登り始めたが、今度は三人とも黙ったままだった。

 休息していたポイントから五分ほどで、少し開けた場所に出た。軽トラックが二台止めてあり、お祭りの会場などで見かけるレンタルの仮設トイレも、一基設置してある。車が入れるのは、ここまでなのだろう。もう少し上の場所から、賑やかな気配が伝わってくる。

 休憩前にアマノさんが、もうちょっとやで、と言っていたのは本当のことで、暑い・しんどいと駄々をこねる僕を歩かせるための方便ではなかったようだ。駅を出発してからは、一時間半ほど経過しているけれど、途中休んだり、話し込んだりしている時間が長かったから、足の速い人だと二十分ぐらいの行程だろう。神戸には六甲縦走という健脚自慢の大会があるが、上位入賞者だったら十分ぐらいで、天狗のように駆け登ってしまう距離かもしれない。

「トイレ、ウチが一番!キビッちゃんはオオタくんが、のぞきに来んよう、見張っといてぇ!」

アマノさんが勢いよくトイレに駆け込んで行ったが、切羽詰ってというよりは、少しこじれてしまった雰囲気を、軽く解すための気遣いに、お道化てみせたのだろう。水分を摂取したのは、先ほど食べた桃だけで、彼女はコーヒーもカキ氷も断っている。そういう所、繊細なヤツなのだ。

アマノさんの配慮を無にする訳にはいかないので、僕はキビツさんに謝ることにした。

「キビツさん、先ほどは失礼しました。」

「いえ、私の方こそ、試すような真似をしてしまいまして。」

 キビツさんは偏光グラスを外して、柔和な瞳を見せた。

「アマノちゃんは、本当に不思議な女の子ですね。座を和ませ、人々を結びつける。名前通りアメノウズメのよう。」

「アメノウズメというと、岩戸隠れの話の時に、陽気に踊って、アマテラスが顔を出すきっかけを作った女神ですね。」

「はい。それと、もう一つ。」

「もう一つ?」

「もう一回、とても重要な役割を果たします。天津神と国津神の仲を取り持つのです。天孫降臨の時に、立ちはだかるサルタヒコに名を明かさせ、道案内をさせるのです。説得出来るのは、アメノウズメだけだと皆に言われて。その後、サルタヒコとアメノウズメは、結婚したとも伝えられています。」


 ああ助かったスッキリしたあ、と大袈裟に騒ぎながら、アマノさんがトイレから出て来た。私も念の為に済ませておこう、と代わってキビツさんがトイレに向かう。オオタくんはウチが監視下に置いとくから安心して行っておいで、とアマノさんが送り出す。

 ドアが閉まると、早速アマノさんが聞いてきた。

「仲直り、済んだ?」

「うん。」

「良かった。」

 やっぱり、気にしていたんだなあ。

「キビツさんがね。アマノさんのこと、すごく褒めてた。」

「なんて?教えて、教えて!」

「アメノウズメみたいだって。」

「なぁんやてぇ!元祖お多福な上に、ポロリもあるよ、の人やんかァ!」

「いや、ヒトじゃなく、神様だよ。それに、君の認識よりも、相当重要な女神様みたい。」

「そうなん?今日は、上げられたり下げられたり、ホンマ忙しい日やで。一応キミの言うのを信じとったるわ。」

 アマノさんはキビツさんの事を、どんな人物だと捉えているのだろう?

「ねえ、アマノさん。キビツさんって、不思議ちゃん系の人?」

「・・・いや、これまでそんな印象受けたことなかったわ。伝説や民話が好きなんは知っとったけど、あくまで趣味の範囲やし、理系のリアリストやと思う。でも、そんなん聞かれたら、さっき一瞬だけ巫女さんっぽい感じしたの、思い出したわ。」


 お待たせ、とキビツさんが戻って来た。アマノさんが、キビッちゃんウチのことお多福や言ったんやて、と迎えたので、キビツさんから、オオタさん酷い、と言われてしまった。ただ、アマノさんもキビツさんも、笑っている。

 急坂の細道を、階段にして二階分くらい登ると、テニスコート半面分程度の平地があり、小学校の運動会で使うようなテントが二張並んでいて、宴会が始まっていた。予想していたよりも狭い縁日会場だ。庚申待みたいな講を行う程度の場所としては、充分かもしれないが、地域興しイベントを開催するにはどうだろう。

 高射砲陣地の予定地だったと聞いていたが、せいぜい九八式二十ミリ高射機関砲ぐらいしか置けそうにない。軽トラックと仮設トイレがあった下の平地だったら、七センチ野戦高射砲が一台配置出来るかもしれないが、野戦高射砲の移動には六輪トラックを使うから、道幅を大きく広げなければならなかっただろう。計画が途中で立ち消えになった理由も、コストパフォーマンスの問題かなと、想像が付く。

