土佐冠者は静かに暮らしたい
夜須まで、あと半里。
そう聞いてから、源希義は三度転び、二度ほど死にかけ、一度だけ本気で、このまま山の石にでもなりたいと思った。
石はよい。
源氏でも平家でもない。
挙兵もしない。討伐もされない。
ただ転がっているだけでよい。
「いたぞ!」
背後から怒号が追ってきた。
平家方である。
正確には、平家に従う土佐の武者たちである。昨日まで道で会えば軽く会釈くらいはした顔も混じっている。人は命令ひとつで、たいそう手軽に敵になる。
兄、頼朝が伊豆で兵を挙げた。
希義はそれを聞いた。
聞いたが、それだけである。
兄は利口だった。
ただ、律儀すぎるところがあった。
河内源氏の嫡流。義朝の嫡子。そう呼ばれれば、兄はきっと背を向けられない。源氏再興などという厄介な荷を背負わされても、案外、悪い気はしていないのかもしれない。
そう思うと、希義は少し疲れた。
自分なら、荷を見た時点で道端に置いて逃げる。
希義は土佐で二十年生きた。
流された時はまだ子供だった。都の記憶は薄い。今の自分にあるのは、介良荘の土と潮の匂いだ。
源氏再興。
平家打倒。
武門の誇り。
そういう言葉は、遠くで鳴る太鼓に似ている。聞こえる。腹にも響く。だが、自分が叩きたいかと問われれば困る。
希義は静かに暮らしたかった。
ただ、それだけだった。
ところが平家方は、そう思ってくれなかった。
源頼朝の弟。その名札だけで、人は追われる。
「逃がすな!」
「夜須へ入られる前に討て!」
夜須七郎行宗。
頼れる男だった。よく笑い、よく怒り、面倒見のよい男だった。
もしもの時は夜須を頼れ。
そう言ってくれた数少ない知人である。
山道の先に人影が見えた。夜須方だ。
希義は胸を撫で下ろした。
助かった。
そう思った、その時だった。
山の向こうから勝ち鬨が響いた。
「土佐冠者、討ち取ったり――!」
希義は足を止めた。
土佐冠者。
それは自分のことだった。
「……私か?」
まだ生きている。
だが、どうやら討ち取られたらしい。
少し考えた。それなら、追手も減るかもしれない。
生きていると言いに戻るほど律儀でもなかったので、そのまま走った。
前方で刃がぶつかる音がした。
夜須方も襲われていた。合流できたと思ったのは早合点だった。
「お退きください!」
「船へ!」
矢が飛んだ。
希義の頬をかすめた。
夜須方は崩れた。敗走というより、山の中で散った。
希義も走った。
怒号が遠ざかり、足音が消え、気づけば月のない山道に一人だった。
◆
手結の浜に着いた頃には夜が明けていた。
漁師の小舟を頼み込み、海へ出る。
「名は」
船頭が聞いた。
希義は少し迷った。
源希義。
そう名乗れば面倒だ。
「土佐の落人だ」
船頭は頷いただけだった。よい男である。
余計なことを聞かぬ者は、だいたいよい男だ。
海は黒かった。
希義は船底に寝転んだ。
もし兄が負ければ、源氏の者はまた狩られる。
もし兄が勝てば、源氏の者は今度は担がれる。
どちらにせよ面倒だった。
だが、他に頼れる者もいない。
夜須は崩れた。土佐へ戻れば、また追われる。
平家方の目を避けて生きるには、結局、兄のもとへ行くしかなかった。
希義は目を閉じた。ひとまず眠りたかった。
名も、源氏も、明日の粥も、起きてからでよい。
◆
鎌倉は、思ったより騒がしかった。
頼朝に会うしかない。
それだけは決まっている。
とはいえ、どう名乗ればよいのかは決まっていなかった。
落人である。身を証すものは何もない。
そもそも兄上は、私の顔を覚えているのだろうか。
陣の前をしばらくうろうろしていると、見張りの武者に声をかけられた。
「土佐より参られた方か」
「そうだ」
「夜須七郎行宗殿でござるな」
希義は固まった。
「……誰が?」
「貴殿が」
「私が?」
取次は何の疑いもない顔をしている。
希義は口を開いた。
――違う。
そう言おうとした。
だが、その瞬間。
平家方の追手。山中の勝ち鬨。
土佐冠者討ち取ったり、という声。
頼朝が勝てるかどうか分からないという事実。
勝っても面倒。負けても面倒。
――では夜須七郎なら。
土佐の武士。源氏ではない。保護される理由もある。
