パート13〜15
13
「………ブキ……フブキ…」
「…んっ……?」
目をあけると、泣きそうな顔でユキが俺の顔を覗いていた。
「フブキ、大丈夫か?怪我は無いか?頭はまだ痛いか!?」
そう言いながら、少しずつユキの整った顔が近づいてきた。俺は本気で焦りながら
「だ、大丈夫だよ。問題ない」
と言うと、ユキは本当に安堵した顔になって
「よかった……」
と言って微笑んだ。
やべぇ、マジ可愛い!?
俺は理性を急いで取り戻し、横に転がるようにして慌てて立ち上がった(四本足で)。そして、慌てて現状を確認する。
「ユキ、俺ってどのくらい倒れてた?」
「えっと、ほんの数十秒ほどだ」
ふむ。
俺はドキドキする心臓を気にしないように、体を大きく伸ばした。
と、突然店員が倉庫の中に入ってきた。
「おや、猫か。ほら、ここは倉庫だから入っちゃ駄目だ。しっしっ」
男の店員が俺とユキを追い払おうとしている。
とりあえず、面倒を避けるためにユキと俺は大人しく倉庫から出る事にした。
カウンターから店内に戻ると、入り口近くのレジに香織がいた。どうやら、ご飯はもう食べ終わったみたいだ。ふと外を見てみると、もう真っ暗だ。
「ふむ。今日はここに泊まっていた方がいいのかもしれないな」
ユキが俺が見ているものに気がついて言った。
「グリムのため?」
「ああ」
まぁ、俺は別に反論する気もないから「そうだなー」と答えておいた。そして、何となく香織にとてとて近づいていく。ユキは相変わらず俺の右斜め後ろにいる。
店員が値段を言った。香織が財布を取り出してお金を出そうとして、
「おや、フブキ君?」
俺に気がついて、
「あ」
小銭を2枚ほど床に落とした。一枚はすぐに止ったが、もう一枚は外に転がっていった。
仕方がない奴だなー、とか思いながら俺はコインを追いかけて店の外に出て、コインを口にくわえた。
いい加減、猫に慣れ始めてるなぁ。俺。
「フブキ、ナーイス」
香織が俺を見て親指を立てた。いやぁ、何か照れるなぁ。
俺が店に戻ろうとすると、突然ユキが叫んだ。
「フブキ!!」
ん?
俺は急いで振り返……らずに店の中に全力で飛んだ!!
すぐ後ろから『グリム』の息が聞こえる。い、いつの間に!?
そして俺が跳躍したように、グリムも跳躍したっ!?
がぷ
「んがっ!!」
尻尾を噛まれた!!
そのまま店に転がるように……っていうか転がった。飛び込み前転みたいな。
すると、グリムはすぐに消えた。文字通り、『消えた』。これは一体……?
そして後に残ったのは……噛まれて血で赤くなった俺の尻尾。
「フブキ!?」
「フブキ!!」
香織とユキが俺の(猫になってからの)名前を叫んだ。
ちなみに、疑問系なのが香織だ。突然現れた犬の存在が謎なんだろう。
俺は自分の尻尾を見た。うわ、白い毛が赤く染まってる!!
「っへぇえーーーー!!」
コインを咥えているから変な声が出た。ちなみに、「ひえー」と言ったつもり。
「フブキ、大丈夫か!?」
「いや全然、大丈夫じゃない。かなり痛いわ、これ」
そんな会話を交わしている間に、店員さんが大騒ぎし始めた。
「大変だ、猫が何かにやられた…のか!?」
「とりあえず、医者を呼べ医者を!!」
と、香織が言った。
「動物病院はどこにあるんですか!?」
「えっと、一番近いのは『7』番通路にあるぞ」
それを聞いた香織は即行動。俺をかなりの素早さで抱っこして、店の外に走り出した。
「お、お客さん、お勘定!!」
「あわわ、病院で払います!!」
全力でダッシュしながら香織が叫んだ。
俺はふと、グリムを警戒するようにして耳を澄ませた。聞こえるのは、店員さんの足音と、香織の息と足音。
グリムはいないようだ。
…何故?