 後ろを振り返ると須磨海岸が一望でき、平時の展望台だったら、ロケーション的には最高なのだが。

 アマノさんが、

「初めて来たけど、良い眺め。」

と言っているが、おいおい初めてなの?自信満々だったような気がするけど。

「二万五千分の一の地図があったら、ルートも所要時間も見当付くやろ?」

そうだった。アマノさんは動物学の実習でフィールド・ワークにも出かけるから、地図が読める女性なんだった。キビツさんは園芸化学の人だけれど、あのいでたちを見れば、ご同類なのだろう。


 手前のテントで料理をしていた男性が、僕たちを見つけて声を掛けてきた。

「おお、アマちゃん、カボちゃん、やっと来たな。そっちの彼は、前にアマちゃんが連れて来たことがあった人だね。」

「会長、堪忍やで。手伝い、待っとった?」

 アマノさんに、会長と呼ばれたハンサムは、関西食文化研究同好会の会長兼世話役を務めている人物で、以前挨拶をしたことがある。隣でかいがいしくサポートしているのが、ガールフレンドなのだろう。会長にアタックを試みる女性は、同好会の内外に多かったみたいだが、先日アマノさんが興奮気味に、会長がついに陥落したで、黄金の舌を持つ者同士ピンとくるものが有ったんやろうなぁ、などと僕の実験室にまで報告に来ていたし。

「アマちゃんは、足手まといにしかならないから、気にしなくて良いよ。カボちゃんは、直ぐに何にでも、カボスかけちゃうしなぁ。三人とも試食してもらうだけで、十分。」

キビツさんはカボちゃんと呼ばれているらしい。先ほど、カボス果汁をかけた美味しい桃を食べさせてもらったけれど、そうか、何にでもカボスをかける人なのか。

「それでは、ご相伴に与ります。」

アマノさんが、会長や隣のテントの人たちに挨拶すると、おうベッピンさんやなあ、会長さんなかなかエエ腕やで、君らも一杯いくか?などと声が返ってきた。既にアルコールが入っているようだ。町内会の人とかだろうか。結構ご年配の方ばかりだ。それでアマノさんが、おっちゃんウチみたいな小学生に酒勧めたら手ェ後ろに回んでぇ、と切り返すと、わははソリャあ敵わんなぁワシ女房子供おるし、と笑いが起こった。上手いな、アマノさん。

 長テーブルを前に、パイプ椅子に座ると、会長のガールフレンドさんがトレイを持って来てくれた。三種類の試作品が載っている。

「干しダコのおやきと、中華饅、それにタコ焼きです。どうかな?試してみて。」

直ぐにでも食べてみたいが、キビツさんが

「ありがとう、おいしそう。でも、会長さんの手が空くまで、もう少し我慢しますね。」

と応じたので、手が出し難い。

よいしょう、と掛け声を上げて、会長が大きな中華鍋で炒めていた料理を大皿に移し、宴会場に持って行った。タコ入り焼きチャンポンお待たせェ、とサーブすると、美味そうやな、ソースある?あかんて先ずは一口味見をしてからやな、コショウはええやろ、なに言うとんのや七味やで、と賑やかだ。


会長が戻って来て、ガールフレンドさんと並んで席に着いたので、僕たち三人は試作品に手を伸ばした。

おやきは、戻した干しダコと野菜とを刻んだ餡を、小麦粉で包んだ焼き饅頭だった。原型の草戸焼きに一番近いのは、これかもしれない。

「小麦を練るのに、タコの戻し汁を使うと、味にインパクトは出るんだが、焼き上がりの匂いがきつくなる。海産物が好きな人には受けるかもしれないが、一般受けするかどうか自信が無くてね。生姜汁を絞ったり、粉山椒を加えると香りの纏まりがバラけてしまうんで、戻し汁無しで作ったものなんだ。可も無く不可も無くといった出来になってしまったのが残念でね。」

と、会長。

 中華饅は、南京町で売っているような包子タイプで、具に豚ひき肉に加えて、刻んだ戻し干しダコが入っている。

「今まで試食してもらった感触では好評なんだけど、干しダコを入れる事で、普通の包子と比較した場合に、どれだけのアドバンテージが有るのか疑問なの。湯でダコのブツ切りだったら食感を生かせるのだけれど。」

とガールフレンドさん。

 タコ焼きは、生地に干しダコの戻し汁と卵の黄身を加えて焼いたもので、当然具には戻し干しダコが使ってある。

「明石焼き風に、ダシで食べてもらいたいけど、お祭りの屋台じゃあ、サービスの仕方が難しいので、何も付けずに食べられるよう、生地の味を濃いめにしたんだ。しかし、明石焼き派とソースたっぷりタコ焼き派とのどちらからも中途半端と見なされるかもしれない。」

会長は自分に厳しい人のようだ。

 一通り試食が終わったので、一押し作品に投票することになった。

僕は元の味に近いだろうという理由でおやきを押し、アマノさんは屋台で売ったら一番売れるという理由で中華饅に一票投じた。ただし、干しダコにこだわらず、生ダコを使うべしとの条件付きで。キビツさんはタコ焼きを支持した。カボスをかけたら、更に味が引き立つだろうとの参考意見と共に。

