第12章
部屋に入ると
いい匂いが
いっぱいに広がっていて・・・
『さあ、温かいうちにどうぞ』
赤いソースのかかったお肉
こんがりと焼けたパン
緑色のポタージュ
野花のサラダ・・・・
どれも美味しくて・・・・
私は思わず微笑んでしまった
そんな私に気づいて
ファーナル氏は微笑みながら・・・
『そんな顔をたくさん真近で見たくてね・・・私はヒュードックのレーサーを辞めて、レストランを開こうと 本気で考えていたんだ・・・』
私は静かに微笑を浮かべると・・・
ファーナル氏は・・・・
『人に喜んでもらえる仕事はたくさんあるけれど、誰もを喜ばすことのできる仕事なんてそれ程ない・・・』
ほのかに湯気の立つスープを見つめながら・・・・
『人は本当に美味しいものを食べたとき、誰でも微笑みたくなる・・・』
懐かしむような微笑を浮かべ語り始めた・・・
『シャナンと共にそんな笑顔を見ながら生きていけたら。。どんなに幸せだろうなって。。。。』
でも・・・・微笑むほど・・・・
『シャナンがそんな微笑みを毎日・・・私に向けてくれたら・・・どんなに幸せだろうなって・・・・』
その微笑みは・・・・寂しくて・・・・
『そんなことを感じてね、店を開こうと思っていたんだよ・・・』
私は・・・ファーナル氏に贈る温かい言葉を捜しながら・・・
『でも・・シャナンはどこにも・・もういない・・・』
耳を傾けていた・・・・
『しばらくの間・・・どんなに美味しいものを食べてもね。わたし一人では微笑みを浮かべることは出来なかった・・・』
『・・・・・・』
『微笑みは微笑む相手がいなければ生まれない・・・』
『・・・・・・』
『微笑み続ける相手がいなければ、持続はしないものなんだと・・・一人になって、つくづくそう感じたよ・・・・・』
『・・・・・・』
『しばらく・・・・シャナンがもう・・・どこにもいない世界で・・・微笑みを浮かべることなど・・・もう二度とないんだろうな・・・と思ってた・・・』
『・・・・・・』
『でも・・・・シャナンはちゃんと微笑みの種を残してくれていたんだ』
『・・・・微笑みの種・・?・・・』
私はファーナル氏にそう問いかけると・・・・
嬉しそうに・・・・
『私を永遠に支え続け・・・私に微笑みを生ませ続けてくれるもの・・・』
『・・・・・・』
『微笑みの種・・・それは想い出の中のシャナンの笑顔・・・・』
『・・・!・・・・』
『・・・気がつけば・・私の心の中にいるシャナンは、ずっと微笑み続けてくれていたんだ・・』
『・・・・・・』
『シャナンはいつも微笑んでいた・・・微笑みは伝染する・・ということを良く口にしていてね・・私に対していつも微笑みをわけてくれていたんだよ・・・』
『・・・・・・』
『そして・・・心の中にだけ存在する今も・・・』
・・・ずっと変わらずに微笑みの種を蒔き続けてくれている・・・
ファーナル氏は大きく息をひとつつくと・・・
『それなのに・・・・』
『・・・・・・』
『その種を凍らせる作業ばかりをしていたんだ・・・そんな自分に・・・ある時気づいてね・・・これではいけないな・・・・と思ったんだ』
『・・・・・・』
『そしてまた・・・シャナンの笑顔を思い浮かべながら料理をするようになった・・・』
『・・・・・・』
『誰も食べさせる相手もいないけれど・・』
『・・・・・・』
『こんな風にいろんなものを作って・・ひとり微笑んだりするのも、わるくないかな・・・?って・・・』
ファーナル氏はふんわりと微笑みを浮かべると・・・・
私を見つめ・・・・
『わたしは・・・久しぶりに、こうやって・・・・誰かのために料理をすることが・・・それを微笑みながら食べてくれる姿を見れることが・・・嬉しくてね』
『・・・・・・』
『私への授業料は・・・・そうだな・・・毎日そうやってニコニコ微笑みながら私とご飯を食べてくれれば・・それだけで充分!』
ファーナル氏はいっそう優しく微笑んでいて・・・
こんなに優しい微笑を浮かべる人にも
微笑を失っていた時期があったんだと考えると
わたしはなんだか・・・
不思議な感じがして・・・・
でも・・・
失いかけていたものを
取り戻したから・・・
いっそう優しく
微笑みを
大切に扱うことが出来るのかもしれない・・・・
そんなことを感じながら・・・・
温かい料理を口に運んでいた
