パート16〜18
16
遺跡に近づくにつれて香織の顔が不安げになっていった。
前を照らすのは、香織のライトだけ。もう、しっかり夜だ。
俺とユキはずっと香織の肩に乗っている訳にも行かず、香織の後についていくだけにしている。だが、それもなかなか大変になってきた。雪が少しずつ積もってきているのだ。
要するに、足が冷たい。
それを誤魔化すついでに俺は情報収集している進行形。
「じゃ、やっぱり誰かが変身した後は石版の文字は消えるのか」
「正確には、ちょっと違うな。あれは、人間が近くにいないと浮かび上がらないらしい。詳しくはよく分からないが、変身後には文字が無いのは事実だ」
「ふーん、そうなんだ」
グリムは、あの後二度ほど存在を感知した(っていうか、あの息使いを聞いた)。だが、襲ってくる事はなく、町の外に出たら一度も現れなくなった。何か制限があるのだろうか。
「文字が浮かび上がるなんて、魔法みたいだな」
「魔法なんだろ」
「……やっぱ魔法だよなぁ」
「やっとついたあ……」
香織のその声に、俺たちは会話を中断。脇を通るようにして、前に出てみた。
降り積もる雪のせいで真っ白になっているが、間違いなくここは遺跡だ。
俺は急いで中央の台座に近づいて、側面についている雪をどけ始めた。あんまり角度が無いお陰か、上をどかせば連鎖反応的に雪が崩れ落ちた。そして、
「……よし!!」
表面には文字が浮かび上がっていた。そして予想通り、猫になった俺はこの模様のような文字が読める。どうやらユキも読めるらしく、「確かに読めるな」と言って静かに頷いた。
ただ香織だけは文字が分からないらしく、頭の上に?マークを大量に浮かべている。
……何ていうか、分かりやすい奴だな。
まぁ、それがいい所であり悪い所でもあると俺は思うのだが。
「……フブキ、何処を見ている」
「へ?」
香織を見てましたッ!!
なんて言えない。っていうかユキが俺の事を睨んでいるのは何故!?
「え、えっと、何て書いてあるのかな?…えっと、『王国に反逆する者よ。汝、この地で猫に生まれ変わり、終わり無き罪をつぐなえ』……だって。あ、罪人ってもしかしてこれに何か関係してるかもしれないね!?」
「何を誤魔化そうとしている?」
ユキが怪訝そうに俺を睨んでいますが気にしない方向でOK?
俺は台の上に乗って雪を掻き落とし始めた。すると香織は、「フブキ、それ面白い?」と言って雪を下ろし始めた。なんだか妙な誤解もあるみたいだけど、やっぱり人間の手は猫の手より仕事が早い。あっという間に台座の雪はあらかた落とされた。
俺はさっき読んだ面の右側の面から順番にに書かれている文字を読み始めた。
文章は和訳すると以下の通りだ。
『天におられる我らの母よ、満ちる時に少しばかり力を分けたまえ。されば我々は罪人を捕らえ、正義の裁きをかの者に与えん』
『罪人よ、汝らの罪が汝らを苦しませ続けるだろう。悪魔の力などに頼った汝らの報いなのだ。だが、全ての罪を悔い改め、悪魔の力を全て放棄するというなら、母が満ちる時この台に登るがいい。事の真偽を裁者が確認した後、それが真実ならば元の姿に戻るであろう』
『だが、罪を悔い改めずに台に上らんとするならば、覚悟せよ。たとえ人に戻ったとしても、すぐにここへ戻されるだろう。お前は罪を背負っている限り烙印を押されている。我々の兵からは逃げられはしない』
「これは……」
思わず笑みが浮かんだ。『母』とは間違いなく月の事だろう。だとすれば、『月が満ちる時』というのは間違いなく満月の夜の事。『裁者』はまだ良く分からないが、とにかく満月の夜にこの台に登れば……
「人間に戻れるんだ……!!」
俺のその言葉を聞いて、何故か一瞬だけユキは寂しそうな顔をした。
そして香織は、台座の上で俺の事をじっと見ていた。
「……なんかいいことあったの、フブキ?」
あったぞ!!
17
あの後、街に戻ったらいきなりグリムからの奇襲があったせいでうやむやのうちに香織と離れ離れになってしまった俺とユキは、一応の報告のためにトーマスさんの所に行った。
トーマスさんはまた湯葉をつついていた。
「ほう?満月の夜か」
「そうなんです。だから、三日後にあそこに行けば……」
「だが、どうやって?」
「……グリム、どうしましょうか」
「う〜む……」
満月の夜は、とぉ〜っても危険だ。なぜなら、グリムが街をぶらぶら徘徊しているからだ。
っていうか、満月の夜に外に出る事は自殺行為だとも言われた。
むー、問題はグリムなんだよなぁ……。
俺の目の前で考え込んでいるトーマスさんは、湯葉を食べながら、ぽつりと言った。
「やはり、グリムは『罪人』を人間に戻さないようにするために存在している、と考えるのが妥当か。そして、街や人々を攻撃しないのは、その『王国』が作り出したから、だろうな(食べながらだったため、聞きにくい部分は修正を施してみた)」
「そうだと俺も思います」
「ふむ……」
湯葉を飲み込んでから、トーマスさんが言った。
「とりあえず一番気になっているのは、グリムをツララがすり抜けた事だ。これについて、フブキ君。何か仮説を立てられるかな?」
俺もそれは気になっている。そこで、日本で読んだりした漫画や小説を参考にして考えを述べてみた。
「えーっと、まず『実体化できる瞬間は一瞬だけ』っていうのと。もう一つは『歯だけが実体になっている』っていう考え方……ですかね」
「ふむ、なるほど……」
「ただどちらも、『体を貫いているツララをわざわざ回避する』理由にならないような気がするんです。それに、あいつには足音があります。だから、両方違うとしか思えません」
「ふーむ……そういえば、さっきまた奇襲されたと言ったな。どんな感じだった?」
「え、えーっと……いきなり横から吼えられて、慌てて近くの店に飛び込んだ……だけだったね、そういえば」
「ん」
ユキが静かに返事をした。
そういえば、あの時はグリムの姿を見てなかったような気がする。
これって……?