結局、病院に到着してもグリムは現れなかった。
14
治療終了。
全治、三日の怪我だそうでした。
俺は自分の尻尾を見て思った。
治療のために毛を抜かれ、その上に包帯が巻かれている。
何となく、惨めな感じ。
「大丈夫?」
尻尾を動かすとまだ結構痛い。でも、それ以外は特に異常がないから、とりあえず「ああ(にゃあ)」と返事をしておいた。返事、大事。
香織は「よかった」と言って医者に礼を言っていた。
どうやら、この村では野良猫の治療費はタダらしい。さすが猫が神格化されている村だ。
初老のてっぺんハゲ医者はにこにこしながら「問題ないさ(ドンウォーりー)」と言った。
何が問題ないさ、だ。麻酔もなしに思いっきり傷口傷つけやがって。かなり痛かったぞコラ。
と、ひょいと香織に抱き上げられた。
「それじゃ、ありがとうございました(ウェル、テンキュウヴェリーマッチ)」
と言って、香織は病院から外に出た。
俺は急いで耳を澄ます。
グリムは……いないみたいだ。
「わぁ〜……」
「おや(にゃ)?」
空からは、静かに雪が降ってきていた。
今日の雪は適度な大きさで、どこか神秘的でもある。
道の左右にどけられていた雪の上にはもう、少し積もっている。
と、一つの雪の粒がおれの頭の上に落ちた。
「わ(にゅ)」
それを見た香織が笑った。
「フブキって、本当に雪みたいな色なんだね」
「そお?(にゃん?)」
俺はふと気になって、聞いてみた。
「そういえば、これからどこに行くんだ?」
そこで気がついた。
俺、猫だってーの。
「え、何?」
香織はやっぱり分かってない。
俺はどうにかジェスチャーで伝えようとして……気がついた。
グリムの息が聞こえる。
俺は慌てて頭を回して……見つけた。
大通りの入り口の物陰に、赤い瞳を二つ。
香織は気がついていない。
俺は無我夢中で香織の抱っこから体勢を直し、香織の肩に乗った。
「え、フブキ……あっ!!」
前を向いて威嚇している俺を見て、香織も気がついたみたいだ。
グリムは、静かに俺を見ている。
と、突然グリムの口が動いて……
『罪人よ』
喋った!?
「お前喋れたのか!!」
『肯定』
「え?え?え?」
香織が1人で混乱している。きっと何言ってるのか分からないんだろうな。
グリムは続ける。
『罪人よ、貴様に問う。貴様は、まだ人に戻らんと欲すか?』
「当たり前だ!!っていうか、俺がいつ罪人になったっていうんだ!!」
少しの間。
『罪人よ、それは貴様が一番知っているだろう』
「……遺跡に立ち入った事か…?」
『答える義理は無い』
……やな奴。
『しかし新たな罪人よ、貴様は他の罪人に対して罪が大きすぎる』
「はぁ!? 何でだよ!!」
『答える義理は無い』
……むかつく奴だな。
『故に、我は貴様を殺さんとする』
「だから、理由を分かりやすく言いやがれ!!」
『答える義理は無い』
素直にむかつく。
と、グリムがちょっと違う調子で話し始めた。
『だが貴様が猫のままでいようと誓うのなら、我は貴様を殺さないだろう』
「はぁ?」
『さぁ言え。「我はもう人に戻る事を望まぬ」と。さもなければ、殺す』
「ちょ、ちょっと待て!!」
何なんだこの犬のような何か!!
突然現れて人間に戻らないと誓えと?
……そういえば、大体何でそんな事を言わせるんだ?
まるで、『言わなければ戻れる』と言っているような……って、もしかしてそういう事なのか!?
俺はグリムに警戒しつつ、考え始めた。
考えろ。何が、何に繋がっているのか。もしかしたら、人間に戻る方法の鍵があるかもしれない!!
