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戦争の前

数か月後、聖都はその輝く姿に亀裂を生み始める。

神託者を追放した王は再び大司教との関係を取り戻し、今まで通りの聖都を取り戻さんとし始めたが。

貧しき物にも分け隔てなく手を差し伸べつづけた神の子を忘れることなどできる筈もなく、民の眼の多くはマリアの方を向くことになる。

翌年……。

聖王レオ十一世は、マリアを崇拝することを罪に問うことにし、失われた信教の回復に努めたが、逆に民のマリア信仰を深めることとなる。


結果。水面下で動いていたマリア信仰と、根付いていた信仰のいさかいは表面化し、雪降りしきる白銀の夜……信託者 聖 テレジアは反逆の狼煙を上げる。

                     ◆

「神は!この国を見捨てたもうた!神の声を無視し、神の子を犯し!私腹を肥やしている!賢王の時代に気付いた神への信頼は!白痴の王であるレオ十一世の暴挙により我らに開かれていた狭き門は、いかに叩こうと開かれぬ完全な巨壁となった!この国はもはや終わりだ!神に捨てられ、世界のすべての悪魔たちが、まるで穢れを知らぬ聖女を弄ぶかのごとく!嬉々として我らを凌辱し、滅びへと導くであろう!愛でられ育てられた羊が、襲い来る狼の群れの牙から、自らを守る小屋を無しに逃げられることなどできようか? 其れと同様に!我々もまた、悪魔による破滅を逃れることなどできない。それはもはや必定、神の子を捨てたレオ十世の収める国は、そうなることは必定なのだ!だからこそ、我等は取り戻さなければならない!賢王が収めていた、神の言葉に従い行われる富める者も貧しき者も救われていたあの時代に!神が収める時代に!神の子を、マリアの声により国が治められなければ、愚王の巻沿いを受け、真なる神の僕たる我々でさえも地獄の業火により焼かれることになる!故に、立ち上がれ神の僕たちよ!その牙を突き立て!神への忠誠を天へと届けるのだ!」

白銀の世界、マリアの隣に立ち拳を振り上げる神父は、白い吐息を吐きながら銀色の鎧を身にまとった兵士たちの前に立ち、鼓舞する。

【許すな! 許すな! 愚王を許すな! 許すな!許すな! 愚王を許すな!】

それに呼応をするように、手に持っていた槍の柄で地面を鳴らしながら、兵士たちは呪いの言葉で大気を振動させる。


迫害された恨み。

私腹を肥やす貴族への妬み。

今までたまっていたその黒い感情は、甘い香りに誘われて明確な殺意になる。


狂信者と、悪魔崇拝はどこが違うのか?

聖なるものを崇めている者たちは、黒よりも深い闇を心の中に抱き、言葉と同時に漏れ出すその闇が、じりじりと大気を染め上げていく。

「愚王を許すな! 王を許すな! 国を許すな! 全てを、全てを壊せ!」

狂乱。

とめどない怨嗟の言葉を放ちながら、神託者は神の声を本能を剥きだしにされた兵士に向かて鼓舞する。


「……」

その姿を、どこか憂いを秘めた少女は何かを口走ろうとして口を開き……そのままでかかった言葉を飲み込む。

神の子でも、聖女ではない。

信者を狂わせる、唯の象徴。 それが今の彼女であった。

                       ◆

「時期に戦争が始まる。狂信者五万と、王国兵四万の戦争がな」

「戦争などと言うものは、戦えるものがぶつかることを言う。武器も戦闘経験もない人間と訓練された兵士……これはもはや戦争ではない、美しい殉教だ」

苦虫をかみつぶしたような表情をしているヨハンに対し、隣に立っていたメルヴィルは皮肉を漏らしてそう語りかける。

「……この国はイカレちまった。どいつもこいつもマリアマリア……守れと殺せの違いだけで、マリアのことしか考えてねぇ」

「……妬いてるのか?」

「ば!?そそ、そんなことねぇだろ!」

「ふん……まぁ、マリア様の神威に当てられた狂信者にくれてやるくらいなら、貴様みたいな乞食の方がましかもしれんな」

「……はん、ごみ処理なんて出来ない程にこの都市は汚くなっちまった。毎日朝起きるたびに汚物を口から流されてる感覚だよ……汚ねぇったらありゃしねぇ」

「ならば、お前はもう自由だ……マリア様に頼めば、外の世界へと逃げることも可能だろう……お前は兵士ではない。まともな思考を持つものなら、戦わず生き残る方が利口と言うものだぞ?」

