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パート10〜12

10

 足音が聞こえた。

 俺はぼんやりしながら目を開いた。

 どのくらい寝ていたのだろうか、外はもう夕日に染まっていた。

 ま、昼間がとても短いから大体今は2時ちょっと前ぐらいだろう。

 俺が起きたのに気がついたのか、ユキがこっちを振り向いた。

「気分はどうだ?」

 まるで新妻みたいだな、とか不謹慎な事を考えながら体を点検してみた。

 嘘みたいに疲れとかが取れていた。

「随分、いい感じだよ」

 そう返事して、体を伸ばした。

 うーん、快調快調♪

 ずっと見守ってくれていたのか、ユキは俺が寝た時とあまり変わらない所にいた。

 俺は笑って、ユキにありがとうと言った。するとユキは照れたように、

「気にするな」

 と言った。その仕草が何とも可愛らしく感じるのは、俺が猫だから?

 俺がちょっと疑問を感じたその瞬間だった。

「あーっ、フブキ!!」

 元気な香織の声ッ!?

 ユキが驚いて一歩下がった隙に、香織は俺のことを無造作かつ見事に捕まえた。

「こんな所で何やってるのー?」

 俺を視線の高さまで持ち上げて言った。

 俺はとりあえず、「寝てた(にゃにゃん)」と言った。

 案の定通じてないらしく、香織は「猫語、分かんないなー」と苦笑いしながら言った。

 そこでユキが

「おい、そいつは一体何者だ?(にゃ、にゃーご?)」

 と俺に聞いてきたから、俺はとりあえず

「俺の後輩。一緒に遺跡の研究をしに来た仲間だ(にゃん、にゃにゃにゃんにゃん)」

 と言っておいた。

 少しすると、香織は何を思ったか、俺を降ろしてこう言った。

「フブキ、それとそこにいる白猫ちゃん。ちょっと、コレ見てくれない?」

 そう言って、コートの右ポケットを探し始めた。

 何かと思ってユキと並んで少し待っていると、香織はしゃがんで握り締めた右手を俺たちの前に出した。

「いい、見てて?」

 ゆっくりと開いたその右手には……

「あっ(にゃっ)」

「これって俺の(にゃにゃん)!?」

 見覚えのあるタロットカードの破片があった。

「これって先輩が常に持ち歩いているタロットカードなんだ。それが、今朝遺跡に行ってみたらボロボロになって落ちてた。きっと遺跡で、先輩の身に何かがあったんだ。そうに違いないよ」

 おお、正解だ。で、俺は目の前にいるッスよ。

 香織はタロットをポケットに戻して、続ける。

「そこで君たち、冬樹君見なかった?」

 目の前にいるぞー。

「冬樹は目の前にいるぞ(にゃ、にゃにゃん)」

 ユキが変な顔をしてとりあえずの返事をした。無論、分かるはずが無い。

 香織は香織で、「知るはずないよね〜。はぁ〜……」とか言いながら窓側のテーブルに疲れたように座った。

 俺は、自分がどうすればいいのか分からない。

 俺、もう猫だし。

 そんな俺を見て、ユキが「ちょっと来い」言って歩いていった。

 俺は何なんだと思いながら、雪の後をとことこついていった。

 香織は、まだうつむいている。


11

 ユキについて行ってついたのは、店の倉庫だった。

 そこでユキは俺に向き直り、開口一番こう言った。

「お前は、人間に戻りたいのか?」

 俺はユキを見て言った。

「うん。俺はまだ、やり残した事がたくさん残ってるから。それに、香織のあんな姿をもう見たくない」

 ユキは静かに、どこか悲しそうに頷いた。

「そうか」

 丁度いいから、俺はユキに聞いてみる事にした。

「そういえば、猫から人間に戻った人はどれくらいいるんだ?」

 ユキは冷たく言い放った。

「ゼロだ。誰一人として、人間に戻れた猫はいない」

「えっ、マジかよ」

「冗談ではない。話が伝わっている限り、猫になったら猫で生涯を遂げている」

「じゃ、じゃあ、戻ろうとした人は?」

「ほぼ全員だ。人間の時の未練を追い求めるが、結局人間には戻れなかった」

「そんな……」

 俺はもう人間に戻れないのか?

 これから一生、猫のままで生きるのか?

