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開戦


冬を終えた聖都はその日、とても穏やかな朝を迎えていた。

スラムの街にいつもの人の行き交う姿はなく、町は鳥のさえずる声だけが響く。

だが、決して人が消えたわけではない。

むしろ町は人であふれかえっている。

ただ違うのは、そこに居るのは善良な市民ではなく、国家に牙を剥く反逆者。

皆が皆殺気にあふれ、緊張の糸が張り詰め、その白銀の鎧が赤いレンガを敷き詰められた町を白色に染め上げている。


そして、その対の方向に並ぶのは、獅子の名を冠する聖騎士団……。

王たる獅子の何恥じぬよう、金色の光を放ちながら王城を守るその姿は、まるで立ち向かう愚かな子牛と対峙するかのような威風堂々とした出で立ちで、目前に控える男たちを静かに威圧をしていた。


戦場は、教会から王城へと続く一本道。 反乱軍が王城へと踏み入れば、この戦いは反乱軍の勝利で幕を閉じ、聖騎士団が教会を制圧すれば……この戦いは聖騎士団の勝ちとなる。

まさに攻防一体のこの戦いは、守りの固い王城を守る聖騎士団に分があるように見えるが。


これより少し前。教会から王城へと続く道で起こったこの三度の衝突は、赤いレンガに真紅色の液体をにじませる大きな衝突となり、辺り一帯を紅蓮の炎で焼き尽くし聖騎士団は辛くもそれを鎮圧することに成功した。

しかし、騎士団死傷者二千名と言う甚大な被害とは反比例し、マリア崇拝の反乱軍はその数を日に日に増していき……すでに聖都は貴族街、城下町を覗くほぼすべての地域の支持を得ており、今や反乱兵の数は 五万を超え、城下町でさえも王の死を望む声が現れ始めている。

まるで病の様に伝染するその狂気を防ぐ手立ては既に一つしかなく、国王軍は既に待ったなしの状況にまで追い詰められていた。

そして、四月の三十一日……ヴァルプルギスの夜……。



「……本当に、始まるんだね」

息を飲み、震えながら。金髪の少女はそう呟く。

「あぁ」

悲しげな表情で、隣にいた少年はその少女を励ますように肩にそっと手を置き、目前にそびえる兵士たちを見回す。

皆が皆その瞳に生気はなく、ヨハンは恐怖さえも覚えていた。

「大丈夫だっての。お前の親父さんだって、最後通告で和平を申し出るって言ってたじゃねえか、衝突なんてことにはなんねーって」

励ますように努めるヨハンであったが、マリアは何かほかの事を考えているらしく、しばし黙したまま、眼前に広がる黄金色の兵士たちの群を見つめていた。

「……ねーねーメルヴィル~。もし負けちゃったら私たち死んじゃうの―?」

エレノアはカラカラと笑いながら明るく縁起でもないことを口走り、一同の空気が凍る。

「いざとなれば、私が国外へとお連れいたします……隣国には一応……その、家族がいます故」

「家族? あなた、この国の生まれじゃないの?」

「え、ええ。侵略戦争が始まる少し前に、物騒だからと隣国へと引っ越したのです。それなりにつてもあり、何不自由ない暮らしが約束されていましたので」

「?そうなんだ……って侵略戦争って三十年も前の事よ!? メルヴィル……今更だけど、あんた歳いくつ?」

「……。今年で、四十六です」


そのセリフに……先ほどのエレノアの発言よりも長く、一同は凍りつく。

「し」

「四十六――――!?」

「ええ」

「おかしいよ!それ絶対おかしいって!だって四十六って言ったらお父様より年上じゃない!嘘だよ!絶対おかしいって」

「そう言われましても……」

「そうだって!あれか?あんたもしかして不老不死の方とかの知識に明るいとかそういうんじゃねーよな?」

「生憎、そのような知識は持ち合わせていない。そんなことより見てみろ……レオ十一世のお出ましだぞ」

「……え?」

マリアはメルヴィルの言葉に顔を上げる。

と、両軍がにらみあう街道の丁度真ん中。

焼き払われすすけた色の空間に、護衛 側近 その他の人間を一人も付けず王 レオ十一世が単身にて、現れた。

                    ◆

「……聖テレジアよ!そなたが真なる神託者なれば、我等は一切の危害を加えること叶わぬ、前へ出でて神託者の存在を我らに知らしめよ!偽りの神託者なれば、幾重にも折り重ねられた衣の奥底で怯え震え、王による裁きを待つが良い!このレオ十一世が、貴様をこの十字の猛火にて焼き払おうぞ」