バラバラかぁウチら役に立たんなぁ、とアマノさんが溜息を吐くと、どれも良く出来ていますから票が割れるのは仕方ありませんね、とキビツさんが応じた。

中華饅とタコ焼きは、九頭竜焼きという名前とはイメージが違い過ぎると思うのだけれど。


 一段落付いたので、僕は先ほどから気になっている事を会長に質問してみた。

「他の会員の方々が、いらしゃいませんね?」

「僕らは試作品作るだけの脇役だからね。あんまりぞろぞろと雁首揃えてても仕方がないだろう?それでも設営に、あと五人ほど来てたんだが、泳いでくると言って、もう下に行っちゃったよ。実は九時前に着いた時には、既に開場は出来あがってたんだ。ウラさんが手配した業者さんが、搬入やらテント張りやら、一切やってくれてたので、僕らは調理器具をセットするだけで終わり。草刈りだとかも済ませてあるし、手を入れ始めたのは、昨日今日の事じゃないだろうね。」

「そうなんや。でも泳ぎに行った連中は、きっと会長と彼女に気遣てのこと、とちがう?」

まあそうかもしれないね、と会長とガールフレンドさんは顔を見合せてニコッと笑い合った。

「キビッちゃん、なんやウチら、お邪魔虫みたいやで。」

「いや、そんな事ないよ。試作品の批評、参考にさせてもらうよ。カボちゃんはウラさんやクリスチャンセンさんとの顔合わせ、まだだったよね。」

「はあ、先ほどから、ご挨拶しようと、それらしい方を捜しているのですが・・・」

 それなんだがね、と会長は腕組みすると

「セッティングが終わった頃に、消防とお巡りさんがやって来たんだが、点検の結果を聞いたら、二人とも急いで降りて行ってしまったんだ。お巡りさんには、何故か私服の人も一人混じっていたんだよ。」

「なんか、不具合でもあったん?」

「最後に細い急坂が有っただろう?安全のためには、階段にするか、手すり付けるか何か、対策しないといけないらしい。軽トラを置いてある所までも、いざという時に、救急車も消防車も入って来られないから、それも問題みたいでね。ここでイベントやるのは難しいかもしれない。」

「でも、登山小屋とか、もっと厳しい所で営業してるとこ有る思うけどなぁ。」

「イベントだと、登山客みたいに、しっかり対策している人ばかりが来るわけではないからね。それに、古くからの祭りで既得権益がある、という訳でもないし。」

「今日は、やってもええの?」

「参加人数が限られているし、不特定多数の人を集めるというのではないからね。ハイキング扱いだって。くれぐれも火の始末に気をつけるようにって、釘を刺されたよ。本来なら火器使用不可らしい。終わって帰る時には要報告だそうだ。」

「クリスチャンセンさんもウラさんも、どうするつもりなんやろ?」

「まあ、元から本番は、もっと涼しくなって、海水浴シーズンが終わった秋にやる予定だったから、海の家が片付いた後に、海辺でやることになるんじゃないかなあ。ここに御神輿置いといて、氏子役が海岸まで運ぶ事にしようか、とか話が出てたみたいだよ。」

「どこに御神輿置くんやろ?プレハブでも建てるんかな?」

「十メートルくらい先に古墳の石室があるけどね。石室が神社になっている所は、宮地嶽神社とか結構多いんだ。しっかりした石室で、神輿をおけるスペースは有るよ。入口に雨除け庇は必要かもしれないけどね。それか下の、軽トラ置いてある広場の奥に、防空壕跡がある。今は入口を、子供なんかが探検しないように板で塞いであるけれど、中はベトンで固めた立派な造りで広いんだそうだ。」

「陣地作んのは、途中で放棄したんに、防空壕だけ?」

「陣地構築工事とかしてたら、艦載機の機銃掃射目標になるからね。逃げ込む場所は先に作っておかなくちゃならないそうだよ。本土決戦真近で、ちぐはぐになってる処もあったのかもしれないけど。」

 なんだか、アマノさんから聞いていた話と違うな。

「さっき、アマノさんから石室は、地震で壊れたって聞きましたけど。」

その時に、地崩れが起きた場所で、イベントやって大丈夫かな?と思ったんだ。

「ちゃう、ちゃう。壊れたんは社や、言うたやん。」

その通りだったけれど、社が壊れる程の被害が起きたわけだし。

「アマちゃんの言う通りでね。古墳は震度六にも耐えたんだよ。斜面に大きな崩落が起こったのでもないし。ただ、上から落ちて来た石が、古い社殿を直撃したんだ。」

 キビツさんが、首を傾げて疑問を口にした。

「でも、オオタさん言っておられる事は分かる様な気がします。ウラさんは、ベテランのイベント・プロデューサーだと伺っていたのですけれど、使用許可が下りない可能性を、考慮しておられなかったのでしょうか?落石の件だけでなく、消防の方のご指摘の件も、もっともなお話ですし、予め検査してもらっておけば、今になって慌てる事は無かったような気がするのですが。」


                                      続く


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