銀騎士メルヴィルVS聖騎士団長ベアード
目前に広がるは数の暴力。
敵兵の数は二百。
それに対し、迎え撃つはたった一人の兵士。
いかに強くとも、いかに化物じみていても。
一人の兵士は二百人の人間を切ることは出来ない。
「ぎゃぁ!」
最初に切りかかった騎士団兵の刃をすり抜けた白銀の騎士は、容易に鎧と鎧の隙間に刃を滑り込ませ、その首を貫き、続いて迫る槍を受け流し、胸を穿つ。
これで切り殺した数は先と合わせて六人。
その時点で刃は音を立てて砕け散った。
そう……いかに彼が化物であろうとも、彼の手にある武器がもたないのだ。
故に、武器を持たない騎士に力などなく……あとはゆっくりと蹂躙されるだけ。
愚かな騎士の愚かな足止めは、ほんの数秒も持たずに儚く散る運命だった。
いや、そうなる筈だった。
「っ!!」
振り下ろされた刃は、モーニングスターと称される鈍器。
鎧ごと相手の頭蓋を砕く其れは、それが持っている使用方法の通り、丸腰のメルヴィルの頭を砕くはずだったが。
その武器で頭を砕かれたのは。
「ガ……はぅぃ?!」
他でもない、武器を振るった男の方であった。
「なっ!?」
刃を振るいかけた兵士は、その光景に危険を感知し、メルヴィルの間合いの外へと外れる。
「……遅い!」
しかし、それでは間に合わない。
一度彼の間合いに入ったものは、皆等しく彼に牙を剥かれる。
狼のようにしつこく……。
「ひいぃ!?」
間合いに入った男は計五人……一人は槍を持ち、二人は剣を持ち、二人はハルバートを持っていた。
手順はいたってシンプル、奪い……そして殺す。
武器を壊れては戦うことが出来ないのと同じように……武器を奪われては戦うことが出来ない。
そうして、戦闘に居た八人のうち六人は、自らの武器にてその命をわずか数秒の間に奪われた。
「っ!?な……なんだあれは!?」
兵士たちはうろたえ、赤い色に染まったメルヴィルの眼光に二百人の獅子が恐れ後退する。
それに。
「簡単な話、脱刀術だよ……この国一番のな」
騎士団長は憎らしげに口元を歪ませて目前の悪魔を見る。
相手の武器を奪い、丸腰となった相手を殺す技……脱刀術。
基本武器を失った剣士が苦し紛れに使う技であるが……。
この男メルヴィルはそれを主な戦闘方法として用いている。
「……気を抜くんじゃねぇぞ野郎ども……。あいつは二十年前の侵略戦争で、重要拠点ビッグブリッジを守る防衛線でたった二百人で二千の兵士を殲滅させた男だ……気を抜いていたらこっちがやられるぜ!一気に畳み掛けろ!」
「はっ!」
命令に従い、聖騎士団は今度は盾を構えながら、一斉にメルヴィルへとなだれこむ。
武器を奪われ殺されたとしても、今度は歩みを止めることはない……たとえ武器が無かろうとも、突進をして踏みつぶす覚悟での人海戦術……こうなれば一本一本武器を奪っていく脱刀術など意味をなさなくなるからである。
が。
騎士団長は銀狼の疾走に冷や汗を垂らす。
走り寄る影は槍を奪い、剣を奪い……あらゆるものを奪い、一つ一つ丁寧に殺していく。
そう、まるで構えた武器が気が付いたら反対の方向を向いているような感覚。
優れたガラス職人が、いくつも雪崩れてくる熱されたガラスにいともたやすく形状を与えていくような……そんな早業を見るかの如く、感心するまもなく、部下たちが赤い鮮血を巻き上げていく。
特別なことはしていない。
其れには駆け引きも、腕力も意味をなさない。
ただ決められた型の通りに武器を奪い、後は丸腰の相手を切りつけるだけ。
考えようによっては最高の戦闘方法であり……。
その戦火は、単純に一にして千を超える戦力にもなる。
何故なら、彼は敵が増えれば増えるほど武器を持つことが出来るのだ。
それは、一人で戦争が出来るのと何が変わるだろう?