そして何より、説明が少ない。
源の冠を戴く者の名が、その時ばかりはあまりにも重く感じられた。
希義という名も、もとは流罪人にするために付けられた名である。五郎と呼ばれていた頃の方が、まだ自分の名らしかった。二十年も呼ばれてきたが、いまだにどこか借り物めいていた。
ならば今さら、もう二つくらい数が増えても罰は当たるまい。
魔が差したというのだろうか。希義は人生で最も短く、最も卑怯な思案をした。
――いったんは、七郎でいいのではないか。
行宗の人懐っこい顔が浮かんだ。
すまぬ、七郎。今だけだ。
「……いかにも」
声は小さかった。
だが十分だった。
墨が紙に走る。
夜須七郎行宗。
書かれた。希義はそれを見た。
名というものは、もっと重いものだと思っていた。
案外、筆先ひとつでくっつくらしい。
◆
頼朝は上座にいた。
二十年ぶりの兄だった。
記憶の中の頼朝は、もっと細く、もっと若く、どこか近寄りがたい少年だった。目の前の男は違う。声を発する前から、人を従わせる重さがあった。
それでも、目元だけは覚えていた。
ああ、兄上だ。
そう思った。
だが頼朝の目には、何の揺れもなかった。
当然だった。最後に会った時、希義はまだ幼子だった。二十年、南国の陽に焼かれ、髭を生やし、土佐の言葉で話す男になった。
気づくはずがない。そう分かっているのに、胸の奥が少し空いた。
自分だけが、兄を覚えている。
兄は、自分を知らない。
それが思ったよりも、虚しかった。
だからこそ、名乗らずに済んだ。
「夜須七郎か」
「は」
希義は頭を下げた。
「土佐はどうなった」
頼朝はまず土佐のことを聞いた。
希義は少し安心した。
「平家方が動きました。源氏に心を寄せる者は散り、夜須も崩れました」
「そうか」
「五郎――希義は」
胸が少し跳ねた。
「討たれたと聞きました」
「見たのか」
「勝ち鬨を聞きました」
頼朝は黙った。
「騒がしいことを好まぬ男だった」
ぽつりと言う。
「幼い頃からな」
だいたい合っている。
「惜しいことをした」
それから頼朝は希義を見た。
「知らせてくれたこと、礼を言う」
希義は返事に困った。
礼を言われるようなことはしていない。
逃げただけである。
◆
夜須七郎の評判は勝手に育った。
朝、呼ばれる。
「夜須殿」
「はい」
昼、呼ばれる。
「七郎殿」
「はい」
夕方、頼朝に呼ばれる。
「七郎」
「は」
人は三日で慣れる。名は七日で馴染む。
恐ろしいことである。
だが夜になると土佐を思い出した。
介良荘の土。潮の匂い。干した魚。塩辛い菜。
顔を合わせるたび酒を勧める爺がいた。余った菜を押しつける婆がいた。
若君だから構われただけかもしれない。源氏の流人が珍しかっただけかもしれない。
だが二十年も続けば、理由などどうでもよかった。
ただ、あの頃の土佐に帰りたかった。
◆
鎌倉には、次々と源氏の名を持つ者が集まり始めていた。
その中でもひときわ目立つ男がいた。
源九郎義経である。
「夜須殿!」
義経はある日、突然やって来た。
「兄上のことを聞かせてください!」
希義は茶を吹きそうになった。
「兄上?」
「五郎の兄上です!」
そう来たか。
「どのようなお方でしたか!」
義経の目は輝いていた。期待に満ちていた。
「いや……」
希義は考えた。
本人に聞かれている。どう答えればよいのか。
「静かな方でした」
「静かな!」
義経は感心した。
「騒がしいことは嫌いでした」
「なるほど!」
「争いも好みませんでした」
「なんと!」
なぜ感心する。
「畑でも耕していた方が喜んだと思います」
「戦を語らず、ただ黙して民を見守る!」
違う。そういうことではない。
「いえ、単純に」
「さすが兄上!」
話が通じない。希義は諦めた。
「兄上の最後は勇敢でしたか!」
希義は少し考えた。
逃げた、とは言いたくない。末期まで情けない男だったと思われるのも心外だった。
なに。ここに見ていた者はいようはずもない。少しくらいなら見栄を張っても罰は当たるまい。
「そうですな」
希義は咳払いした。
「最後まで平家方に追われながらも、よく落ち着いておられました」
「おお!」
