第四話:未来からの転生者と、黒い影
その日の窓口には、朝から鼻につくような「特権階級」の香りが漂っていた。
「九条蓮さん。……いいえ、『十万番目の在庫』さんと言うべきかな?」
書類を出すより先に、目の前の青年が優雅に微笑んだ。白衣を纏い、すべてを見透かしたようなその瞳。蓮は眉ひとつ動かさず、事務的に応じる。
「番号札をお出しください。あと、個人情報の無断参照は条例違反ですが」 「おっと、失礼。なにせ、私の脳内にある『確定した未来』が、君との会話を既に完結させてしまっていてね」
青年は机に身を乗り出し、蓮の耳元で囁く。 「マヨネーズも聖剣も、もう腐った過去だ。これからは『魔力電池』によるエネルギー革命がこの世界を塗り替える。……私はその覇権を握る。君はその『事務能力』を、私の帝国の礎にするために使いたまえ」
蓮は無言でペンを置いた。 この男は「妄想家」ではない。その視線の先には、確かな『勝利の方程式』が見えている。 だが――。
「……お客様。失礼ですが、その方程式、変数が一つ足りませんよ」
「なんだと?」
「――『翻訳不全』。最大出力、同期開始」
蓮が少年の瞳を直視した瞬間、青年の『完璧な未来視界』に、ノイズの激流が割り込んだ。
青年の脳内を支配していた「黄金の帝国」が、血のような赤文字で塗り潰されていく。 画面にポップアップするのは、成功の光ではなく、無慈悲な『対魔導戦略物資・緊急通商停止措置』の官報。 電池の核となる希少鉱石が、来月一日を境に『禁輸品』に指定され、投資した全財産が紙屑に変わる……。 最先端の工場が、一晩で巨大な鉄屑の墓場へと姿を変える「確定した絶望」のビジョン。
「な、なんだこれは……!? 私のアーカイブに、こんな失敗の記録は存在しない! 私は、神に選ばれた成功者のはずだッ!」
「予知とは、観測者の都合に合わせた『希望的観測』に過ぎません」 蓮は冷徹に、まだインクの乾いていない法改正案の写しを突きつけた。
「行政は、あなたの予知を待ってはくれません。……あなたが『電池王』として君臨していた十秒後の未来。今の私の目には、『脱税と密輸による無期懲役囚』として映っていますが?」
「ひ、あ、が……っ!!」 青年は泡を吹き、ガタガタと震える手で自分の頭を抱え、床に崩れ落ちた。 予知能力者にとって、修正不能な「確定した破滅」を見せられることは、死よりも重い拷問に等しい。
「……次の方。五番窓口へ」
虚ろな目で引きずられていく青年を見送り、蓮は背後に張り付く「異質な気配」に視線を向けた。 管理局の影に潜む、仕立ての良い黒スーツの男。その男が持つ手帳には、蓮の似顔絵と、魔王軍の紋章が刻印されている。
『九条蓮。適性:魔王軍・総務局長。……全勇者を無力化する「行政の死神」。早急に身柄を確保せよ』
異世界のパワーバランスを揺るがすのは、聖剣でも禁呪でもない。 一人の事務員が下す「受理」か「却下」かの二択だった。
第4話:あとがき
はい、天界・発送課の女神です! 九条くん、ついに「未来が見える」チート保持者まで事務的に処理しちゃいましたね。
本来なら予知能力って無敵なんですけど、九条くんの『翻訳不全』が叩き出すのは、個人の努力じゃどうにもならない**「構造的な絶望」**。 未来の特許も、行政が「ダメ」と言えばただの紙クズ。ルールを作る側に逆らうなんて、予知能力以前の問題ですよ。お役所仕事、本当におそるべし……。
さて、不穏な動きを見せている魔王軍のスカウトマン。 実は魔王様も、「最近の勇者は在庫過多で質が悪いし、うちの軍もコンプラと経理がボロボロで……」って、深刻な人事不足と組織崩壊に悩んでいるみたいですよ。
彼らが求めているのは、剣を振る勇者じゃない。 組織を、そして世界を書類一枚で黙らせる**『行政の死神』**。
果たして九条くんは、安定の公務員を貫けるのか。 それとも、魔界のブラック組織に「物理的」にヘッドハンティングされてしまうのか!?
次回、物語は窓口を飛び出し、異世界の深淵(魔王城)へ――。 絶対に見逃さないでくださいね!