『ところで・・・ヒュードックのレーサーとして必要なものが3つあるけれど・・・わかるかい・?』
私は静かに首を振ると・・・
『じゃあ、食事が終わったら説明しましょう』
ファーナル氏はふんわりと微笑んだ
・・・・・・・・・・・・
食事を済ませて外に出ると・・・・
やっぱりこの星は
昼間も薄いベールが
覆うように
ゆらゆらとしていて・・・
たえず
流れる風は・・・・
白い砂をふくみ・・・
レースのカーテンのようになびいていた・・・・
さらさらとした砂が
流れるたびに
私は・・・・
この星全体が
まるで・・・
砂時計かのように
思えて・・・
この風の流れは・・・
時の流れと同じ速度で
流れてるような
そんな気がした・・・・
ファーナル氏が
少し遅れて
透明な手すりのついた板を一枚持って
外へ出てきた
『遅くなってすまないね・・これを作っていたものでね』
大きさてきには・・・
横3メートル
縦50センチほどの透明な板の中央に
肩幅ほどの間隔をあけて
二つの手すりがついている・・・・
・・・なんだろう・・・これ・・?・・・
手渡され・・・受け取ると・・・・
・・・・!・・・・
・・・・軽い・・・!
板のような・・・布?
でも・・・
適度な固さがあって・・・
とても軽い・・・・
こんなに大きなものが
重さ的には鳥の羽根ほどの軽さだなんて・・・・
『軽さに驚いたかい・・?これはフェゼリーナという鉱物を加工して造っているのでとても軽いんだよ。まずはこれで飛行感覚を養う訓練をしてもらおうと思って・・・今作ってみたんだよ』
『フェゼリーナ・・・??』
『フルーム星の氷河の奥深くから採掘された物質でね私やリューイの宇宙艇もこの物質が使われている。』
フルーム星・・・私の知らない星・・・・
『軽い上に強度があり、布のようにしなやかなので、衝撃にも強い・・・
宇宙艇にとっては理想的な物質だろうね』
『・・・・・・・・』
『ヒュードックのレーサーになると、いろんな星に行って、いろんなものを
見ることが出来る。味わうこと・・・感じること。。。こういう優れた物質に敏感になることも、これから重要なことだから良く覚えておくといいよ』
ヒュードックのレーサー・・・・
口には出していたけれど・・・
考えてはいたけれど・・・
近づくほど
違和感を感じる・・・・
今頃になって
本当になれるのか
不安になってきた・・・
私が不安から来る緊張に苛まれていると・・・・
『ほぉ・・・いい顔になってきたね。。やっと現実味を帯びてきたって感じかい?・・・』
視線をファーナル氏へ向けると・・・・
『不安になることはいいことだよ。現実としてやっと捕らえられる距離まで、近づいてきたということだから』
『・・・・・・・』
『どんどん、不安になりながら模索しなさい。模索した分だけ道は広がる』
『・・・・・・・』
『成功への道は一本だけではない。そして成功の形もひとつだけではない』
『・・・・・・・』
『不安になりながらも、すべてのことを楽しむということをあなたが辞めなければ・・・いくらでも行けるはず・・・あなただけの道をね』
『・・・・・・・』
『どんどん不安になりなさい。それを楽しみなさい。』
『・・・・・・・』
『ドラマも小説も・・・波乱万丈なほど楽しく味わい深いように、人生もいろんなことがあるから楽しく・・・そして味わい深くなっていくんだから』
『・・・・・・・』
『人生の最後の瞬間に見る走馬灯という映画を最高なものにするために、今・・きっとその苦境はあるんだから・・素敵な瞬間瞬間を刻みなさい』
『・・・・・・・』
『と!おしゃべりは、このくらいにして・・・・どうしても一人暮らしなので、話相手が見つかると、ついつい話しすぎてしまう・・・よくない癖だ』
ファーナル氏は照れくさそうに笑うと・・・
次の瞬間
ぴっと顔つきを変えて・・・・
『では、本題に入りましょうか・・・』
ファーナル氏は講義を始めた・・・
私はファーナル氏の話してくれたことを
思い返しながら・・・
家から1キロほど離れた
丘の上に
フェゼリーナの板をもって
今
一人
佇んでいる・・・
『ヒュードックのレーサーに必要なもの・・・』
一つ目は・・・・
体力・・
そして・・・・精神力・・・
生命の力・・・
過酷なレースを勝ち続けることは
自らを酷使するということ・・・
私はこれには自信がある・・・!
