王の召喚命令と友達のエレノア
「……おや?」
木の椅子に腰を掛けて書物を読みふける額に傷を持つ神父は、外から見えた人影に気付き、しおりを挟んで本を閉じて、メルヴィルとマリアを迎える。
「お帰りマリア。あらら、随分と汚れてしまって。一体どこへ行ってたんですか?」
「え……えと」
流石にスラムで強姦に会いかけた……とは言えずにマリアは一瞬だけ言葉を濁らせると。
「近くの養鶏場にて鶏と戯れているのを発見しました」
メルヴィルはそんなマリアの様子を見かねてそうマリアの代わりに返事をする。
「え……メルヴィル?」
「しっ」
メルヴィルの言葉にマリアは困惑した表情で背後の騎士の姿を見やると、メルヴィルは小さくウインクをして口裏を合わせるようにマリアに指示をする。
「養鶏場ですか……なんでそんなところに?」
「え……えとひよこを見ていたの!」
「ふむ」
神父は一度考えるような仕草を取り、無表情のままマリアの傍らに立つメルヴィルを見た後。
「まぁ、襲われやすいからと言って缶詰めにしてしまっていた私にも非はありますね……これ以上は何も言いませんよ。ですがマリア、これからはちゃんとエレノアかメルヴィルと一緒に行くこと……約束してくれますね?」
「はい!お父様」
「いい子ですね、マリア。ではそろそろ王様の元へ行く時間ですから、その汚れてしまった服を着替えておいで」
「はーい」
神父は終始笑顔のままマリアをメルヴィルと共に教会の奥の部屋へと送り出し、先と同じように書物の続きを椅子に座ったまま読み始めた。
「ありがとう……メルヴィル」
木製の扉が閉められて父親の姿が見えなくなり、マリアはそっとメルヴィルにお礼を言う。
「いえ、主をお守りするのが私の役目です故」
「はいはい」
代わり映えしない忠義の言葉にマリアは半ばあきれて苦笑をすると、自分の部屋へと歩を進める。
教会とマリアの住む場所を繋ぎ伸びる廊下を抜け、扉を開くとそこは先ほどまでの白と赤の光の世界ではなく、黒ずんだ色が支配する世界へと変貌する。
一歩進むごとに悲鳴を上げる廊下は、踏み外せば抜けてしまいそうなほどぼろく、ろうそくの明かりがゆらゆらと揺れている。
日の光を一切受け入れないトンネルのような廊下は当然のようにかび臭く、マリアと鼻を失った神父以外の人間はこの道を通るたびに眉をしかめるほど。
到底神の子を産み落とした教会の名にふさわしいとは思えない場所であるが、この場所が改築されないのは理由があった。
というのも、この教会はマリアが生まれたのちに元々あった古い教会と背中合わせになるように建てられた建物であり、マリアが生れ落ちた場所は聖域としてそのまま残されており、マリアが生れ落ちた場所は……現在もマリアが私室として使用している。
「ねぇメルヴィル」
「何か?」
自室の扉の前にてマリアは立ち止まり、赤い斑点のようなものを見てメルヴィルの名前を呼ぶ。
「前々から思っていたんだけど……この赤い斑点は何かしら?」
「……おや、御父上から聞いていないのですか?」
「え?」
か細い腕を組んで考えるマリアの質問にメルヴィルは意外そうな表情をしながら、珍しく饒舌に説明を始める。
「この斑点は、あなたの母君の血液」
「え……お、母様の?」
「あなたがお生まれになった日、この教会には強盗が押し入りました。裏口から侵入した強盗は、金目のものがあると思ったのでしょう、以前は神父様が使用していたこの部屋に侵入し、お産をしていた赤子を取り上げた助産師一人と、医者を殺害……騒ぎを聞きつけて駆け付けた神父様に切りかかり……マリア様もご存じのとおり神父様はこの世のすべての香りを失われました」
メルヴィルはその惨劇を想像して目を細め、斑点をそっと指でなぞる。
「……そ、それで?」
「重傷を負った神父様は一時昏倒していたそうなのですが……目を覚ました時目前に居たのは母君から生れ落ちたあなた様と、首を落とされながらもしっかりとあなた様を産み落とした母君様の姿だったそうです」
「……え……ご、強盗さんは!?どうなったの?」
「死んでいたそうです。 死因は心臓麻痺。恐らくあなた様の神威に当てられ死に絶えたのでしょう。 外傷も何もなく……ただ安らかに息を引き取っていたそうです。その後、神父様により何度もこの部屋は掃除されたのですが……貴方様がお生まれになった時に辺りに飛び散った血液だけは消えることなく、こうして神血の跡として残っているのです」
「……そう……なんだ」
メルヴィルの話にマリアは一瞬暗い影を落とすが、メルヴィルはこの話が齢十二の少女に語るべき内容ではないことに気付かないまま、表情を変えることなくマリアの部屋の扉を開く。
と。
「まーりあちゃああああああん!」
「っきゃあ!」
まるでおとぎ話に現れる古代の兵士の投擲した槍のように勢いよく飛び出した少女は、抱き留めてもらおうと思っていた少女に身を引いて躱されてしまい。
「あいたぁ!?」
崩れてしまうのではないかと不安になるほどの音を立てて、頭から壁へと突っ込む。
「……え、エレノア?」
「や……やっほー」
痛そうに鼻を一度さすった後、それを忘れてしまったかのごとく少女はすくっと立ち上がる。
「もーマリアちゃん酷いよーずっと待ってたんだよー!帰ってきてクローゼットを開けたらわっと驚きエレノアちゃんごっこをしようとクローゼットの中に隠れてたら、なんかこの世のものとは思えない名状しがたい声が聞こえてくるくらい暇だったんだからねー!」
「一体クローゼットの中で何と繋がっちゃったのエレノア!?」
「とにかく~!罰としてマリアちゃんは今日はエレノアと一緒にずーっと遊ぶんだよいいね?」
エレノアは駄々をこねて、老衰直前の木の板に止めと言わんばかりにじだんだを踏む。
「ご……ごめんねエレノア。実は今日はこれからお城に行かなきゃいけないの」
それに困った表情でマリアはエレノアをなだめようとするが。
「やだ!」
エレノアは王の召喚命令にノーを突きつける。
「でも、王様のいう事は絶対に聞かなきゃいけないから……今日はごめんね、我慢して?」
「やだーー!やだやだーー!こんだけ待ったんだからマリアちゃんと遊ぶ―!遊ばないんだったら私をやっつけるがいいさーー」
「倒すなんてそんな……め、メルヴィルなんとかしてええ~」
「御意に」
「え?」
マリアの困ったような一言によりエレノアは伸びた騎士の手刀により、こてんとその瞳を闇に覆わせ一切動かなくなる。
「ちょ!め、メルヴィルそれすごすぎ!」
「光栄です」
「褒めてないから!」