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マリアとヨハンの出会い


聖なる都市と呼ばれる都市は、その名を体で表すように白で塗りつぶされた煉瓦造りの家々に救世主の流した赤を滴らせたかのような赤色の屋根が朝日に照らされて爛々と輝き、朝を伝える早鐘の高台から見れるその情景はさながら白いキャンパスに描かれたバラ園の様であり、その様子をうかがいながら、朝を告げる役目を負うものはいつものように都市に朝を告げる。


鳴り響く鐘の音は都市全体に神の声のような音を鳴り響かせ、天使の舞い降りてくるときに鳴り響く音に模して造られたその音につられるかのように、人々はぞろぞろと家から顔をのぞかせ、各家の煙突からほぼ同時に煙が上がる。


 聖都。そう呼ばれるこの都市は、数百年もの間神に寵愛されし都市としてその地位を確立し、その都市、その国家の政でさえも神の声により行っていた。

故に、この町の人々は皆例外なく神に愛され、たとえ貧しい人間であっても、神の教えを受けることは、その都市が定める法律によって守られている。

そう、故にこの都市に不満を持つものは一人としておらず、皆神の寵愛の中、幸せに暮らしている……。

と……されてはいるが、大きな光がある場所には、大きな影も存在するものであり、当然この都市も例外ではない。


「はぁ……はぁ……はぁ」

都市のはずれ、王城から東に位置する一区画。

隣国の侵略戦争の激戦区となり、何もかもが焦土と化したその区画はまるで切り取られたかのように都合よく都市の人間に忘れ去られていた。

「はぁ……はぁ」

そこは白と赤が支配をする世界ではなく、くすんだ空気と汚らしい灰色が充満する落ちぶれた世界。

人々は廃墟と化したごみためで生息し、彼らもまたゴミと同様に扱われている。

「はぁ……はぁ……はぁ、やっとついた~」

しかし、そんなスラムの中に、都市部のどの家よりも大きく、王城と見間違えるほどの美しさを誇る教会が数年前からそこに建てられ、貧しき人たちに神の教えを説きつづけ、国の最も重要な場所とされた。


唯一絶対神が寵愛し、力を授けた神の子が降誕した聖なる場所として。


「ま~りあちゃーーーん!あーそーぼー」

唯一絶対神の姿をかたどった扉を汚れた手でこじ開け、聖なる蝋燭の火によりオレンジ色に染まる聖堂の中に、無邪気な子供の声が響き渡りありがたい神の言葉はかき消される。

「……あり?もしかしてお祈り中だった?」

静まり返り、中に集まっていたボロボロのローブをかぶった人々はいっせいに少女の方を睨みつけ、少女はきょとんとした顔でそんなことを口にする……と。

「皆さん。神の言葉を遮られたと言って怒る必要はありませんよ?なぜなら神は私ではありません。私は神の言葉を唯あなた方に分かりやすく教えているだけ……故に、無邪気な子供の言葉の方が何倍も尊いのです……」

聖書を持っていた男が人々にそう笑いかけ、持っていた聖書をとじて、突然来訪した客人に歩み寄る。


その身長は壇上に上がらずとも人々を見渡すには十分なほどであり、それでいて両の腕は少女のように白く、細い。

齢34だというのにその髪は白く、そのただでさえも目立つ彼を削ぎ落された鼻が尚の事彼の存在感を際立たせる。

「やあ、よく来ましたねエレノア……」

「神父様―マリアちゃんは?」

「おやおや、マリアですか?おかしいですね、今日はあなたに会いに行くと言って出て行ったのですが……ふむ、困りましたねぇ……今日は午後に城まで行く用事があるのですが」