強制就労所で2年・・・
あの日々を乗り越えられたことが
今になって
強い自信になっている・・・・
私はあの過酷な日々を
乗り越えてきた・・・
絶対に私なら乗り越えられる・・・!
二つ目は・・・・
視力・・・
ずば抜けた動体視力・・・・
これにも
自信がある・・!
私を何度も救い続けたのは・・・
この目・・・!
目が良すぎることを
後悔し続けていた就労所での日々・・・
でも・・・!
私はこの目のおかげで
リューイに出逢うことが出来た・・!
この目が私を救い続けてくれる・・・!
三つ目は・・・・
今から私が養わなければいけないもの・・・・
『あなたは・・・リューイがなぜレース中に攻撃を一切しなかったのか知っているかい?』
私は首を振ると・・・
『それは・・・3つ目の素質・・・バランス感覚を損なわないため』
バランス感覚・・?
『どんな体制からも瞬時に一番最適な体制をとり・・・風を捕まえ・・・飛ぶ・・!』
『・・・・・』
『ミサイルを発射することにより、積むことにより・・・機体は試合中に僅かずつ変動していく』
『・・・・・』
『いかに機体を自分の身体のように扱うか・・・』
『・・・・・』
『そう考えた時・・・耐えず機体を一定を保つようにすることは大切なことなんだ・・・』
『・・・・・』
『自分のベストなコンディションを常に把握していれば・・微妙な体の変化に素早く察知し対応することが出来る・・それと同じような意味だな』
『・・・・・・』
『だからリューイは、ミサイル等のものは一切詰め込まなかったんだ・・・』
『・・・・・』
『ま!リューイの場合は、人を傷をつけることを極端に嫌っていたということもあるんだろうけど・・・』
『・・・・・』
『リューイは人間にも動物にも、優しく強い・・・自分は傷だらけでも、それでも傷をつけようとしない。傷を受けても相手が受けるべき分の傷まで受ける・・・そんなところがあってね』
『・・・・・』
『それがリューイの弱さにもなり・・最終的に強さになっているんだろう』
リューイ・・・・
『・・・・あ!また、話がそれてしまったな・・・失礼!』
私は首をゆっくりと振ると・・・
『とにかく正しい姿勢・・・風をつかむ感覚を養いなさい・・・』
私に飛べるんだろうか・・・
この空を・・・・
フェゼリーナの板を
風に対して向ける・・・
ふわっと浮かぶ感覚・・・
でも・・・
数センチほど
浮かんで
地上に戻る・・・・
焦らない
焦らない。。。
もう一度・・・・
ふわっと
板が張る・・・!
いける・・・!
次の瞬間・・!
風が変わる・・・
風がやむ・・・・
体制をこまめに変えながら
板を
風に向ける・・・
でも・・・
数センチ離れるだけで・・・・
・・・・空は・・・まだ・・・果てしなく・・・遠い・・・・
私にできるんだろうか・・・
本当に・・・・
この空を
飛べるんだろうか・・・・・
・・・・・・
・・・
・・
感覚をつかめぬまま
月日は
流れていった・・・
ここへ来て
半月・・・・
私はまだ・・・・
満足に浮かぶことさえ
出来ない・・・・
今日も・・・
日が暮れてしまった・・・・
私が
家に帰ると・・・
ファーナル氏は
いつものように
夕食を用意してくれていて・・・・
『・・・風を捕まえられそうかな・・・?』
そんな問いに私は首を振るばかり・・・
ファーナル氏は
穏やかに・・・
『・・・明日何とかすればいい・・』
そう返す・・・・
でも・・・!
私は
弱い人間で・・・・
思わず・・・
何も出来ない
自分が情けなくて・・・
涙がポトリと落ちてしまった・・・・
こんな風に
すぐ泣いてしまう
私が嫌い・・・・!
もっと
強くなりたい・・!
強い
強い
私になりたい・・・!
希望を持って
明日こそ・・・!