 俺の心中を悟ったのか、ユキが安心させるように言った。

「フブキ、あまり悲観するな。猫も悪くは無いと、父も言っている」

「……そりゃま、そうかもしれないけどさ」

「香織とかいう女が心配なのか? だったら、彼女も猫にすればいい」

「いや、そういう問題じゃないと思うけどな………ん?」

 何だろうこの違和感。何かを見逃しているような……

 ユキは突然考え込んだ俺を心配そうに見て、「どうした?」と聞いてきている。

 何か、何かを見逃している。考えろ、考えろ。違和感を感じた言葉は、香織を猫にする、か。……香織を、猫にするためには……香織を遺跡に……。

 そこで、疑問が解けた。

「そうか!!」

「わ、ど、どうした!?」

 突然大声を出した俺に驚いたユキに、俺は言った。

「何かが変だと思ったんだ。香織は、俺のタロットカードを持ってた。それに何より、遺跡に行ったと言っていた。なのに、『香織は猫になっていない』んだ」

「そういえば、そうだな」

「何故だろう……俺と香織の違いは……年齢と、性別か?」

「いや、それは関係ないと思う。確か以前、研究者とその娘が来た事があるんだが、その時は2人とも変身したらしい。その娘さんは人間年齢で16歳だった」

「香織は20……年齢とか性別じゃないか。それじゃあ、一体何だろう?」

「身長体重は関係ないだろうし……」

 気がついたら2人で悩んでいた。

 お互い同時にその事に気がついて、顔をお互い同時に向け合って、笑った。

 どうやらお互い、物事がはっきりしないと気が済まない性格らしい。

「おや?どうしたんだこんな所で、楽しそうに」

 トーマスさんはひょっこり顔をドアの向こうから出して言った。

「え、いや、トーマスさん。ちょっと聞いてくださいよ」

 俺が香織の件を話すと、トーマスさんは首をかしげた。

「たしかに、不可解だな……血液型かな?」

「俺も香織も同じAoですよ」

「星座はどうだ?」

「俺は獅子、香織は水瓶です」

「おや、わしも水瓶だ。それじゃ、これも違うか…まさか、生命線とか?」

「流石にそんな訳無いと思いますよ?」

「だよなぁ」

 う〜ん、と悩む俺とトーマスさん。

 と、ユキが何かに気がついたように言った。

「フブキ。そういえば、タロットって何に使う道具なんだ?」

「え?」

「ユキ、タロットというのは占いの道具……ああ、そうか!!」

「分かったんですか、トーマスさん!?」

 トーマスさんは俺の方を振り向いて言った。

「私が猫になった時も、そういえば壊れたんだよ」

「え、タロットがですか?」

「違うよ。私が壊されたのは、60進法の電卓だ」

「え?」

 そこでトーマスさんはにやりと笑った。

「私は『占星術』をたしなんでいたんだよ。ちなみに、他の学者も様々なものを破壊されているよ。『トランプ占い』の学者はトランプが粉砕していたし、日本人学者のある人は日本の『お守り』が壊されたし、ある学者は魔法陣の書かれていたタリスマンを破壊されている」