まず、今もっている情報を確認しよう。
・猫になるためには、魔法の力の所持が必要。その際、魔法の道具は壊れる。
・魔法の力を持たない者は変身しない。
・満月の夜に近くなるほど、グリムはよく行動するようになる。
・そして、どうやら俺は『罪』が他の人に比べて大きいらしい。これの意味はまだ分からない。
・猫が神格化されている村。なぜそうなのか……まだ謎だ。
・グリムは人を襲わない。これの理由も、よく考えたら不明だ。
・猫になったら様々な感覚が猫そのものになる。言語情報、美的感覚、味覚、歩行方法、身体感覚、聴覚。
・遺跡に刻まれていた謎の模様。読めない。
・猫と元人間猫で、子孫を残す事が出来る。……って、これはどうでもいいか。
・「我は人間に戻る事を望まぬ」と言うと、何かが起こるらしい。
・そして何より、(今まで誰も成功していないが)人間に戻る事はどうやら可能のようだ。
何か、謎を解く鍵があるはずだ。
何か、人間に戻るヒントが!!
どれだ、どれなんだ!?
15
グリムは黙って座っている。
当面の問題は、こいつをどうするかにかかっている。
香織がいるお陰か、グリムが襲ってくる気配は無い。だが、あんまり安心は出来ない。いつ襲い掛かってくるか分からないし。
それと、グリムは本当に犬的行動以外は何も出来ないのか。それも知っておきたい。
俺は少しの間考え込んで、どう動くか決めた。
「おい、グリム」
『……宣言する気になったか?』
俺は、警戒を解いて言った。
「なんねぇーな。俺、人間に戻りたいし」
『……よかろう。ならば、死んでもらうしかない』
そう言って、低く唸り始めた。
普通に怖い。
「フブキ……どうしよう?」
香織が困った表情で俺をちらりと見た。俺はそんな香織の柔らかな頬を前足でそっと押して前を向かせ、静かに「にゃあ」と鳴いた。
「えっと、……行けって事?」
「そう(にゃあ)」
失敗すれば即死だなぁ〜とか思いながら、香織の肩で静かに前を向く。
グリムは、始めの位置から少しだけ動いていた。
俺は叫んだ。
「走れ(にゃあ)!!」
「っ!!」
気迫が伝わったのか、香織は走り始めた。グリムが道を塞ごうと横に飛ぶ。
「止るなッ(にゃあッ)!!」
「きゃ!!」
目の前に立ちふさがったグリムに、香織は見事に立ち止まった。
あちゃ、流石に上手くいかないか。さて、どうする!?
『罪人よ……』
その瞬間、耳に妙な音が響いた。上?
『覚悟は……』
どすっ。
見ると、グリムに大きなツララが刺さっていた。いや、正確にはそうじゃないな。
グリムという影を貫いて、地面に刺さっていた。
まさか……こいつって、実体が無いのか?
そういえば、雪が振っているはずなのにあいつは黒いままだった。もしかしたら、あいつには実態が無いのかもしれない。
だとしたら、尻尾を噛んだのは何故……?
グリムはツララを見て、慌てて横に飛んだ。
「今だ(にゃ)!!」
「んっ!!」
香織は走った。グリムの横をすり抜けて、大通りに出た。俺は尻尾で香織に方向を指示した。
「こっち?」
何ていうか、香織の飲み込みが良くて、すっごく嬉しいよ。
香織は大通りを広場の方に曲がって走り続けた。
そして、しばらく走って後ろを振り向いてみると……グリムは追って来ていなかった。
ちょっと安心して、香織は立ち止まった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅー。久しぶりに走ったかも。それで、フブキ。君はどこに行きたいの?」
「えーっとな……」
って言って気がつく、香織に言葉は通じないというコト。全くもって不便だ。
俺はちょっとため息をついて、前を指差した。
香織は苦笑いしながら、「はいはい、こっちね」と言ってのんびり歩き始めた。
と、突然反対側の肩にユキが降り立った「おっとっとっ!!」。
「あいつ、ツララをすり抜けていたな」
「そうだな……って、あれやったのユキ?」
「無論だ」
「なんだか、肩に二匹も猫を乗せてる女の子って私だけじゃないかな。やっぱ」
「ありがとう、助かった」
「で、どこに行くつもりなんだ?」
俺は自分の考えをユキに説明してから言った。
「とりあえず、目的地は遺跡だ」