「もしかしたら、グリムは存在するだけで消耗しているのでは無いでしょうか」
「ほう?」
「そう考えれば納得が行きます。台座で満月の日に何かを補給して、次の満月まで動く。そして、基本的にいつもはどこかでひたすら消費を抑えて、そして満月周辺の日になると動き始める……多分、あいつの存在は影で保たれているからこそ夜にしか活動できず、今日の朝俺を襲った時に消費しすぎて、つららを通してしまうほどに消耗していたのではないでしょうか。あの時は、実はツララを避けたのではなく、慌ててライトの当たらない影の位置に移動したのだとすると、納得がいきます。その後の襲撃はまったくと言っていいほど脅し程度のものでしたし、足音もしませんでした」
「なるほど。そうなのかもしれないな」
ユキも同意している様子。思い当たるふしがあるのだろう。
「だとすると、満月前日までは一安心、といった所かな」
「そうですねー」
そう言うと、何だか疲れがドッと出てきた。頭を使いすぎたせいだろうか?
「ふぁー……眠い」
「それでは、そろそろ寝たらどうかね、フブキ君」
「んー、そうします。それじゃ、また」
とことこ歩いていると、後ろからユキが追いかけてきた。
「どこで寝るつもりだ?」
「あ、どこにしよ……香織ンとこかなぁ、やっぱ」
「それじゃあ、ワ、私の部屋に来ないか?」
「へっ?」
何か一瞬だけ変に裏返ってなかったか?
「えっとだから、私は基本的にそこにいるし、待ち合わせ場所にもなるし、何かあった時はそこに来ればどうにかするし、だからとにかく来い!!」
「ふぇっ!?あ、はい。行きます」
何だか妙な事になったぞ?
ふとそんな事を思いながら、俺はユキの後ろをついていった。
18
一言で言うなら、屋根裏部屋だった。
でも、ぶっちゃけ予想していたのよりはかなり良い。天蓋つきのベッドがあって、布団の変わりに枕がいくつか置いてあった。床には水入りのお皿があって、壁紙がしっかり張ってある壁にはストーブが完備されている。お陰でなかなか暖かい。
「どうだ。野良猫の住家とは思えないだろう?」
「うん。っていうか、もはや猫の部屋ですら無いな。どうなってんだ?」
「ここの家の主人が私がここで寝ていたのを発見してな、この通りだ。追い出さないし、むしろ暖かく迎え入れてくれる」
「へ、へぇー……そいつぁ、すごい。流石、猫が神格化されているだけある」
「それと、この家の主人はお金持ちだぞ」
「……狙ってた?」
「別に」
そう言って、ユキはベッドに飛び乗った。白いシーツに足跡がつく。もったいないなぁ。
「寝るならここだ」
「え……うん」
別に指示されなくても、大丈夫だけどなぁ。仮にも人間だった訳だし。
とりあえずベッドに飛び乗って、枕の間で丸くなった。なるほど、布団が無いのはこういう理由からか。
で、
「ユキ……何してんだ?」
「見張り」
「……グリムは当分出ないだろうし、ここは屋内だし、大丈夫だと思うけど?」
「………気にするな」
「いや、めっちゃ気になるんですが。そんなジーッと見つめられちゃ寝れないって」
「……そうだな。それじゃ、私はどこかで何かを食べてくるとしよう」
「分かった。それじゃ、お休み」
「お休み」
ユキはベッドから飛び降りると、少しだけ開いている窓をくぐって、どこかに行ってしまった。
そこでようやく、一安心。だらーんと力なく枕の間に挟まってみる。枕の程よい重さが気持ちいい。
「ふぅー……っ」
後3日、いや、起きたら残り二日か。結構暇な時間があるなぁ。
その間何してよーかな。
ぶらぶらこの町を探検してみるのもいいかもしれない。
遺跡をもっと調べてみるのもいいかもしれない。
あえて何もせず、ごろごろしてるのもいいかもしれない。
「……何にせよ、明日決めるかな……」
時間はあるみたいだから、何をするのかは明日決めよう。そう考えた。
そして目を瞑って少し経つと、安心してゆっくりと眠りの世界に入っていった……。