怒声は目前に控える五万の兵士を震わせ、おとぎ話に現れる巨竜の咆哮と見間違う暴風が吹き荒れ、その風を受けて銀狼を纏いし兵団の鎧はカラカラと音を鳴らす。

それに対し。

「神父様!おやめください!これは罠です」

「構いません、神に寵愛された私が、逃げ隠れする必要がどこにあるでしょう」

聖テレジアは堂々とその暴風のなか、レオ十一世の召喚に応じる。


両軍がにらみ合うすすけた道。

神に寵愛されていた状態が欠片も残らぬその場所の中心にて、レオ十一世と神父はにらみ合うようにして対峙する。

両者とも手に武器は無く、懐に忍ばされたナイフもない。


「……集めに集めたり五万人。いかな手を使った」

呆れたように苦笑をもらし、レオ十一世はそう目前のテレジア神父に語りかける。

「なぁに、人徳ですよ」

にやりと笑う神父に、レオ十一世は憎たらしげにふんと鼻を鳴らし。

「……娘のおかげだろう。なぁ、神父よ」

牙を剥く獅子の如き形相で神父に穏やかな口調で語る。

「!」

「父上が教えてくれた。信じがたいが、貴様の娘は人を虜にする能力があるらしいな」

「!!」

「大変だったぞ……マリアに狂った兵を排除するのは……中には、私に切りかかってきた愚者もいた。 まぁ、おかげで分かったこともあるがな」

「……」

「どうにも、貴様の娘の魅惑の魔術は効くものと効かないものがいるらしいな……事実、我が兵の中にも、貴様の娘と接触してもその影響は受けなかったものが数名いる」

「……」

「そいつらの共通点は一つだけあった。  鼻だ」

その言葉に、神父は体を一度震わせて、額に汗を垂らしながら目前の王を見る。

その表情は、その推測が正しいことを物語っていた。

「鼻を失った者嗅覚が無い者……そのものすべてが、マリアと接触していながらその影響を受けず、私への忠誠を誓ってくれたよ」

「!!」

「……色香で人を惑わす力……か、そんなもの神の子が持つわけない。 テレジア……よくも魔性の子を偽ってくれたな……」

握りしめられた拳からは血が流れ、血走った瞳は刃があれば今すぐにでも神父を切り捨ててしまいそうなほど殺気立っている。

もはや言い逃れできぬ状況。

神父の隠していた偽りは、すでに白日の下にさらされてしまっていた。


しかし。

「だからどうした?」

神父は勝ち誇ったような表情のまま、王に対しそう言葉を漏らす。

「何?」

「今更ここでそんなことを言って何になる。マリアの洗脳は人の言葉では戻らない。死ねと命令すれば皆よろこんでその命を捧げよう? そうなれば、困るのは貴様だろう王よ……。 民なくして王などありえない。 ましてや、下層中層の民全てを皆殺しにする王のいる国など、どうして栄えようか!」

「!」

「国を渡せ! これは命令だ……この兵力差を見ろ!傭兵と常駐群合わせて三万程度の付け焼刃の勢力と、死をも恐れぬ神の軍勢五万人!これだけ狭ければお得意の騎兵も意味を成さず、いかな策も通用することはないだろう!」

「……ぐっ……この下種が」

王は一言負け惜しみのような言葉を零し、それ以降は何も発さなくなる。

神父は高笑いをこらえるように口元を裂けるほどひきつらせ、王はその姿を無言で見下ろしている。

「……ひ……ひひ……で……では、停戦の儀を執り行いましょう。神の子であるマリアに非礼を詫び、また、神に許しを請いなさい!さすれば許容の御心大海の如き神は、あなたの罪をお許しになるでしょう」

「は……神の御心のままに俺の民を」

「俺の民を……貴様如きに譲るわけあるまい」

その指を一つ……小さく鳴らした。


「!?」

瞬間。 一筋の光がほとばしり、風を切る羽音のようなものが耳を通り過ぎたかと思うと……神父の胸の位置で丁度止まる。

「え?」

胸を穿つ細く長い枝のようなものは、いともたやすく神父の心臓に風穴を開け、理解させる暇も与えずに、神父の死を確定させる。

「言っただろう?神が本当にお前を寵愛しているなら……誰も手が下せないだろうと……お前は偽物だ」

胸に刺さった弓矢に、赤い液体が染み込んでいき、神父はどうにかして生き延びようとふらふらと王へと進んでいくが。

「触れるな……下郎が!!」

王は刺さっていた矢を怒号と共に無理やり引き抜くと、体を諤諤と震わせながら神父はすすけた黒い道へ頭を垂れるようにして倒れこみ、その瞳を闇が覆っていった。

                     ◆


勝った……。

神父は確信する、それは紛れもない敗北宣言であり、この国を神父が掌握することを許した同義の一言。

「ひっ……」

笑いが込み上げる。

王に言葉はなく、この兵士と見たてた人質は転落した神父を住んでのところで押しとどめた。

「ひ……」

笑いが込み上げる。あとは簡単、この愚王にマリアの匂いを嗅がせるだけ、国一つを手に入れる野望、いつか誰もが夢見る、王となる日がついに来る。

「……ひ……ひひ……で……では、停戦の儀を執り行いましょう。神の子であるマリアに非礼を詫び、また、神に許しを請いなさい!さすれば許容の御心大海の如き神は、あなたの罪をお許しになるでしょう」

「は……神の御心のままに、俺の民を」




「俺の民を貴様如きに譲るわけあるまい」


瞬間。

乾いた音が響き、胸に熱いものを感じる。

見ると、胸には赤々と染み渡る液体と見覚えのある羽の突いた棒。

自分の中のものが射抜かれたことに気付くのに、そうそう時間はかからなかった。

「あ」

王が何かを呟いているが、そんなものは聞こえない。

抜けていく。

銀の匙で人救い人救い命をすくわれている感じがする音。

ぽたりぽたりと、体から体温がなくなっていく悪寒。


知識では知っている、むしろ私には馴染んだ現象。


それは目標地点であり、それは終着であり、それは再誕であり、それは煉獄であり、それは始まりでもある。


何度と語り、何度も教えてきた自然現象。


だが。

「いやだ……死にたくない……死にたくない!?」


そんな教えなどすべては虚言でしかない。

あるのは無だけだ。


闇が覆い闇が覆い……そこで何も分からなくなり、すべてが停止する。

「触れるな下郎!」

引き抜かれた楔は、命を繋いでいた杭の様に……あっさりと神父の命と肉体を乖離させた。


                     ◆


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