「騒がぬ方でした」
「さすが兄上!」
「慌てても仕方がない、と」
「なんと胆力のある!」
希義は少し気分が良くなった。
事実ではある。どうせ走っても追いつかれるなら慌てても仕方がない、と思っていた。
それがいけなかった。
義経の中で、希義像はどんどん育っていった。
◆
その夜の酒宴である。
「五郎の兄上はとても立派な方だったのですね」
義経が言った。
頼朝が少し驚いた顔をした。
「何を聞いた」
「静かなる豪傑です」
希義は酒を吹きそうになった。
「戦を語らず、民を思い、最後まで土佐を守った方です」
どこからそうなった。
頼朝は少し考えた。
「……静かな男ではあったな」
そこだけ合っていた。
「助かった命を、わざわざ危うくする理由が、某にはよく分かりませぬ」
希義は話を逸らした。
頼朝も義経も黙る。
そして頼朝が言った。
「だからだ」
義経も頷く。
「だからです」
二人はよく似ていた。助かった命だから戦う。
希義には理解できない。だが少しだけ羨ましかった。
自分には、そこまで夢中になれるものがなかった。
「ならば、しばらくここにおれ」
頼朝が言う。
「は」
「土佐を知る者は貴重だ」
希義は頷いた。
その瞬間だった。
戻れぬ、と思った。
土佐へ戻れば七郎ではないと知れる。
希義として戻れば死人が歩いて帰ることになる。
だから頷くしかなかった。
「しばらく、御厄介になります」
頼朝は満足そうに頷いた。
義経は笑った。
「では、いずれ共に!」
希義もつられて曖昧に笑った。
頼朝と義経は、また平家打倒の話を始めた。
二人とも少し楽しそうだった。
希義は酒をあおるように飲んだ。
濃かった。
土佐の酒の方が少しだけ荒くてよかった。
ふと顔を上げると、夜空の満月が目に入った。
土佐の者たちも同じ月を見ているのか。
本物の七郎はどうなったのか。
もはや知る由もない。
その後の夜須七郎行宗の名は、鎌倉の記録にわずかに現れるばかりである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
創作の励みになりますので、評価・感想をいただけますと嬉しい限りです。
本作は、源頼朝の同母弟・源希義を題材にした歴史if短編です。
史実の源希義は、平治の乱後に土佐へ流され、のちに「土佐冠者」と呼ばれた人物です。頼朝が伊豆で挙兵した際、希義も源氏方として動くことを警戒され、土佐の平家方に討たれたと伝わります。
その希義が頼ろうとした人物が、土佐の武士・夜須七郎行宗です。夜須行宗は、希義と関わりの深い在地武士だったと考えられます。頼朝にとっての坂東武者たちのように、土佐における希義の重要な後ろ盾だったのかもしれません。
また夜須行宗は、希義の死後も『吾妻鏡』に名を残します。壇ノ浦合戦では源氏方として参戦し、平家方の武者を捕虜にしたことをめぐって梶原景時と争った話があり、のちには希義の仇である蓮池家綱らを討った功績なども認められ、本領安堵を受けています。
つまり夜須七郎行宗は、史料の中では確かに「その後」も生きている人物です。
本作では、そこに敗者生存説を織り交ぜ、「もし鎌倉にたどり着いた夜須七郎が、実は希義本人だったら」という形にしました。希義という“死んだことになった男”と、夜須行宗という“名を残した男”のあいだにある空白を借りた物語です。
頼朝や義経に比べると、希義はどうしても影の薄い人物です。けれど、土佐で二十年を過ごした彼にとって、都や源氏よりも、介良の土や潮風の方が身近だったのではないか。そんな想像から、「源氏の御曹司」ではなく「静かに暮らしたかった男」として描いてみました。
なお、希義終焉の地と伝わる高知市介良では、戦前まで「まれよっさん祭り」と呼ばれる希義の慰霊祭が毎年行われていました。土佐冠者という名の向こうにいたかもしれない、一人の人間の息遣いを少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
お気に召しましたら、他の短編『続きそうな短編集』もぜひご一読ください。
参考文献:『吾妻鏡』、『頼朝の時代 一一八〇年代内乱史』