「えー!神父様うそつきー。私マリアちゃんと約束なんてしてないよー」

「……私が嘘をついたわけではないんですがねぇ」

駄々をこねるように騒ぎ立てる少女に神父は困ったような笑みを浮かべ、少し自らの傷をなでる。

「やれやれ、困った子ですねぇマリアは……神の子である自覚はあるのだろうか」

「神父様どうしたのぉ?」

あきれ顔でため息を突く神父の顔を覗き込み、エレノアと呼ばれた少女は首を傾げる。

「いえいえ、こちらの話です。どうやらマリアはまた一人で城下町へ向かったみたいですね。少し行って連れ戻してきてもらえますか、エレノア」

「えー、あそこ嫌いー。みーんな消毒液臭くてやだー」

笑顔の神父の言葉に、エレノアは駄々をこね、教会の柱に抱き着いて首を激しく横に振る。

「そういうと思いましたよ……。仕方がありませんねぇ……メルヴィル!」

その姿に神父は苦笑をもらし、エレノアを引きはがしながら聖堂の奥に向かって叫ぶ。

「こちらに」

低く獣がうなるような声と同時に、騎士団の証である槍と十字の描かれた白銀の手甲がオレンジ色の聖堂の中で黄金色に輝きを放ち、歩くたびに揺れる浅葱色の衣服は絶えず光の反射によってその色を変える。

「あー!騎士の人―!」

信者たちをかき分けるようにして神父の元へと向かってきた騎士に向かってエレノアはそう叫び。

浅葱色の騎士はそんな無邪気な少女の頭をそっと頭をなでる。

「マリアを連れ戻してきてください。恐らくは城下町にいるのでしょう。最近は何かと物騒ですからねぇ……連れ戻してくれませんか?」

「……御意に」

メルヴィルと呼ばれた男は一度神父に傅き、踵を返して扉を開き、駆け足で町の中をかけていく。

「ほら、エレノアもマリアが帰って来るまでお部屋の中で遊んでいなさい」

「はーい」

神父の言葉にエレノアは素直に従い、教会の奥へと続く通路へとかけて行き、神父はその扉を閉じて信者たちに神の教えを説くことを再開する。


甘い香りが立ち込める教会の中。人々の瞳はうつろなまま、神父は聖書の言葉を読みあげ、信者はその言葉を復唱する。

教会に反響する声はまさに人々の至福の声であり、救われる瞬間。

例え貧しき物でも神の名のもとに救済が与えられる権利を法によって守られている都市。

聖都……。

そう呼ばれるこの都市の所以を体現するがごとく……汚れたスラムにそびえたつ白き教会からは、汚くも明るい福音が漏れ出し、スラムを照らしていたのであった。

                     ◆

白い世界に包まれた聖都の中……灰色のスラム街よりも少しだけ城下町に近い場所にある……処理施設。

城下町、スラム街双方から出る廃棄物を焼却処分するそこは、闇夜の雲のような暗雲が昼夜問わず立ち込め、元は白かったであろう家の屋根や、赤いレンガは立ち込める黒い煙により、黒く染め上げられている。


「はぁ……はぁ……はぁ」

そんな中を、この黒く汚いゴミ処理場には似合わない純白の少女が一人駆け抜けていき。

「あははっははは!はー、はーお嬢さん!一回!!一回だけ!」

その少し後ろを、少女にも劣らぬほど高価な衣服を上にまとい、下半身をあらわにした男が追いかけていく。

いくらスラムが貧しいとはいえ、衣服をも提供されない人間が出るほどここは貧しい都市ではなく、その様子から見て男の目的は強姦であった。

「あはっ!あははっは!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「ひっ!?」

狂ったように叫びながら男は口からよだれをまき散らして雄たけびをあげ、少女はその姿に恐怖の色を浮かばせる。


逃げる少女は見た目からして十代前半。

体力も出来上がっておらず、走り回るために作られていない絢爛なドレスは一歩進むたびに不満を漏らすように足にまとわりつく。

そのため、少女は次第に男との距離を詰められていく。

「い……いやぁ……来ないで!こないでええぇ!」

悲痛に響く声は黒い煙に吸い取られて響くことはなく、少女の脚はひび割れた煉瓦の道に躓いて音をたてて転び、すかさず男は少女の上にまたがりその柔肌を汚そうとする。

「ははっ!ひひひひひひひひ!ひゃははは!つかまえましたよ!僕の……僕の高貴な種を差し上げましょう!」

「いや!?いやああああ!」

「あひゃ……ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

狂ったように猛り狂うその男は、欲望のまま少女のドレスを引きちぎろうと手をかけ。

「いぎっ!?」

その手を黒くドロドロした何かが弾き飛ばす。

「おいおい、朝っぱらからな~に汚ねーもん見せつけてくれんだこのヤロー。せっかく清々しく仕事をおっぱじめられるはずだったのが全部パーじゃね~か。どーしてくれんだくれやがりますか」

