LOG.13 バベルの囚人
[×MEMORY:44T8VCL]
———2046年9月7日モントリオール———
バベルの塔の上空、
半月が雲に隠れる今宵…
黒い壁、赤いネオンが冷たく光る部屋。
斜めに折れた手術台の上で、彼女は目覚めた。
手足を固定され身動きができない。
「よく眠れたか?
エミリー・クリセント…」
その声は、
エミリーの記憶に焼き付いた、
あのクリスを殺した女
――カミラ・マクレーンの声だ。
「何の用…?」
エミリーは乾いた喉を震わせ、
目の前の悪魔を睨みつけた。
「人間は本当に悍ましい。
異性と交わらなければ増えることができないのとは。
だが興味がある。
子をみごもるとは、どんな感じだ?」
腹を這う指の感触に、エミリーの身の毛がよだつ。
「興味あるの?」
「いいから答えろ」
カミラの指先に力が籠もる。
胎児を押し潰しかねない圧力。
だが、エミリーは悲鳴を上げない。
彼女は深く息を吸い込み、
母としての誇りを込めて告げた。
「絆される、かな。
あなたたちには一生理解できない感情ね」
エミリーは目を細め、カミラの左頬にある、
金属の骨格を射抜くように見た。
「それで、その顔の傷、失敗したんでしょ。
あなたは絶対に人類には勝てない」
「何を勘違いしている?
私は失敗などしない。
お前を使って、奴らを誘き寄せる」
殺意に満ちた駆動音が、
冷たい部屋に響き渡る。
「B26を捕獲したら、
お前を胎児諸共…
いいや、あの女も含め皆殺しだ!!」
カミラの絶叫が止み、一瞬の静寂が訪れた。
直後、
1体の赤い重装甲鎧を纏ったオメガドロイドが、
無骨な足取りで入ってきた。
「エデン様がお呼びだ。
今すぐに来い…」
鎧の中から発せられた声は、
若々しい少年のような声だった。
だが、その声には年齢不相応な冷徹さが宿っていた
「ああ、わかった」
出口の横、黒く霞んだガラス張りの壁に、
自分の姿が映り込んだ。
剥き出しの金属が醜く光る左頬。
カミラは無言で拳を振り上げ、
そのガラスを叩き割った。
「次に会うのは、お前を殺す時だ。
じゃあな、エミリー・クリセント…」
[×MEMORY:終了]
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
———2046年9月7日ペンシルベニア州———
リスボンでの激戦から、数時間が経過した頃だ。
町外れにある、窓ガラスの割れた廃墟のレストラン。
俺たちは、埃を被ったテーブルを囲み、
欠けた月を見上げていた。
仲間が死んだ。
その喪失を噛みしめる間もなく、
さらなる絶望が喉元に突きつけられる。
「エミリーが誘拐されたってことは……
ニューヨークの拠点は、もう……」
デボンが震える声で口火を切った。
その言葉が引き金となり、ベンが爆発する。
「クソッ! なぜバレたんだ!?」
ドンッ、とベンがテーブルを叩き、俺を睨みつけた。
その瞳には、行き場のない怒りと、
ドロイドへの根深い不信が渦巻いている。
「お前たちが来た途端に、都合よく奴らが現れた……
そう言うつもりか?どうなんだ? ドロイド……!」
「俺じゃ……ない」
俺は淡々と返す。
だが、ベンの疑念は晴れない。
彼は俺の胸倉を掴まんばかりの勢いで身を乗り出した。
「犯人は、こいつじゃない」
ジョシュが折れた肋骨を押さえながら口を開く。
「ついさっき、
こいつがあの女と殺し合いをしてるところを見ただろ。
あれは演技でできるレベルじゃなかった」
「じゃあ誰だと言うんだ!」
「……多分だけど、『クリス』とか言うあの女。
あいつが怪しい」
その名は、意外なものだった。
一瞬、その場に重苦しい沈黙が流れる。
「何を根拠に?」
「昨夜だ。俺は見たんだ……
あいつが、誰かと通信しているところを」
「通信だと……? それだけか?」
「ああ、それだけだ。だが……」
ジョシュは痛みに顔を歪めながらも、
確信めいた視線をベンに向けた。
夜風が吹き込み、
店内の天井からぶら下がった裸電球が、
微かに揺れる。
その頼りない光と影の中で、
疑惑の種は黒く芽吹き始めていた。
「どちらにせよ、このドロイドを引き渡さないと、
俺たちの生きる道はない。
そうすれば、エミリーだって…」
ベンの声は震えていた。
「それは絶対にダメ」
即答したのはルナだった
彼女は真っ二つに切れた俺の右腕の断面の回路を、
一本ずつ繋げながら言った。
「奴らの狙いは、ノアの戦闘データ。
E4ドロイドの自律プロトコルはそのために作られた」
「戦闘データならあの音なので十分なんじゃないのか?」
「いいえ。
あれはインプラント(肉体改造)によって、
無理やりスペックを引き出しているに過ぎない。
言わば『ハードウェア』の強さよ」
ルナは手を止め、顔を上げた。
「でも、ノアは違う。
おそらく、
前世で見た何かから影響を受けて、
内部から戦闘プログラムを書き換えたの。
それをコピーされれば、今度こそ人類は絶滅する。
だから悪いけど、彼を引き渡すことはできない」
「ッ……!エミリーを見捨てろと言うのか!?」
ベンが激昂し、ダンッと廃材のテーブルを叩く。
「そうじゃない!
でも、私たちには時間が…」
ルナが唇を噛んだ
「あいつ、猶予を言いかけてたよな。
あれがいつなのかわかるのか?」
デボンがベンの肩を叩き、落ち着かせながら尋ねる。
「多分、出産がタイムリミット。
あいつらは子供を殺さない」
「は?!こんな時にまだ冗談言ってんのか?」
「冗談じゃない。
10歳の私が、どうやって生きたまま、
イギリスまで辿り着けたと思う?
それは、私が殺される対象じゃなかったからよ」
「もしそれが本当だとして、猶予はいつになる?」
ルナはベンの方を一瞬見ると、目をぎゅっと閉じる。
そして、覚悟を決めたようにした言い放った。
「おそらく、明日———」
明日か。
もうあと4時間後にはその明日だ。
悩んでいる暇なんてない。
どうせ一度死んだ身だ。
実験台にされようがスクラップにされようが…
どうってこと…
ガンガン!
室内が完全にお通夜モードに入っている中、外から扉を叩く音がした。
「誰だ?……みんな隠れろ!」
ガンガンガン!
ジョシュがひそひそ声で叫ぶ。
そして、ショットガンを手に取り、
恐る恐る塗装の剥げた木のドアに近づき、
内鍵に指を引っ掛けた。
ガチャッ!
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