そうなれば武器を持つものと持たない者の強さの差は歴然であり。
「っ来い!」
足止めさえままならず、二百の兵士をかき分けて目標の喉笛へとたやすくかみついてくることは、たやすく想像できる。
手には一本のロングソード。
赤色に染まった全身は、赤い血の雨を降らせ……其れを体に受けながら、ベアードは元騎士団長と合いまみえる。
「ベアああああああああああアド!」
「メルヴィイイイイイイイル!」
怒号は二つ分。
互いの人ならざる者の咆哮に似た叫びは、兵士たちが援護することを一瞬忘れてしまうほどであった。
一合目。
振るわれたベアードのグレートソードは、メルヴィルのロングソードを迎え撃つ。
甲高い音が響き、火花を散らしながら両者は鍔競り合いをする。
「……あの子が受けた痛み! 償ってもらうぞベアード!」
その状況に持ち込んだだけで、メルヴィルの勝利は決定している。
メルヴィルはロングソードを手放し、グレートソードへとその手を伸ばす。
いかに騎士団長と言えども、メルヴィルのこの神業を回避する術は無く……その手からあっけなくグレートソードを奪われる。
「ぬっ!?」
丸腰になった団長に対し、メルヴィルは迷いも躊躇もなく刃を降りあげ。
「止めだ!」
その刃を振り下ろす。
が。
「甘いな……」
団長へと振り下ろされたグレートソードがその身を裂くより早く……団長は迷いなくメルヴィルへと突進する。
白き鎧……聖騎士団にのみ与えられる甲冑……。
それは、触れるだけで咎人を気づつける聖なる鎧。
「っぐ!?」
グレートソードの一撃は、前方へと突進したベアードの肩へと食い込み、メルヴィルはその鎧を全身に受ける。
あふれるのは鮮血。
出来たのは切り傷。
そう、ベアードの鎧は……すべて刃でできていた。
隙間や表面、一目では分からないが甲冑の細部に隠された、触れたものを傷つける聖なる刃。
触れるだけなら大した傷ではないが……其れが二メートルを超える巨体に突進されたとなれば話は別である。
『ぬ……あぁぁ……』
意識が途切れ駆け、全身の骨が折れる音と同時に、肉が裂かれる音が響く。
切るとつぶすを同時に行われた其れは……痛みを通り越して崩壊に近いものを送る。
「……が」
臓器がつぶれ、大動脈が断ち切られ、脇腹は獣が食いちぎったかのような跡が残る。
野生のクマであろうと、その命を失う一撃。
しかし。
「……その……程度か!!」
メルヴィルは踏みとどまり。
「バカな……お前は不死身か?」
呆けた騎士団長の頭を殴り飛ばす。
「ぐっ!?」
細い腕の一撃は考えられない程重く……ベアードは吹き飛ぶ。
「はぁ……はぁ……はぁ」
しかしその事実に驚きながらも、騎士団長はいともたやすく立ち上がり、敵の姿を見る。
全身血まみれ、足元はふらつき、立っているのもやっとの状態……。
仮に自分が武器を奪われては丸腰になってしまう相手だとしたら、勝負はまだわからなかったかもしれないが。
着ているものが武器ならば奪いようは無く、止めと言わんばかりに再度メルヴィルへとひた走る。
「これで恋人仲良くあの世へ行きやがれ!この死にぞこないが!!」
速度は遅くも……其れを避けることはメルヴィルには不可能……。
しかし、メルヴィルはもとより避けることなど考えず、落ちたロングソードを拾い上げ、刃を構える。
そして。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
【斬】
肉を切る音が響き……勝敗が決する。
彼は忘れていた……。
この男が、聖騎士の鎧をいともたやすく貫いていたことに……そして。
例え刃を奪う技術に優れていようとも……それだけでは騎士団長へと上り詰めることが出来ないことを。
故に、軍配はメルヴィルに上がる。
突進してきた巨体は、頭部から股間まで……真向に……真っ二つに両断され、メルヴィルの背後で開かれて赤いものを噴出させている。
メルヴィルの手には何もない。
あるのは、砕けたロングソードのみ……。
「……ひっ!?」
復讐は終わり、そして同時に彼の人生も終わりを告げようとしている。
だから、その命が消えるまでの数分間だけ、彼は幻想を守ろうと決意した。
「……マリア様……」
ゆらりと揺れる影が、すぐさま銀色の光を取り戻す。
「……あ……あぁ……悪魔だ」
誰かが叫び、同時に……惨劇が始まった。
それからは単純。
男は死に体のまま、百を超える兵隊に切りかかる。
既に片腕は使い物にならず、もう一方の手で我武者羅に敵を切り捨てる。
切っては傷つき、きっては傷つきの繰り返し……。
もう死んでいるはずの悪魔は、それでも満足げに敵を討ち払っていき。
百と二十の傷を正面に受けながら……決してその背に傷を負うことなく。
二百の兵を……殲滅させて……一人家の壁に背中を預け、ゆっくり眠りについたのだった。
その顔は満足げに。 まるで誰かと寄り添うかのように……。
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