気怠そうな声は上空から響き渡り、少女と男はほぼ同時に空を見上げる……と。

スラム街の廃墟、崩れかけた家の窓にその声の主は腰を掛けていた。

「だ……誰?」

そこに居たのは見た目少女と変わらない年齢の少年。

来ている衣服はみすぼらしくツギハギだらけであり、その全身はスラム街の煙で黒く染まっている。

「な……なんだこの汚い物は……身分をわきまえたらどう……」

物、という言葉に反応して投げられた黒い塊は、少女の金色の髪を掠めるように、しかし決して汚すことなく通過していき、綺麗に男の顔面にぶち当たり吹き飛ばす。

「な……なんだこれ……は……うぼえぇえ!?なななな!?なんだこ……おぇええ!」

「だぁれが汚い物だ発情ヤロー。今の姿鏡で見てみやがればーか、本当の汚いってのを教えてやらー」

その臭いはすさまじく男の鼻に突き、吐き気と同時に呼吸と言うほどを忘れてしまうほどの匂いと味がする。

それが同時に襲いかかり、男は害虫駆除用の薬物を食したゴキブリのように、地面に顔を擦りつけて男はもがき苦しみながらふらふらと立ち上がり、その場から逃げていく。

「……あ……えと」

少女はその光景を呆けた様子で見つめ続け、しばらく口を魚のように開けたり閉めたりを繰り返していた。

「っと……ったく失礼しちまうよな貴族って種族はよ~。人の事物扱いするわ、年齢関係なく盛りのついた犬みたいに交尾しようとするわ……なぁ?あんたも災難だったよなぁ?」

「え……あ……えと」

少年はぐちぐちと文句を垂れながら少女に手を差し伸べ、少女はその黒く汚れた手をしばし見つめた後、なんとなしに取って立ち上がる。

「大丈夫か?変な病気とか移されてねーか?」

「え……うん。多分熱は無いかな?」 

「?……まぁ、大丈夫そうならいいや……えっと」

「あなた……大丈夫なの?」

少年の言葉を遮るように、少女は少年にそう聞き。

「は?何が」

少年は意味が分からずに首をひねる。

「ううん……貴方は普通にしゃべれるんだなと思って」

「はぁ?バカにすんじゃねーよ貴族さんよ~。このヨハン、スラムの生まれだからってからっきし学がねえってわけじゃねえ!死んじまった父ちゃん母ちゃんがしっかりとこのでっかい頭に叩き込んでくれたからなぁ!さっきの犬畜生の貴族と一緒にすんじゃねぇ」

「そうなんだ。ごめんなさい……ヨハン君ってすごい頭がいいんだね」

「ま……まぁ、分かればいいんだよ分かれば」

照れくさそうにヨハンは頭を掻いて少し口元を緩めて頬を赤らめると、機嫌をよくしたのか少女の手を引く。

「え?」

「一人で歩いてたらまた変な奴に襲われっかもしんねーだろ?だから俺がスラムの外まで送ってってやるよ」

「でも……」

少年の誘いに少女は少し申し訳なさそうな表情をして上目づかいになるが、ヨハンは気にせずに邪気のない笑顔を少女に向ける。

「いいからいいから。どうせ仕事場に行く途中だし、それに好意は素直に受け取った方が美しいんだぜ?」

「……そ……そうなんだ。 じゃあ、うん。道案内よろしくお願いします」

「あぁ……任せとけ……えーと」

「マリアって呼んで」

「おう。 行くぞ、マリア」

「……はい!」


満面の笑みに対して返された……少女の年相応の笑顔。

その笑顔がどれだけ稀有なものなのか知る由もなく……ヨハンと言う少年は少女の手を引いて黒色の町をかけていく。


異常を知らない少年と、異常しか知らない少女の小さな勘違いから生じた奇跡。


これが、魔女と風にうたわれるものとの……初めての出会いであった。


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