そう思える
自分になりたい・・・!
でも・・・!
そう思うほど
涙が・・・溢れてきて・・・
リューイ・・・
私
あなたのそばに
いけないかもしれない・・・
ねえ・・・
戻ってきてよ・・・
お願い・・戻ってきてよ・・・
優しく私に囁いて・・
もう
頑張らなくていいんだよ・・・
ずっと
そばにいるからね・・・・
そんな風に
優しく囁いて・・・
そして
しっかり抱きしめて・・・
震えが止まらないの・・・
心が揺れてるの・・・
ゆらゆらと
揺れてるの・・・・
しっかり抱きしめて
心の揺れを
お願い・・・・止めて・・!
私・・・もう・・・無理かもしれない・・・!
空が遠すぎるの・・・!
まだ
まだ・・・!
空が遠すぎるの・・・!
こんなに空が遠いのに・・・
目にも映らない
エグザナードになんか
行けるはずがない・・・!
でも・・・!
行きたい・・・!
少しでも
近づきたい・・・!
近づいてるって・・思いたい・・!
リューイ・・・
逢いたいよ・・・・
そばに行きたいよ・・・!
私・・・何にも出来ないの・・・?
もう何も出来ないの・・?
限界なの・・?
やだ・・・
こんなの嫌・・・!
こんな弱い私・・・大嫌い・・・!
でも・・・どうすれば・・・
どうすれば・・・・
私が涙を
止められずにいると・・・
ファーナル氏は
穏やかに
声をかけてくれた・・・
『今日の夕食・・・見てみてみなさい・・・なにか感じることはないかな・・』
ゆっくりと・・・
呼吸し・・・
ゆっくりと
顔を上げると・・・
赤いソースのかかったお肉
こんがりと焼けたパン
緑色のポタージュ
野花のサラダ・・・・
・・・・!・・・・・
初日の朝に食べたものと同じメニュー・・・・
『わかったかい・・?あの日と同じメニューだ』
『・・・・・・』
『あなたはあの日と何も変わらないと思っているかもしれない・・自分が何一つ成長していないと思っているかもしれない・・・』
『・・・・・・』
『いや・・・むしろ・・・成長していないと思うことで、自分を後退させようとしている・・』
『・・・・・・』
『あの日と同じ気持ちで今日の夕食を食べているなら・・あなたは何一つ進んでいない・・・』
『・・・・・・』
『でも、あなたは進んでいないように見えて・・・確実に進んでいる・・・・だから、同じ料理を前に・・・この前とは違う気持ちで今いるんだと思うよ』
『あなたは確実に成長してるんだよ』
心の雨雲が
すっと・・・晴れていく気がした・・・
『今は苦しいかも知れないが・・あなたはせっかく前に進んでいるのに、簡単にその道をあきらめようと思うのかい・・?』
私は力強く首を振る・・!
『なら・・!大丈夫!あなたなら出来る!』
ファーナル氏はいつもの穏やかな微笑みを浮かべていて・・・
『あとひとつ・・・言っておきたいことがある・・・』
『・・・・?・・・・』
『一部を見るんじゃなくて、全体を見て見なさい』
『・・・・・・・』
『この食事・・・実はひとつの同じ植物で出来ている』
植物・・・?・・・え・・!!
『お肉じゃないんですか・・・???』
『やっぱりそう思うかい・・・?これはピートフというこの星の特産物なんだ』
お肉だと思って食べてた・・・・
『実・茎・葉・花・根・・・・それぞれの味を楽しむことが出来るこの星にとっては貴重な食べ物だ』
『・・・・・・』
『風をただ単に掴もうとしているなら・・・あなたは一生飛べないだろう・・・』
『・・・・・・』
『風を学ぶのではなくて・・・この風の吹く星・・ウインディナルを学ぶこと』
『・・・・・・』
『この星の地形・・・この星に関心を持ち、好きになれば・・風も味方してくれるようになるよ』
この星を好きになる・・・・
忘れていた・・・感覚・・・
『ところで・・・・ピートフは好きになれそうかい???』
私は力いっぱい・・!
『・・・・はい!!』
微笑を浮かべると・・・
『なら・・・風も味方してくれるようになるだろう』
ファーナル氏も力強く答えてくれて・・・
私はピートフの料理を
新たな気持ちで
しっかりと味わうことにした。。。
[13]へ続く・・・・・・