失墜
「……聖テレジア」
ドクンと、私の心臓の鼓動が高鳴る。
「は……はい」
ついに。
ついにこの時が来たのだ。
あの日、あの時悪魔に見初められた時……我が妻が悪魔を産み落とした瞬間の人生の最底辺……。
あそこから這い上がる私に認められた逆転の道。
悪魔を天使にすると決めた時から……私の計画は完璧だった。
そう、完璧だ。
妻を失った……友を失った。全てを失った。
しかし、その代わりに私は、神の子の父となり、神託者となり、今や民の支持は王よりも高い。
決められている。
決められている。
決められている。
そうさ、決められている。
王の信頼は絶大。
否……王の洗脳は絶対。
マリアの洗脳はまるで麻薬の如く……一度その香を嗅いだら抜け出すことは不可能。
故に、王は私の洗脳通り……王子の側近に私を任命する。
全ては計画通り。
後は、なんだかんだでマリアに興味を示さなかった王子とマリアを面会させるだけ。
簡単だ……私の娘は神の子……聖都の王が一度も面会しないという事はありえない。
そう、簡単だ……ただ焦ってはいけない……。慎重に、自然に。
簡単だ、一度会うだけでいい。あとはマリアの力が王子を虜にする……。最後だからって
焦る必要はない、今までと同じ……他の信者と同じようにすれば……私の時代が……私こそが、神になるのだ!
「レオ十世の名を持って……最後の命令を下す……信託者聖テレジア……神の子、マリアテレジアのすべての権限を……剥奪する」
え?
◆
「マリア様、こちらです」
「ちょっと……メルヴィルまって!?」
マリアは戸惑ったような声を上げながら、人混みの中ヨハンとエレノアと一緒に息を切らしながら走っていく。
人混みの間を分け入るように走り抜け、マリアの通り道を作っていくが、人混みはまるで砂地獄のように作られた道を閉じて行き、結果マリアは細まった道をつっかえながら王城の城門前へと向かう。
始めは唯の野次馬心から赴いた王城であったが、人々の噂話は、マリアの心を急がせる。
【王が、神託者を追放したらしい】
【可哀そうに……確かに王は老いてから白痴となったと聞いたが……まさか神の子の父にこれほどの仕打ちを命ずるとは】
【なんでも、屈強な兵たちに鞭打ちにさせたとか】
【いやいや、この傷……もはや拷問だよ……】
歩を進め、父に近づくほどその不安は大きくなり、噂は過激さを増していく。
まるで、人々の怨嗟の中をかき分けて進んでいくような感覚に、マリアは少しの吐き気を覚えながらも進んでいき、その人混みを抜ける。
「……あ……」
そこに居たのは、変わり果てた姿で倒れ伏す、父の姿であった。
「お……父さま?」
「神父様!」
メルヴィルはすぐさま神父の体を抱き上げる。
「う……ごほ……何故だ……何故だ……私は……私はこの国の、神託者……なのに」
意識のない神父は、か細い声でうわごとを呟きながら口から赤い血を流す。
「お父様……なんで?」
突然変わり果てた姿で目の前に現れた父親を前に、マリアはその場にへたり込み。
「っく……マリア様!とにかくお父様を安静に出来る場所へと連れて行かねばなりません!」
「っマリア!」
神父を抱え上げるメルヴィルの横でへたり込むマリアをヨハンが助け上げる。
「あ……」
声を漏らす少女の手は震えていた。
王の死。父の失墜……マリアにとって数少ない身近の人間に立て続けに不幸が続き……その全てが重圧としてマリアの小さな背中をつぶそうとする。
聖女として蝶よ花よと愛でられ続けられたマリアにとって、その重圧は正気を失うには十分すぎた。
「……行くぞ、マリア」
「……う……うん」
「ほら!何見てんのあんたたち!見せもんじゃないよ!ほらどいてどいて!」
エレノアが野次馬を追い払い、できた道の中をメルヴィルが神父を担いで行き、マリアはヨハンに手を引かれながら歩いて行く。
「……許さん……許さんぞ…………レオ……この青二才が……殺す……戦争だ……戦争だ」
か細くうわごとの様に繰り返される神父の怨嗟の声は。
変わり果てた信託者の姿を嘆く人々のざわめきによってかき消されていった。
◆