第五話:深夜のスカウトは甘い罠?
仕事終わり。蓮はいつもの居酒屋『チート』の暖簾をくぐろうとして、その「異変」に足を止めた。 店の周囲に、物理的な圧を伴う静寂が満ちている。
「——ターゲット確認。九条蓮、ですね」
路地の影から現れたのは、夜の闇を凝固させたような漆黒のドレスを纏う美少女だった。 頭上に覗く控えめな角が、彼女が人外の、それも高位の魔族であることを示している。彼女は優雅な所作で一通の書状を差し出した。
「魔王軍人事部、ベルフェリエです。九条さん、あなたを我が軍の『総務局長候補』として、特別に、かつ強制的にヘッドハンティングに参りました」
その瞳には、逆らうことを許さない支配者の光が宿っている。……はずだった。
「……お断りします。残業代の出ない組織には興味がありません」 「えっ、あ、ちょっ、即答!? 即答なの!? 待って、私の威厳どこ行ったの!?」
蓮が歩き出そうとすると、少女——ベルは半泣きでその袖に縋りついた。
「お願い、これ失敗したら私、魔王様に『無能』って刻印押されてボーナスカットされちゃうの! 契約だけでいいから、ねえ!」
「……立ち話は、お互いの時給の無駄です。入りましょう」
店に入り、カウンターに座るなり、ベルは必死に「魔王軍がいかにホワイトか」というパンフレット(血文字入り)を広げた。
「九条さん、見て! 有給消化率100%! 魔王様直属の秘書課よ! 転生者の相手なんてしなくていいのよ!?」
「……。『翻訳不全』。最大出力、査定開始」
蓮がベルの瞳を覗き込む。瞬時に、スキルの暴力的な「現実」が彼女の脳内を書き換えた。
ベルが見たのは、彼女の言う「ホワイトな職場」の裏側。 有給消化率100%(※ただし代替要員なしの休日出勤がデフォ)。 秘書課の仕事実態——【魔王の寝室に無許可設置されたセーブポイントの物理的破壊】、【玉座の裏に不法投棄された勇者たちの『薬草の空き瓶』の産廃処理】、【勇者の『死に戻り』による無限不法侵入への損害賠償請求】……。
「ひ、あぁっ……あ……ううう……っ!!」 ベルはジョッキを握ったまま、机に突っ伏して震え出した。
「……有給という名の『死体安置期間』、お疲れ様です。結局、今の魔王軍は転生者という名の『不法占拠者』に荒らされ尽くした、管理崩壊一歩手前のボロ屋敷じゃないですか」
「そうなのぉお!!」 ベルは顔を上げ、大粒の涙をこぼした。 「あいつら、城の柱を勝手に売るし、勝手に隠し通路作るし、掃除しても掃除しても『経験値稼ぎ』で魔物を殺しに来るの! もう、魔界は限界なのよぉお……!」
蓮は、自分と同じ「構造的な絶望」と戦う少女に、静かに新しいエールを差し出した。 英雄たちが去った後の世界。そこにあるのは、魔王と勇者の対決ではなく、残務処理に追われる「敗北者たち」の連帯だった。
第5話:あとがき
はい、天界・発送課の女神です! ついに本作の(一応)ヒロイン、ベルちゃんの登場ですね。
角が生えてて、漆黒のドレスに身を包んだエリート悪魔……。 本来なら恐れられる存在のはずが、蓋を開けてみれば**「不法投棄された聖水ボトルの産廃処理」や「寝室に勝手に作られたセーブポイントの撤去作業」**に追われる、ただの限界社畜でしたね。
九条くん、彼女の涙にほだされて魔王軍に転職しちゃうんでしょうか? それとも、お役所の特権をフル活用して、魔界をまるごと「入国管理局の出先機関」に変えてしまうのか。……彼ならやりかねないのが怖いところです。
次回、ベルちゃんが持ってきた「魔王軍からの招待状(という名の泣きつき)」を巡って、「魔界のゴミ屋敷問題」がいよいよ本格化する予感……!
あ、そうそう。九条くん。 魔王城、掃除用具の経費申請は通らないみたいだから、自費でハタキを買っておくことをお勧めしますよ。
それでは、また次回!