「え、それってまさか!?」

「何で今まで気がつかなかったのか知りたいぐらいだ。あの遺跡の仕掛けはきっと、『魔法的な何か』に反応しているんだ」

「ああ、香織は魔法の知識はあっても技術はまだ無いから」

 数ヵ月後からは高橋教諭に言われて占いを始めるだろうから、コレは結構ラッキーだったのかもしれない。

 トーマスは苦笑いしながら言った。

「プロフェッサー高橋の『占いは魔法と関連がある』という学説は、案外当たっていたんだな」

 俺も苦笑いするしかなかった。

 と、ユキが冷静に言った。

「結論を言うと、香織は猫になれない。それはいいんだが、結局お前はどうするんだ?まだ人間に戻りたいのか?」

 あ。

 そうだった。問題は全然解決してないんだった……。


12

 元々は、六泊七日の予定だった。

 今日は三日目。香織が帰るまで、残り四日。

 たった四日で、今までどの学者も見つける事の出来なかった人間に戻る方法を発見するのは、はっきりいって無茶だと思う。だが、やらずにはいられない。

 姿は猫になっても、心は人間なのだ。

 そうは言っても、現実ってのは甘くない。何しろ、解決の鍵が一つも無い。いや、気がついてないだけかもしれないが。それでも、現状はヒント無しだ。

 はっきり言って、望みは絶望的なまでに低かった。何しろ桁が、小数点なのだ。最小値はとりあえず二桁までまでを望む。

「参ったなぁ……」

 俺は結局店の中をぶらぶらするしかなかった。

 何も思いつかない。何かヒントでもあればなぁ〜……。

 どっかの看板に書いてないかなぁ。『ヒント:人間に戻るためには、精霊の剣が必要だよ』とか、何か。

 んなもん、ある訳ねぇって。

 って、よく考えたら猫になってから看板が何故か読めなくなったんだった。もはや未知の記号にしか見えないんだよなー、アルファベットが。

 トーマスさんは覚えなおしたから普通に読めるみたいだけど。

 俺はふと顔を上げて、店のメニューを見てみた。やっぱり変に読めない。

「…P…A…S…T…A。パスタ。スパゲッティか」

 こんなざまだ。

「何だ、文字の勉強でもしているのか?」

 ユキが後ろにいた。

 俺は思わず

「っていうか、ユキってなんだかんだで俺の傍にいるね」

 って呟いたら、ユキは何故かちょっと焦りながら

「まぁ、お前は仮にも猫初心者だしな。見守ってやろうと思っただけだ」

 と言って視線をそらした。何なんだ一体。

 でもまぁユキは物知りだし、頼りになる女性(何より美人!!)だから悪い気はしないけど。

 その時、外からシャム猫が慌てて入ってきて、頭を下げてユキに言った。

「ユキ様。西の『14』番でジェイとメイが喧嘩をしています」

「分かった、すぐに向かう。フブキ、ここで大人しくしていろ」

 ユキの反応はものすごく素早かった。報告を聞くなり端的に言葉を残して走り去った。俺が返事をする間もなかった。さすが二番目に偉い猫。人間が違うなぁ。いや、猫が違うなぁ。

 ふと気になってシャム猫を見てみると、息を少し切らしながらユキの行った方向から顔を戻し、俺のことを見て楽しそうに言った。

「ユキ様って、いつ見てもめっちゃ格好いいよなぁ。何ていうか、びしっとしてて」

 その目は、子供のようにキラキラ輝いていた。

 俺もとりあえず、思ってる事を言っておいた。

「あー。俺会ってからまだ二日しか経ってないからよく分かんないけど、確かにかっこいいよな」

「だろ、だろ?」

 シャム猫は嬉しそうに笑った。そして、少し頭を下げながら

「俺ジャム、年齢は4歳。始めまして元人間の、えっと?」

「あ、フブキだ。よろしく。……っていうか、本当はフブキじゃないんだけどね」

「え、そうなのか?」

「元々は冬樹っていうんだ。でも、呼びにくいからってユキが……」

 一瞬にして、目つきが恐ろしく険悪なものになった。まさか、ファンクラブの方ですか!?

 俺は人間時代につちかった反応力で急いで言い直した。

「ユキ様がフブキに変えたんだよ」

 ジャムの目つきは元に戻った。こ、怖かった!!

「へぇー。いいなぁ、ユキ様に名前を付けてもらって。羨ましいぜ」

「あ、そう?」

 そう言ったら、本当に羨ましそうな顔をした。

 俺は知っている。この後少しでも放っておいたら、羨ましいのが恨めしいになる!!

「そういえば、ユキ……様って、どんな方なんだ?」

「え、ユキ様を俺に語れってか?」

 地雷踏んだ!?

「え、嫌ならいいんだけど……」

 慌てて言い直した。しかしジャムは聞いていないらしい。怒ったような雰囲気をまとわせて、俺に言った。

「俺に、ユキ様を、語れと?」

「え、えっと!?」

 やばっ。俺はまだ死にたくない!!

