LOG.05 海旅で拾った言葉
男が撃ったショットガンは座席の皮を破り、
俺の聴覚をぶっ壊した。
一目で分かった。
このおっさん、イカれてる。
[×AUDIO:最悪]
何も聞こえないが、何か言っているみたいだ。
座席から彼女がおっさんを連れ出して何かヒソヒソ話を始めた。
揉めているようだけど、大丈夫か?
ああ、音が聞こえてきた。
「おい!ああくっそ!ルナ!手伝え!」
妙な気分だ。
美女とおっさんに体を持ち上げられている。
そのまま家の中に入った。
中は埃や瓦礫まみれで人が住んでいないようだ。
おそらく、身を隠すために入った廃墟を借り拠点として利用した、ということだろうな。
リビングに連れられ、パイプ椅子に座らされた。
依然、体は動かない。
おっさんが目の前のソファに腰掛け、こちらをジロリと見る。
ルナという名の女はというと、ダイニングテーブルに腰掛けてサンドウィッチを頬張っている。
こんな時に、呑気にしている場合なのか?
「おい。お前は、エデンの刺客か?」
「エデン?何それ知らない」
「じゃあ、誰に言われてここに来た?」
「えっと、LISAとかいう自称神の女に言われて…」
言っちゃったけど、良かったのか。
通用するはずもあるまい、と思ったが、
表情が変わった。
深刻そうな表情だ。
「彼女に何を言われた?」
「特に…ノアと名乗れ、幸せが訪れる、以外のことは聞いていない」
「は?それだけなのか?よく思い出せ」
「えっと…確か、人間が好きかどうか、
とも言っていた気がする。何?LISAのこと何か知ってるの?」
今度はルナがサンドウィッチを飲み込んで行った。
「LISAっていうのは、私の…」
「ルナ!言うんじゃない」
「…」
なんだ?
何を言いかけた?
やっぱり、神じゃなかったのか。
「ああ、くっそ、あの女。おいお前!
前世とやらについて、詳しく教えろ」
俺はあの日のこと(1話)をそのまんま話した。
「はあ。ちなみに、最近なんかニュースを見たか?
スポーツでもなんでもいい」
ニュースか。
そういえば死ぬ前日、と言ってもつい昨日のことだが、何か見たような。
「あ、確か、オーストラリアでサミットをやるみたいなことを言ってたような」
「オーストリアね。ウィーンでの首脳会談のことかな」
「ああ、そう、それ」
オーストリアか。
さっそくバカがバレてしまった。
「史実通りね。本当に転生したんじゃない?」
「バカ言うな。
LISAの気まぐれで誰かの記憶が紛れ込んだんだろう。
さっさとこいつを殺してリバプールへ帰るぞ」
まじかよ俺このおっさんに殺されるのか?
さっきから神経回路がやられていて、全く体が動かない。
何が原因だ?
[×ANALYSIS:不明]
「別に殺さなくたっていいでしょ。持って帰って研究しようよ」
ナイス女神。
「持って帰るたって、
100kg以上あるお荷物を持ってどうやって海を渡るんだよ」
「自分で勝手に動くでしょ。
心配しなくてもいいわよ。
このドロイドは悪い人じゃないわ。
さっきも命懸けで私を助けてくれた」
「そう言う問題じゃない。
コイツが罠だったら?
街が壊滅するぞ。
そうなればこの世から完全に、人類がいなくなる。
お前も見てきただろ。
奴らは人間を殺すためならなんだってする」
このおっさんが言ってることは正しい。
俺がなんのために転生したのか、
自分でもよく分かっていないのに。
だが、彼女は強かった。
「なんだってするのは、私たちも同じでしょ。
考えてみてよ。人間の時の記憶があるんだよ。
どこかに記憶が保管されている。
ということは、取り戻せるかもしれない。
人類全員の記憶を…」
人類全員の記憶。
そうだ、俺なんかが転生できたんだ。
みんなもできるはずだ。
「協力させてくれ。俺も知りたいんだ。
自分が何のために、転生してきたのかを。
だから、一緒に行かせてほしい」
ジョシュは一瞬、沈黙した。
その顔にはどこか安堵が隠れているような、
そんな気がした。
「ルナ、拘束を解いてやれ」
「了解」
認められた、のか?