諭すような言葉をメルヴィルは投げかけるが。

「はっ。冗談」

ヨハンはバカにするような笑い声を飛ばして剣を手に取る。

「俺は知ってのとおり、美しい物から離れらんねぇ生き物でな。光に群がる蛾みてえに、てめぇの体が焼けると分かってても飛び込んじまうんだよ」

その瞳は……そっとうつむいた表情のマリアへと向けられており、その覚悟にメルヴィルはヨハンを何としても生かさなければならないと分かっていながら……引き留めることが出来なかった。

                     ◆

「王子」

聖なる都市を一望できる王城の最上階。

見張り等を兼ねているその場所は、肩に積もった雪を払おうともせず、唯々ユラユラと揺れる松明の明かりを、光りなき瞳で見つめている。

「王子!」

「!?」

背後に立つ男の二度目の呼び声に男は反応をして、白い息を吐きながら背後を振り返る。

「……ベアード」

「そんなところで何を? お風邪を召されてしまいますぞ?王子」

「王子ではない……私はもう王だ……」

「やっ……これは失敬を……ついくせでして」

「やれやれ、貴様も私を王とは認めてくれていないようだな」

慌てて訂正する様子を見ながら、レオ十一世はうつろな瞳を伏せる。

「何を……」

「分かっている。賢王は、侵略戦争を乗り越え、三十年の安寧をこの国に与えた……しかも、侵略戦争を乗り越えたのは私と同じ年だったと聞く……ふふふっ。笑える話だ。父が壊れかけた国を再構築するのと同じ速さで私はこの国を壊そうとしている……そんな愚王、民の心が離れていくのも当然であろう……誰も、誰も私を認めてなどいない」

「王!そのようなことを申されないでください!あなた様は賢王 レオ十世の御子息!その崇高な赤き血はその体に余すことなく満たされ、その豪傑の魂はあなたに脈々と受け継がれている! 現にあなたは国家にあだなし、賢王でさえも惑わした逆臣 テレジアの悪事を見事暴き、国家転覆を防いだ!それは、あなたにしかなしえなかった所業にございます!」

必死に騎士団長は王を説得するように声を張り上げる。

その大声に呼応するかのように吹雪はさらに勢いをあげ、王の背中を鼓舞するように松明の火を風により煽り猛らせる。

「……だが今の現状を作りあげたのは私だ!民は武器を掲げ、今この私に刃を突き立てんとしている。 この聖都を……汚したのは私だ!」

だが……その言葉も、今の王には届くことはなかった。

「王は……王は優しすぎるのです!!あの時、あなたはテレジアに情けをかけた……確証の無いこと故と、あの逆臣に情けをかけ、命を御救いになられた!これまでも、鎮圧を図ればたやすくつぶすことは出来た!それなのにしてこなかったのは、王の温情ゆえ!その恩を忘れ反逆するあのものこそが悪なのです!」

「だが!民の声は違う!!賢王の考えを捨て、暴挙に走った愚王と世間の者は口々に語る!悔しいが……其れが世界の事実だ。覆ることはない!!私は……失敗したのだ!」

振るわれた拳は、城の灰色の石を叩き、その握り閉めた拳からは赤いものがたらたらと流れる。


一瞬の沈黙が二人の間に流れる。

聞こえる音は、吹雪が城壁を叩き、松明が赤き炎を煌々と猛らせる音。

「……王よ」

そんな中、ベアードはゆっくりとその重い口を開き、ゆっくりと刃を抜いてその場に跪く。

「……」

「あの時……殺さなかったのは私の判断でございます……王の刃となり王の影となって生きる私の使命……私は分かっていた。あの時あの男を殺さねば、少なからずあなた様の障害になると……分かっていながら私は殺さなかった」

「……」

「賢王の時代は、戦乱にまみれ、血で血を洗う抗争を続けていた……先王はそれをすべて背負ったうえで、賢王と言う仮面をかぶりながら、民に慕われていました。しかし、あなたは違う……この三十年の安寧を誇る時代……この時代は、その身を裂く鋼ではなく……全てを許容する心こそが、国を治めるに値すると、それこそが新しき時代の形であるという、妄言を信じてしまった故でございます……。故に、すべてはあの時の己の甘さが原因……たとえあなた様がどのような罵詈雑言を浴びせられ、どのような悪事を働こうとも、私だけは何があろうとも、あなたの刃であることを誓います」

騎士の誓いの言葉は力強く……そして、王に戦えと促している。

「……ご決断を」

その刃の言葉に、王の決断は一つしかなかった。


                     ◆


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