 と、突然ジャムは満面の笑顔を顔に浮かべた。

「任せろ!!この村でユキ様をこれ以上なく語れるのは俺しかいねぇー」

「は、はは。そうなんだ」

 その気迫に思わず一歩下がる俺。

 ジャムは気にせずに講義を始めた。

「ユキ様は、まず何といっても美しい。あの美しさは、まさに猫のヴィーナスだ。あの美しさを生み出しているのは、俺は顔ももちろんそうだがあの銀糸の如く美しい毛並みだと思うんだ。そういえばお前も白いな。いったい何なんだお前!!」

「しらねぇよ、気がついたら白かったんだよ!!」

「……まぁ、それぐらいはいいんだけどさ。で、ユキ様は美しいだけじゃなく、賢いんだ。ユキ様の父上が元人間だからなのかは分からないが、この村の中では間違いなく1,2を争うほど頭がいい」

「ふむふむ」

「それに、運動神経もいい。村の猫の中では間違いなく一番足が速いし、ジャンプも高い。それでいてあのしなやかな体。たまらん♪」

「へ、へぇー」

 何ていうか、素直に一番最後の感想はいらん。

「そして何といっても、ユキ様は未だに恋人は愚か彼氏すら作った事は無いっ!!」

「それは……」結構どうでもいい情報だな。

「ユキ様はもう8歳。猫にしては高齢だし、何より発情期はとっくに過ぎているはずなのに。それなのにその体は未だ若々しいし、何より美しい。その不思議な所も、また魅力だと思わないかねフブキ君!?」

「はぁっ!?……あ、は、はい。思います」

「よろしい!!」

 これは講義なのか?

「ああ、ユキ様を今にでもこの胸に抱きしめたい。そして、俺の子供を産んで欲しいぜ!!」

「えぇっ!?」

 まさにダイレクト!!

 まさか、猫の間だとそれが普通なのか?

 ジャムはもう止らない。まるでブレーキの壊れた列車の如く進むジャム。

「ああ、叶わぬ願いだとは分かっている。だが、あの美しさの前に諦めは不可能というもの。いつか、見も心もユキ様と一体となって、そしていつかユキ様には俺の子供を産んで欲しい。これは猫として生まれたら当然の感情だと思わないかねフブぐはぁ!!」

「誰がお前の子を産むか!!」

「ユキ!?……様」

 事件を解決してきたらしいユキが、全力の猫パンチでジャムを殴り倒した。人間的表現で言うなら、顔がもう真っ赤だ。そりゃあ、あんな事聞いたら恥ずかしくなるわな。

「ジャム。連絡はご苦労。だが、フブキに何を吹き込んでいる!?」

「いえ、私はユキ様の素晴らしさをフブキに教えててててっ!!」

 ユキは後ろ足でジャムの顔を踏み潰した。容赦なしかよ。

「余計な事はしなくていい!!」

「し、しかしフブキがユキ様の事を知りたいと」

「何!?」

 ユキが俺の方を睨んだ。俺は慌てて、

「いやほら、ユキ……様」

「様はつけなくていい!!」

 その言葉にジャムがちょっとショックを受けたのがチラッと見えた。

「俺、ユキの事ほとんど知らないからさ。今まで何となく聞きそびれてたし。だから、第三者視点から見たユキの事を知っておきたいなぁ〜って思って」

「……そうか」

 そう言って足をジャムから退けた。ジャムは、何故か恍惚とした笑みを浮かべていた。

 ま、まさか……いわゆる被虐趣味か!?

「ジャム、今回は大目に見よう。行け!!」

「は、はい!!」

 ジャムは心ここにあらずのまま、名残惜しそうに駆け去っていった。

「……あいつ、本当はいい奴なんだ。だが、2年前から妙に私に絡んでくるようになってな」

 ジャムが2歳の時から!?

 ユキは、妙な気迫を持ったまま俺に聞いてきた。

「そういえばフブキ、奴から何を聞いた?」

「え、いや特に何も」

「言ってみろ」

 俺はちょっと考えてから、素直に言う事にした。

「ユキは綺麗だとか、ユキは賢いとか、ユキは運動神経がいいとか、ユキは8歳なのに彼氏いないとか、ジャムが自分の子供を産んで欲しいと……か……です」

 俺は失敗したと思った。

 一番最後の所あたりでユキがまた真っ赤になって、また怒り始めたからだ。

「お、俺が言ったわけじゃないって!!」

「うるさい黙れ!!お前には乙女心というものが分からないのか!?」

「いやほら、俺オスだし」

「ええい、うるさーい!!」

 ばしっ!!

 ユキ渾身の猫パンチが見事顔面にヒットした。

 これは濡れ衣だ、と思いながら俺はぶっ倒れた。

 猫パンチって、こんなに痛かったのか。新発見だ……。

 視界暗幕、意識混沌。


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