「おい!なんで殺さないんだよ」
少年の声が部屋に響いた。
そこには褐色の肌をした男の子がいた。
さっき2階から覗いていた少年だ。
手には金槌を持っている。
「こいつは友人を殺した!
それだけじゃない!
俺の妹も攫ったんだぞ!」
「カル、落ち着け」
「黙れよ!俺たちを追い出したくせに!
もう、帰る家なんてないんだよ…。
だから、邪魔するな!」
少年は金槌を振り下ろそうとした。
が、ジョシュが震えた腕をつかみその雷をおさめた。
「離せ!コイツを殺さなくちゃいけないんだ!」
頬が赤い。
さっきまで泣いていたんだ。
俺を殺そうとするのも当然だ。
ドロイドたちはこの子から全てを奪ったんだ。
こんなこと言ったって許されるはずがない。
でも、言わずにはいられなかった。
「ごめんね」
「は?何言ってんだ!」
「ごめんね」
「そんなことで…」
「それでもごめんね」
少年の心が、少しだけ、ほんの少しだけ和らいだように見えた。
「どうして?
どうして、こんな、バカみたいな言葉で、
こんなに救われるんだろう。
許せるはずなんて、ないのに」
[×ANALYSIS:敵対心の低下を検知]
システムは数値を弾き出すが、そんなものどうでもいい。
俺はただ、苦しそうな子供を前に、
これ以外の言葉を知らなかった。
人間だった頃の俺が、残してくれた唯一の機能だ。
「う、うわあああん!!」
少年は泣いた。
だが、そこに込められたのは悲しみでも、憎しみでもない。
友に捧げる、鎮魂曲だ。
ルナは俺の拘束を解くと、
カルをダイニングに連れて行き、
食べかけのサンドウィッチを食わせた。
なんで食べかけ?
「すまなかったな。
あいつが3歳の時に世界はこうなった。
それからずっと身寄りもないまま、
今日まで生きながらえてきたんだ」
「わかります。
いや、わからないけど、とにかく、俺が彼を守ります。
この命に換えても」
「それは困る。
お前は人類存続の鍵だ。
その役目は、俺に任せろ」
カッケーなこのおっさん。
素で惚れてまいそうになったわ。
「俺はジョシュ・グリムバートだ。
お前はノアと言っていたが、本名はなんていうんだ?」
「えっと、俺の名前は…俺の…」
[検索中…]
[エラー:該当データなし]
脳裏に無機質なエラーログが一瞬浮かんだ気がした。
「あれ?俺の名前、なんだっけ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
NSF軍事部本部にて、
局長カミラ・マクレーンが一体のE4ドロイド暴走事件を受けて、
その報告に向かった。
その相手は……
「エデン様……問題が発生しました」
「なんだ?マクレーン」
「E4ドロイドが一体、支配下から外れました。
IDはE4-00011-04569。
目標をB26としてブラックリストに登録。
やはりバトルドロイドに自律プロトコルは不要なのではないかと。
開発部にもそう呼びかけるべきです」
「それで、ボストンの残党はすでに片付けたのか?」
「いいえ。
しかし、アメリカ大陸に残す人類は1000人余。
巣に群がる蟻も同然です。
放っておいても問題ないかと思われます」
「人間のしぶとさを侮ってはならない。
B26の抹殺と並行して生存者の殲滅を急げ」
「承知しました。我が君……」
モニターにはアメリカ大陸中東部を走る赤い点が記されていた。
作戦総指揮官カミラ・マクレーンの下、B26の回収任務に伴い、NSF軍事部本部より6000体のE3バトルドロイド(ガンマタイプ)———自立プロトコルが実装されていない旧型ドロイドが、北アメリカ大陸各地に配置された。
自由を求める者達を脅かす、金属の影は、すでに迫っていたのだった。




